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俺の周りは変と恋ばっか!  作者: 杏 代瑞
春の章
10/18

第10話『本日はデート日和也 ~ 神無月アリスの場合 ~ 午前』

※今回は美里アリス視点です



 まだ少し肌寒い風が吹く桜の並木道をユウといっしょに歩く。左手はユウの右手と繋いで、右手に食べかけのホットドッグを持ちながら。

 ホットドッグはもう通り過ぎた公園に定期的に来ている屋台で買ったもの。最後に来たの1年くらい前だったっけ……久しぶりによってみたんだけど、お店の人は僕たちのことを覚えてたみたいで「ヘイ! お久しぶりネーおフタリさん!」って言ってくれた。こういうときってなんだか、わけもなく嬉しくなるよね。

 それにしても、ワンピースの裾から風が入ってきて太ももと……ま、股がスースーする。うぅ……これならワンピースじゃなくて長めのスカートにしたほうが良かったかなあー……。

 でも、ユウは「似合う」って言ってくれたんだし少しくらい我慢しよう。

 ホットドッグを包んでた紙を、通り道に置かれてたゴミ箱に入れて僕はユウの顔を見る。

 僕の大好きな、ちょっぴり不良だけどすごく男の子らしくてきりっとしてるユウの顔。ぽーっと体が熱くなってくのを感じながら見てたら逆にユウに見られちゃった。


「ん? アリス。俺の顔に何かついてるか?」


 僕のことをもうひとつの名前で呼ぶユウ。

 『アリス』は僕が僕自身に対してつけたトランス・ネームだ。

 だけど、別に僕は自分のことを『アリス』と思ったことはないし、似てると思ったこともない。ただ、『アリス』という少女が好きなんだ。その名前には無垢で可憐な少女ってイメージがあるから。きっと、僕もそんな子になりたかったんだろう。


「ううん。ユウの顔を見てただけ」

「あん? 俺の顔なんか見ても面白くねぇだろ……」


 ユウがいつものようにぶっきらぼうに顔を桜に向ける。

 違うよ、ユウ。

 面白いとか、面白くないとかそういうことじゃないんだ。ただ、僕がユウの顔を見てたかっただけ……それだけなんだ。

 ユウは嫌がってるかもしれないけど、今の僕はそれだけで十分幸せな気持ちになれるから。


「桜、きれいだな」

「そうだね」


 しばらく桜を見ながら歩いてたユウの呟きに相槌を打つ。

 今は五分咲きといった感じかな。つぼみと花が半々くらい……5月になればすっかり葉桜になっちゃうんだろうな。


「少し、寂しいね……」


 僕は思わず呟く。


「ん、何がだ?」

「桜がさ。あと1ヶ月もしないうちにピンクと白から緑一色に変わっちゃうんだろうな、って」

「そうだな……。でも、俺はそれはそれでいいと思うんだ」

「え?」

「桜ってのは花が咲いてるうちは見る奴の目を楽しませる。葉桜は葉桜で見る奴の心を和ませるもんだ。癒しつーかなんつーか……上手くは言えねぇけどよ……」


 桜を見上げながら、空いてる人差し指でほっぺたをかきながら言うユウに僕は小さく頷いた。


「ふふ、上手く言えてたよユウ――きゃっ!」


 突然吹いてきた突風に僕はユウから手を離して両手でワンピースの裾を押さえる。少し間があったけど見られてないよね……?


「み、見た……?」

「何をだ?」

「だから、その……僕の……パンツ」

「見てないぞ?」


 よかった……見られてないみたい? ほっとため息をついた僕だったけど――


「…………若草色のしましま(小声で)」

「ユウのばかぁ!! やっぱり見たんじゃないかぁー!!」

「ぐぎゃあああぁぁぁぁ――!!」


 デリカシーのないユウのお腹に渾身の力を込めたパンチ一発! なんか顔がにやけてたし、そうだとは思ってたよっ!


「ふ……やるなアリス。世界を狙えるいいパンチだった……ぜ……ガクッ」

「はいはい。芝居はいいからさっさといくよ、ユウ」


 「ガクッ」とか自分で言ってる時点で芝居ってバレバレじゃん……ユウってホント演技が下手なんだから……。

 そんなことより、ユウにパンツ見られちゃった……顔が赤くなっちゃってユウの顔まともに見れないよぉ……どうしよう。


「チッ、ばれてーら」


 全然痛がってない様子で立ち上がるユウと再び歩き始める。

 今までとひとつだけ違うのは、僕がユウを見れないことだけ……それだけなのに、なんだか寂しい気持ちになる。

 なんかやだな、こんなの……。

 いつか僕はユウに抱かれたいと思ってるし、パンツ見られたくらいでこんなになってちゃダメだよね……よし!


「ねぇ、ユウ」

「ん? なんだ……」

「さっきのことは許してあげるから、キスしてよ」


 気づいたら――自分でも信じられないくらいに大胆な言葉を僕は吐いていた。

 今までここまで大胆になったことなんてなかった。せいぜいユウの腕に抱きついたくらいだ。

 でも、ユウのことだから「恥ずかしいからやんね」とか言ってしてくれないんだろう。

 そう思ってた――


「しょうがねぇなー」

「え、ユウ?」


 でも、ユウはめんどくさそうに後ろ髪をかきあげながらも歩く足を止めて僕に顔を近づけてきた。ここまで来ちゃったら今さら「やめて」なんて言えない。覚悟を決めて僕は静かに目をきゅって閉じる。

 何も見えない暗闇の中、自分の心臓の音だけがとても大きく聞こえる……とくん、とくんって。

「んっ……?」

 そっと触れる柔らかい感触。でも、それを感じたのはくちびるじゃなくてほっぺただった。


「こ、これでいいだろ……さっさと行くぞ!」


 熱におかされたような僕の顔も赤いけど、ぶっきらぼうに僕の手を取って歩き出すユウの顔も少し赤くなってる。

 そんなユウを見て、僕はくすっと笑って――


「もぉ……ちゃんとしてくれなかったから今日のお昼はユウのおごりだよっ♪」


 そう言ってやったら、ユウも笑い返してくれた。

 やっぱり、こうやってユウの側にいるのが僕にとって一番の幸せ。

 携帯電話で時間を確認すると11時半。今日という日はまだまだ始まったばかり。

 ユウとめいっぱい楽しんで、ときどき甘えて、とにかく楽しい1日にしよう。

 公園の桜の並木道を抜けた僕とユウは、今度はゲームの話をしながら街に向かった。

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