第11話『本日はデート日和也 ~ 神無月アリスの場合 ~ 午後』
※今回も美里視点です
「おいしかったねー♪ ユウ」
「確かにうまかったが……当分あの店の近くは通れねぇぞ……」
「う゛……悪かったってばぁ」
あんな目立つようなことしちゃったもんね……その時のことを思い出したら……うぅ、僕も少し恥ずかしくなってきたかも……。
――街に着いたら12時ちょうどになってたので、僕たちはお昼ご飯を食べることにした。何を食べるかは少しだけ揉めたけど、街で一番美味しいと評判の洋食屋さんのオムライス。僕は冗談で言ったつもりだったんだけど、ユウがおごってくれるって言ったから甘えることにした。
お店は少しだけ混んでたけど待たされることもなくすぐに座れて、注文してから30分くらいで卵はふんわりとろーり、中のチキンライスはほっかほかの具だくさんなオムライスが運ばれてきた。卵で出来たお家ごと中のチキンライスを口に入れるとふんわりとろーりのほっかほか。うーん、美味しい♪
ユウも向かいで舌鼓を打ちながら食べてたけど、食べるのに集中してるみたいでお話してくれない。そのうちに少しだけ悪戯心が沸いてきた僕はオムライスのスプーンをユウのほうに向けてやったんだ。「はい、あーん♪」って。
最初は戸惑ってたユウだったけど、僕が一歩も引かないことを知ると観念して食べてくれた。そしたら――仕返しのつもりだったのかな? ユウも同じことをしてきたんだ。もちろん、僕は喜んで食べたよ。なんだか、自分のを食べるより美味しかった♪
そんなことをお互いに繰り返してたらいつの間にか白い皿だけになってて、気づいたら店員さんもお客さんも白〜い目でこっちを見てた……。あはは……ここはファミレスとかじゃなくてただの洋食屋さんなんだから当然だよね。場所を考えないと、だね。
そんなわけで、勘定してそそくさと出てきた僕たちは、今デパートの洋服売り場を歩いてる。
「あ! あれなんかユウに似合うんじゃない?」
「ほう、どれどれ…………オイ……」
僕が指さした服を見るユウ。しばらく時間が止まったようにフリーズしてたけど、気づいたら頭に拳骨落とされてた。それなりに痛い……。
「なにすんのさー!」
「なんで喪服なんだよ! しかも女の着物じゃねぇか!!」
「えー。ユウってほら、海外の映画やドラマでよくあるじゃないか。お葬式で女の人が黒いワンピースみたいなドレス着て、顔をメッシュのような黒布で隠してるの。ああいうの似合うと思うんだけどなー」
「いらね……」
ユウのお気には召されなかったみたい。似合うと思うんだけどなー。ユウってスタイルから黒とかすっごく似合いそうだし、和服でも洋服でもいけそう。
『未亡人〜水無月裕哉〜 美丈夫の乱れた喪服』――ってこれじゃある種のスケベDVDじゃん。なに考えてんだろ僕……。でも、少しいいかも……あふん。
「それより、服を試着しにきたんだろ? どの店なんだ?」
「あ、そうだね。この近くだからいこっ」
と、僕がユウの手を引いて行きつけのお洋服屋さんに向かおうとした時だった――
「おや? 裕哉君に神無月君ではありませんか。奇遇ですねぇー」
え? この声まさか……。
聞き覚えがある声に僕とユウが振り返ると、そこに紅葉色の生地に何の花かは分からないけどキレイな花の柄の着物を着た美人さんが立ってた。あれ? 高橋くんの声が聞こえた気がしたんだけど……気のせい?
僕とユウが顔を見合わせていると、その美人さんはニッコリ笑って手を振ってきた。
「私ですよ、雅矢です。まぁ、今は『桔梗』とお呼びください。神無月君は今は『アリス』でしたっけ?」
「声は分かったんだけど、すっごい美人さんだから高橋くんって分からなかったよ。うんうん、今は『アリス』って呼んでねー! 僕も『桔梗』ちゃんって呼ぶから♪」
それにしても、桔梗ちゃんすごいなぁ。着せられてるんじゃなくて、もう何年も前から女性の着物を着こなしてるって感じで男性的なところはひとつも見えない。ウィッグや化粧も和装に合わせてるし、すごくイイ♪
「え? 雅矢、なのか……」
ユウはまだ信じられないようで、目を点にしてる。
「はい、雅矢ですよ。実は、私の祖母方の家が呉服屋でしてね。遊びに行くたびに着せ替え人形にさせられているうちに病みつきになりまして、暇な時はこうやって女装しているのですよ」
「おいてめぇ……言いながらジーパン越しにひとの息子を撫でてんじゃねぇよ!!」
「ははは、これは失礼。ついうっかり裕哉君のモノを愛でたくなりまして。ところで、お二人はデートの真っ最中でしたか?」
「ちが――」
「うん、そうだよー。だから、邪魔しないでね? 桔梗ちゃん」
ちがう、なんて言わせないもんっ!
「はっはっは。それはそれは……馬に蹴られないうちに退散したほうが良さそうですねぇ。それでは、私はこれで失礼しますよ」
くるりと背を向けてエスカレーターで下の階に降りてく桔梗ちゃんが見える。なんだか、歩き方も和服のときの歩き方に合わせてるし……キレイに決まってるなぁ。
まっ、それはいいとしてっ!
「それじゃ、いこ! ユウ♪」
「お、おう……ンなに急がなくて店は逃げねぇっての!」
「あーあー聞こえなーい♪」
僕は聞こえない振りをしてユウの手を引いて、そんな遠くないお洋服屋さんに向かって歩き出した。
――行きつけのお洋服屋さんでファッションショー(大きいサイズも扱ってるお店だから嫌がるユウもいっしょに♪)もどきをやって、食べ物フロアでデザートを食べて、ゲームセンターで遊んでデパートから出たら、もう外は茜色に染まっていた。
桜の並木道を歩いてた時間よりも冷たい風が、白い春用のボレロ風カーディガンと髪をはためかせては通り過ぎていく。
「ふう、今日は楽しかったな! なんか色んなものが見れたし、失ったものも多い気がするがな……」
「そうだねー。でもカッコいくて可愛かったよ? ユウのゴシックドレス姿♪ やっぱり、ユウは黒が一番だねっ」
「そっかぁー? まぁ、アリスが喜んでくれたならそれでいいが……そろそろいい時間だし、帰るか?」
ユウに言われて携帯電話の時計を確かめる。時間はもう午後6時になろうとしている。
でもね、ユウ……僕にとっての今日はまだ終わってないんだよ?
「公園……」
「ん?」
「少しだけ、公園によりたいな……」
ユウは少しだけ考えたみたいだけど、すぐに顔を上げて笑いかけながら「いいぜ」って言ってくれた。
これからは睦月ちゃんも、そして多分……高橋くんも今までよりもずっとユウに絡んでくるだろうし、こんな機会はもうあまりないかもしれない。
だから、ユウに伝えるんだ。僕の、今の気持ちを――。
こうして、僕たちは夕陽の光に追われながら桜咲く公園に向かった。