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Short Short Circuit

その頂へ

作者: 境康隆

 その山はただそこにあるだけだった。

 ただそこにあるだけで、多くの登山家の命を奪っていった。

 男はそんな山を登る。

 男の前に多くの者が命を落としたその山を登る。

 そう。その山は誰も歓迎しない。死という結果を与えるだけで、誰も生きて返さなかった。

 登山家なら誰もが一度はその山の頂に立つことを憧れる。実際腕に自信のある者はその山に挑む。

 だが誰一人として、その頂を見て帰ってくる者はいなかった。

 山の頂はその実際の姿すら誰にも分からなかった。

 常に悪天候に見舞われているその頂。吹雪く雪に、吹きすさぶ風。麓から登らんとする者は絶壁に阻まれ、空から近づかんとする者は突風に吹き飛ばされたからだ。

 男はそんな頂を目指す。

 男は地質学者であり、登山家であった。両者であることが、男の存在意義だった。

 地質学者として名声を極め、登山家として栄誉をほしいままにしたその男は、己の集大成としてその頂を目指した。

 その山には一つ不思議があったからだ。

 登山家として、そして地質学者として、それは男にとって解明すべき謎だった。

 その山は不規則に高くなっているのだ。

 山周辺の地殻変動は全く観測されていない。にもかかわらずまるで生き物のように、山は地殻の隆起なしに成長していた。

 男はその謎をどうしても解き明かしたかった。

 だが山の頂は誰も近づけない。その常に吹雪く悪天候のせいで、航空機すら寄せつけない。

 それでも電波や、音波、ありとあらゆる観測データがその山の成長を示していた。

 学者ならその謎を解き明かしたい。登山家ならそんな山を征服したい。

 両者である男は自らの足でその山の頂を目指すことにした。

 視界はひどく悪く、手足の感覚は既になくなりかけていた。

 頼るべき仲間は倒れ、戻るべき基地は吹き飛ばされていた。

 それは絶望的な登山だ。

 しかし男の歩みは止まらない。男の登山家としての意地。地質学者としての誇りが男を突き動かす。

 男の鼻の頭がそげた。凍傷だ。男はそけだ鼻を曝しながら更に山を登る。

 つま先に激痛が走る。こちらももう既に何本か失われているのだろう。

 男はそれでもその頂を目指す。

 何か魔性のものに憑かれたかのように男は山を登る。

 何の為に登っているのか時折忘れそうになった。只そこにあるから登るという昔の偉人の言葉が男の脳裏に甦る。だが男は首を振る。実際寒さに幾ばくも振れなくとも己の目的を思い出す為に首を振る。

 雪に埋もれた岩が見えた。そしてその岩に背中を預け、息絶えている登山者の凍りついた遺体を見つけた。

 男はその登山者の様子を確かめる余裕もない。実際その遺体は吹雪く視界の中で、一瞬だけ姿を現すと直ぐに雪の向こうに消えた。

 男は真っ直ぐ頂を目指す。

 この山の謎を解かんと、この山を征服せんと、男はひたすら山を登る。

 所々人の大きさに雪が盛り上がっていた。やはりこの山に拒まれた先人の登山家だろう。

 山を登るに連れて、傾斜が険しくなる。雪はその斜面に止まることができず、その冷たい岩肌を曝しいた。そしてその岩肌を雪の代わりにぽつんぽつんと覆っていたのは、やはり登山家の死体だった。

 古いものも新しいものも。等しくこの厳しい自然に凍りついていた。

 男はその死体の仲間入りをする悪い予感と戦いながら、それでも頂を目指した。

 死体は目に見えて増えていった。

 ただ山はそこにあるだけで、これだけの人の命を奪ってきたのだ。

 それでも男は山を登る。頂を目指す。

 いたるところから激痛が走った。体中が凍傷に冒されているのだろう。

 だが男は歩みを止めない。やはりこの山は魔性を帯びているようだ。男の歩みは憑かれたように止まらない。

 男はやっと頂をその視界に捉えた。

 誰も見たことがない頂だ。いや、それは少し違っていたのかもしれない。その頂へと続く岩肌にも、無数の遺体が転がっていたからだ。

 今や遺体は岩肌すら覆い隠している。

 男は遺体の上を這うような有様で頂に向かった。

 一際冷たい風が男を襲う。

 正に身が凍りつく風だ。方々に転がる死体を凍りつかせている風だ。

 そして男は悟る。この風こそがこの山の謎の原因なのだと。

 男はついに頂をその手に捉えた。しがみつくようにその頂に立つ。

 やはり男は悟る。これこそが成長する山の正体なのだと。

 男の体から不意に力が抜けた。全ての意識が遠退いた。

 男は頂の上でその姿勢のまま凍りつく。先に力つきた先人の体の上で凍りつく。

 そう、この山の新しい頂となって――

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