第15話『夢か現か? 真夜中の冷たい手』
「――ん……ここどこだ?」
暗闇の中、カーテン越しに感じた光に目を開けた俺は思わず辺りを見回した。
見慣れた机、見慣れたベッド、見慣れた時計――間違いなく俺の部屋だが、なんで知らねぇうちに自分の部屋で寝てんだ俺……。
眠気を払うように首を軽く振って鈍痛に襲われる。それでようやく思い出してきた。
「あー……そういや睦月の奴に襲われかけたんだっけな……。つか、頭いてぇ……」
片手で頭を押さえる。まだ奴らの酒くささが残ってる感じだ。ったく……仕掛けたお袋もお袋だがコイツらも少しは飲み方をわきまえろってんだ。
「下で水でも飲んでさっぱりするかー」
そうと決まれば、寝てる奴らを起こさないようにそーっとドアを開けて階段を降りる。既に皆寝てるんだろう、1階も真っ暗だ。
台所にいって水をコップに入れてがぶ飲みする。水道水を直飲みするのはマズいが贅沢は言ってられん。案の定、不味かったがさっぱりすることは出来た。
降りたときと同じ調子で自分の部屋に戻ってベッドに入ろうとした俺は、さっきは感じなかった違和感にタオルケットをめくったまま固まった。
寒い、なんか部屋が異様に寒い。今は春だし、夜だからという理由だけで片付けれる寒さじゃねぇ……思わず身震いしてしまうような、この寒さは異常だ。
「……」
どうする? 気にしないで寝てしまうか?
いや、無理だ……俺はこの異常事態の中で寝られるほど神経図太くねぇし。
この寒さは主に背中で感じてる。なら、いっそ振り返ってみるか?
そうだな、振り返ったら幽霊かなんかがいて面白いかもな。ま、俺は幽霊の類なんて信じてねぇし気のせいで終わるだろ――
「――っ!!」
しかし俺は振り向けず、情けなくも短い悲鳴を出すことしか出来なかった。
それは――俺の首筋を冷たい手のようなものが撫でたからだ。
……マジかよ! どうせ俺の知ってる奴が後ろにいるんだろ!?
「だ、誰だよ……っ!?」
だが、後ろの誰かさんはなにも答えない。ただただ撫でるだけ。そう……首筋の少し下、右肩の付け根辺りだ。
撫でられるたびに背筋に寒気が走る。とうとう耐え切れなくなった俺はソイツに向かって大声を出していた。
「美里か? 睦月か? 雅矢か? それとも雪かっ!?」
それでもソイツはなにも答えない。しかし変化はあった。息遣いだ――人間らしい息遣いが聞こえる。だが、掛かる息は手よりも冷たい。
恐怖に高鳴る心臓の音を聞いてるうちに素肌に風を受ける感覚。いつの間にか俺は右肩を晒されていた。
「……!!」
何を――と言う前に撫でていたのとは別の手で口を塞がれる。どこまでも青白い手からはなんの匂いもしない。
……もう認めざるを得ない。これは……コイツは人間なんかじゃねぇ!!
『……』
ソイツの息が右肩に掛かる。目だけを動かして見えたのは、俺の知り合いにはいない金髪と、大きく広げられた口からのぞいていた鋭い犬歯だった――。
「――うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
あまりのおぞましさに俺はタオルケットと薄毛布を蹴っ飛ばしてベッドから飛び上がった。
すぐに辺りを見回して確かめる。間違いない、俺の部屋だ。
「夢、だったのか……?」
マジであれが全部夢? 水を飲んだときの爽快感も首筋を撫でる冷たい手の感触もはっきり覚えてる……一体どこからどこまでが夢だってんだ……?
「んっ……」
突然聞こえてきた声を聞いて、俺は隣で誰かが寝てることに気づいた。長い長い黒髪が見える。今家に泊まってる奴でこんな髪の持ち主は一人しかいねぇ。睦月の奴だ。
奴は黒レースの下着に黒のスケスケ――ベビードールって奴だったか――のみという「好きに襲ってください」と言わんばかりの格好で寝てやがった。
最初おもっきし蹴っ飛ばしてやろうかと思ってたがやめた。なんか様子がおかしいことに気づいたからだ。
「な、ナツキ……もう、やめっ……」
悪い夢でも見てるのか怯えるように体を震わせ、切なげな声を出す睦月を起こそうと思ったが、手を伸ばした途端になんでもない寝息を立て始める。まさかとは思うが……わざとやってんじゃねぇだろうな?
「……ねぇよ」
そう、口にまで出す。そのナツキって奴が誰かは知らないが睦月は確かに怯えてた。あれは絶対に演技なんかじゃねぇ……。
そういえば睦月とナツキ……名前が似てんな。前に妹がいるって言ってたがナツキって名前なのか?
俺はそのナツキって奴に興味を持ったが今から睦月を起こすわけにもいかねぇし、そこまで鬼畜でもない。だから俺は――
「お前も色々大変なんだな。おやすみ、睦月」
と、言って軽い寝汗で貼り付いた前髪を払ってやり、寝苦しそうな様子じゃないことを確認してタオルケットと薄毛布を掛けなおして目を閉じるとすぐに眠気が襲ってきた。
誰かが隣にいる――それだけでさっき見た夢にうなされることもない気がする。
朝日が顔を出すまで3時間もないが、今からでも気持ちよく寝れそうだった。