第3話『その娘、アリスにつき』
「んじゃ、いってくるわー……」
「いってらっしゃい。裕哉、朝っぱらから辛気くさい顔してんじゃないよ! みさちゃんも気をつけていっといで!」
「はーい、おばさん! いってきまーす!」
わざわざ玄関先まで出てきたお袋に見送られて「ZU−N」と家を出る俺と、青色のリボンに水色のワンピースの上からフリル付きのエプロンドレスを着た、髪色以外はどこからどう見てもアリスにしか見えない奴。
コイツの名前は神無月美里。俺の悪友で親友で幼馴染。女みたいな名前だし今も女の格好をしてるが、コイツは女じゃない。いわゆる『男の娘』ってヤツだ。
まぁ、実際美里は女顔ってか女にしか見えねぇし可愛い奴なんだが、俺に対する行動はマジでハンパない。朝起きたらコイツが横で寝てたとか、そんなことも多々あったりする。
ちなみに美里の家は俺の隣。ひさし伝いにお互いの家を行き来出来る仲だ。
そんなこんなで俺限定のトラブルメイカーな奴ではあるが、根は悪い奴じゃないので好きにさせてる。
「ユウ、本当に辛気くさい顔してるねー。そんなんじゃ幸せが逃げてくよ?」
「あー……半分はお前のせいで、あと半分は気分的な問題だ。ほっとけ」
「え? やっぱ僕のせいなの? これ、そんなに変かなあ……お気に入りなのに」
と残念そうに言って、その場でクルリと一回転する美里。最後にポーズ決めて「キラッ☆」。
確かに可愛いけどさぁ……そういう問題じゃねぇんだっつの!
「いくら大っぴらに出来るっつっても、初日からそれはないんじゃねぇか?」
「えー? うちの学校私服登校オッケーだし、先生にもちゃんと許可取ったんだよ?」
マジで許可下りたんかい……。
うちの学校は元から公序良俗に反してなければ私服登校OKだったんだが、男装・女装したまま登校するのはNGだった。
が、例の法律が施行されてからは電話で「許可を取れば異性装したまま登校しても良い」という連絡があった。
いつも思うんだがうちの学校、校則甘すぎだろ……。
「つか、美里」
「ん? なーに?」
「そんな格好で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。まー、ユウが言いたいことを察して答えるけど、僕は似合ってると思うし、見たい奴は勝手に見ればいいんだよ。それに――」
「それに?」
「僕がこういうの好きだってのは、もう学校中のみんなが知ってることだろ?」
「ああ、確かにな……」
思い出話になるが、あれは去年の夏くらいのことだ。
何故かは知らんが美里が女装、もう一人の奴が男装のまま学校に来て大騒ぎになったことがあった。
そのもう一人の奴は男装するような奴じゃなかったんだが、俺の悪友その3によれば「何かで張り合っていたんじゃないでしょうか」という意味不明な理由からだった。
結果、二人ともめでたく三日間の停学。この一件で美里の女装好きが全校生徒に知れ渡ってしまったわけだが、コイツは全く気にしねぇどころか、それすらも計画通りと言わんばかりに行動をエスカレートさせてきやがった。さすがに女装したまま登校するのは、今日まで二度としなかったが他の面でだ。
「まぁ、美里がそれでいいってんなら好きにしたらいいさ」
「うんうん、僕は僕のしたいことをするだけだよ。――えいっ!」
そう言って美里は俺の腕に抱きついてくる。明るい栗色のミドルロングに少女のような顔立ち、華奢な体つき。何も知らない奴から見たらいちゃつく男と女にしか見えないんだろうな。
「ちょい重たいし、視線が鬱陶しいんだが?」
「えへへー、そんなの気にしない気にしない♪」
「はぁ、もう好きにしろ。ところで美里……」
今聞くようなことでもないとは思うが、ついでなんで聞いとこう。
「んー?」
美里が顔を上げる。シャンプーの匂いか、花の香りに混じって甘い香りがする。
その甘い香りを嗅いでると意識が飛びそうになるような……気のせいだな、うん。
「もう一つの名前、なんつったっけな……」
「もしかして、『トランス・ネーム』のこと?」
「ああ、それだ。もう決めたのか?」
「うん、『アリス』にしたよ」
「さいですか……」
なんつーか、まんまじゃねぇか! コイツらしい名前ではあるが、もう少し一捻りするとかなかったのか!?
ちなみにトランス・ネームは例の法律の適用者専用のもう一つの名前のことだ。
別に法律で決めるようなものでもねぇ気がすんだが、「対象者は行為をする時にのみトランス・ネームを名乗っても良い」ということらしい。美里の奴は「雰囲気作りのためだよ」とか言ってたっけな。
そんなことを話してるうちに大きめの交差点が見えてくる。美里が腕に抱きついてるから歩きにくいったらねぇんだが、それでも大分進んでたようだ。
と、俺のよく知っている姿の奴が左から歩いてくるのが見えた。黒のゴシックっぽいロングのワンピースという変わった服装の女だ。
「お、あれは……おーい! 睦月!」
ソイツは俺達の存在に気づくと慌てることなく横断歩道を渡ってから、こっちに向かってきて少しばかり古風な挨拶をする。
「あら、裕哉さん。ごきげんよう――むっ!!」
「むっ!!」
が、まだ俺の腕に抱きついたままの美里を見た途端にソイツの目が鋭くなった。美里の目もいつの間にか鋭くなってて、バチバチッという音が今にも聞こえてきそうだ。
そんな二人を見て、俺は心の中でこう言った。
――アーメン。
次回で一先ずの役者が揃います。