第17話『優しい味の炒飯』
「ふんふふーん〜♪」
陽気に鼻歌なんぞ歌いながら、しかし動作は機敏に淀みなく動く、キッチンの支配者、胡桃。
さっき言われた通り、俺はリビングでテレビを見てるわけだが、正直くだらねぇお笑いやオバハン連中が喜んで観そうなワイドショーよりもコイツの動きを見てたほうが楽しい。
中華鍋の中で炒飯の材料を炒めてるだけ。だが、その動作は軽快であり豪快でもある。なんせ、中華鍋の中でご飯や卵が宙に舞うんだ……「炒め物は火力との勝負」って料理番組やマンガを見てたから知ってたが実際に見たのはこれが初めてだ、マジぱねぇ。
「ふんふふーん〜♪ あぁん? お客さん!? あぁん? ホイホイ☆チャーハン!?」
ヲイ! 途中から鼻歌がガチムチパンツレスリングになってんぞ!?
こういうとこは雅矢も胡桃もかわんねぇ……まぁ中身が一緒だから当たり前か。
「もう少しで出来ますから、そのまま待っていてくださいね」
「あ、ああ……しかし、ホント楽しそうだな?」
手際の良さを眺めながら俺が言うと、奴は恥ずかしげもなくこんなことを言ってきやがった。
「はい、楽しいですよ。裕哉君にご馳走する機会なんてそうそうありませんからねー」
「う……そか」
まったく、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきちまうぜ……。分かりやすい美里や睦月と違って、やっぱコイツだけはいつまで経ってもよくわかんねぇわ……。
近くにいるようで遠くにいる、遠くにいるようで近くにいる。まるで磁石のSとNを好きな時に好きなように出来るような、コイツは出会ったときからこんな奴だった。
それにしても――
「それにしても」
「はい? 何か言いましたか、裕哉君?」
いけねっ。心の中で言った言葉のはずが実際に言ってしまってたようだ。
「いや、大したことじゃねぇんだけどよ。胡桃ってメイド服とかも似合いそうだよな」
途中で言葉を引っ込めるのもなんなので素直に言ってやる。
「ああ、もしかしてメイド服のほうがお好きでしたか? それなら、今度からそうしますよ?」
「いあ、そうじゃなくてよ――ってあんのかい……」
「はい、持ってますよ。と言っても私が買ったものではないのですがね。いとこがたまに送ってくるのですよ」
あまり似合わないのですけどね、と少し困ったように笑う胡桃。いとこなんていたのか。どんな奴なんだ――と考えてたら俺の考えを読んだのか、胡桃がいつもの不敵な笑い顔を見せながら、
「裕哉君も多分お会いしたことがある人だと思いますよ。っと、出来ましたのでお皿に盛り付けて持っていきますね」
これまた惚れ惚れするくらいの素早い動作で、出来上がった炒飯をそれぞれの食器に盛り付けてテーブルに置いた。
途端に芳ばしい香りが食欲をそそる。マジでうまそうだ。
「さあ、召し上がれ」
「おう! いただきまーすっ!」
鼻をくすぐる香りと空腹に耐え切れなくて、俺はすぐさまレンゲで焼豚炒飯をかっこむ。飯の水分が飛び切ってるからパラッパラで市販の素を使ったとは思えねぇくらいマジでうめぇ!!
「ん? 胡桃はそれだけでいいのか? 俺ばっかり皿に山盛りで……遠慮しないでもっと食えよ」
胡桃の前には小振りの茶碗が一つ。しかも、それすら手を付けずに俺が食べる様子をただ楽しそうに見てる。
「私は元々少食なので、これくらいが丁度良いのですよ。それよりも、裕哉君は本当に美味しそうに食べますねぇ。作り手としてはこの上ない喜びです」
「そうかぁ? 美味いものは美味い、不味いものは不味い。俺はそれを正直に表してるだけだぜ? つーか、こんだけ料理がうまいってことはやっぱ家でも作ってんのか?」
少しコイツの家の事情に突っ込むような質問だが、気になったので聞いてみた。
「その通りですよ。ほら、うちは妹の薐がああいう子でしょう? 良い妹ではあるのですが水無月さんと違って、あの子は家事全般からっきしでしてね……」
「ああ……」
納得したように俺が頷くと、胡桃は困ったような、呆れたような笑いを見せた。
そうだよなあ……あの薐が包丁とか掃除機持ってる姿なんて想像もつかねぇし。どこぞのクラブでジャラジャラと鎖振り回してるほうがお似合いだもんなぁ……。
薐を嫁にする奴は大変だな、としみじみ思ってしまった。
「でも、なんで胡桃が飯まで作ってんだ? 普通親とか――」
明らかに失言だった。
しまった――と思ったときには既に遅く、胡桃は少し悲しそうな表情でうつむいていた。
馬鹿か俺は! つるんだ時からコイツがあまり家のこと話さないの分かってただろうが!
テーブルの角に自分の頭をガンガンぶつけてやりたい気分だった。だが、それをしたところで胡桃に止められるだけだ。だから、今俺が出来ることといったら――
「悪ぃ……流れで言うようなことじゃなかったな……」
素直に謝ることくらいしかなかった。
「いえ、良いのです。もう3年も前のことですから。いずれ、皆にも話そうとは思っておりました。丁度良い機会ですし、裕哉君にお話しましょう。ですが――」
顔を上げた胡桃の表情は、いつもの奴らしいものに戻っていた。
「ですが?」
「先にお昼を食べてしまいましょう。冷めてしまったら美味しさが半減しますしね。ははは」
「ああ、それもそうだな」
お互いに軽く笑いあって、再び炒飯を食べ始める。
少しだけ冷めてしまった炒飯は、面倒見がいい胡桃らしい、優しい味がした。