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遠くて近い俺のマドンナ~彼女と同じものをみるとき~

作者: 田崎流々

俺のすぐ斜め後にいる彼女。彼女は俺と並んで街を歩くとき、いつもおずおずと斜め後ろから、彼女にしては長い俺の腕を組んで歩く。それは彼女の歩幅が俺より全然短いからで、少し前「背高めなのに短い足」とからかったら、彼女に真顔で頬をつねられた。それ以来「短い足」はNGワードなのだが、俺はマゾなんじゃないかと思う位、彼女につねられたことが嬉しかった。それだけ俺は彼女の中で男として認めつつあるのかな、なんて思ったりするからだ。





 季節は東京の雪が溶けた冬。俺、片桐シンジこと十八歳。斜め後ろを歩くのは、幼馴染である鮎川雄一の姉、鮎川由美子さん二十七歳。

 由美子さんは、身長百七十五cmの俺の頭半分位に頭が並ぶので、背は女性としてはそこそこ高め。IT関係の仕事についていて、独身だ。

 でも、どうして由美子さんに決まった相手がいないのか、結婚相手候補なり、婚約者なり、いても良さそうな気もする。いや、言い寄ってくる男なんてザラに見える程、物腰も、気品も、顔立ちもスタイルもいい。

 遠まわしに弟の雄一に聞いてみたところ、そういう相手は今はいないそうだった。

 「今は」というフレーズが少し気になったが、今斜め隣を歩く由美子さんの左指にもリングははめていなかった。

右指の薬指にボーナスで買ったというカルティエの指輪が光っているくらいだった。

 もちろん、雄一には由美子さんが好きになってしまったことは、全く話していない。いっちゃ悪いがやつはシスコンだ。俺と雄一が三歳から知り合って、その中に由美子さんが加わった時、雄一の由美子さんを視る視線は家族の域を超えていた。

 この世で最も愛しいものを見る眼だった。恋人でも、家族でもない、かけがえのないもの。

 聖書の光を見たような、それでいて秘めやかな何かを感じた。





 今年のお正月、由美子さんに告白してから。俺の錯覚でなければいいが、由美子さんから来るメールの数が増えた様に思う。それだけで俺は嬉しかった。

 今日の由美子さんは、グレーのコートの下に、花柄のワンピースにハイウエストのベルト。足もとは黒いニーハイブーツ。ミニのワンピースから覗く細い太ももをどうしても意識してしまい、俺は歩きながらもぐっと理性で我慢した。


 由美子さんにも、雄一には内緒にしてくれと頼んだ。

 由美子さんの方から気を使ってくれているのか、それから二人で会う時間が増えた。






 でも、俺は由美子さんが欲しいと言っておきながら、彼女とは手を繋いだり、腕を組んだりする他いっさいできなかった。それは一種かけひきめいたもので、彼女が年下の男と軽々しく寝る様な人になってほしくはなかったし、俺は彼女の体が目当てだとも思われたくなかったからだ。





 

 でも、せめてキス位はしたい、というのが本音だった。デートを重ねて帰り際、駅前でさようなら、またねとする時、彼女をその場で抱きしめ、キスをしたい衝動に何度かられたことか。





「もう、シンジ君待ってよお願い」

 斜め後ろを歩いていた由美子さんが呆れた様に溜息をついて腕を引っ張った。

「ごめん、由美子さん。俺ちょっと早歩きが癖でさ、ほら、由美子さん今日フリーマーケット行くんでしょ? いいの売り切れちゃうと思って」

 その後、叱られるのかと思ったら、ふいに彼女は満面の笑顔になった。二十七とは思えない、ハリのある笑顔。

「ごめん、でもね。私、いつも通ってる街並みとかを眺めるのが好きなの。行き交う人のファッションとか、話し声。シンジ君は、そういうの嫌い? もうちょっとゆっくり歩けば、変化に気付いて楽しいのに」

「え、でもフリマは朝の九時だから、もうすぐだよ?」

 困惑の顔をする俺に向かって彼女は悪戯をばれた子供のように舌をだした。

「残念! いやごめん、ほんとはフリマ、朝の十時からなの」

 俺は唖然としてしまった。ちくしょー最初から計算だったか。その後、思わずニヤけた。

「そんなに俺と一緒にいたいの?」

「そうかもね」

 と彼女はふふふ、と笑いながらかわした。無邪気な顔を見せる反面、急にそんな大人な反応をされると、俺は正直不安になるのだった。


 



 俺達は、それからゆっくり歩いた。なるほど、確かに街並みがゆっくり歩くと面白い。歩道の端で似顔絵を描くドレッドヘアの青年や、街の、店が開けていく慌しい空気の中にある活気。菓子を炊く匂いのする雑貨屋が看板を立てる。朝マックを食べるサラリーマン達が窓越しに談笑している。

 由美子さんは女子大生のところどころ変わる個性的なファッションを見るのが好きだと言った。

 エスニック、ギャル系、あげ嬢、ロリータ、パンク。さすが原宿の街だ。

「いっぱい色んな人がいるもんですなぁ。でも、なんか由美子さんてトレンドじゃん。なーんか原宿って感じじゃないんだけど。六本木ならわかるけど」

 俺がのんびりと言うと、由美子さんはまたふふふと笑った。

「確かに。でもね、私本当は、アパレル業界に行きたかった位これでも色んなファッションが好きなのよ。でも、着る勇気がないってやつ。どうしてもオーソドックスなのを選んじゃうのよね。その手の雑誌も見るのは好きだけれど、やっぱり生身の人を見るのが一番好き。てかもうこの歳でそれはないわよ」

「じゃあ、俺が裏原系のかっこで並んで歩いてもいい? 」

「うーん。それとこれとは話が別」

 話しているとどうしても顔がニヤけていくのがわかる。何故だろう、今のガールフレンドにもそんな素振りにはならないのに。

 こうやって、肩と肩が触れ合う位隣にいる由美子さんは初めてで、俺は心臓の音が彼女に聞こえやしまいか不安だった。

ふわりと、つけている淡い香水の香りに酔ってしまいそうだった。





 フリマをしている公園まで辿りついたものの、俺は気に入った古着のスーパーラバーズのトレーナーやら、使い古しのアクセなどをどれも千円としなかったので、たくさん買い込んだ。俺は着こなしにポリシーはあるが、服にお金をあまりかけたくない方だったので、フリマや古着屋が大好きだった。

 それを聞いた由美子さんが、原宿でフリマがあるよと誘ってくれたのだが、当の由美子さんはあまりにも節操なく物色したおし、あれもこれもと大きな紙袋に詰め込む俺を唖然として見つめて、カシミアの赤いストールを一つ買っていた。





 買うだけ買って、俺達は公園の人ごみから離れた芝生に寝転んだ。

冬の乾燥した冷たい芝生の匂いは、ツンツン脳を刺激した。気がつくと朝が過ぎ、小春日和だったのか、陽の光が暖かい。

 気がつくと、彼女は隣で寝息をたてて寝ていた。昨日の夜勤で徹夜だったというから、疲れたんだろうか。

 なんと、あの由美子さんが無防備にも。俺はドキドキしながら肩にもたれかかり寝てくる由美子さんをちらりと見た時、

カシミアのストールの下から、色違いの黒いカシミアのストールが覗いているのを見た時、時間が止まった。

 明らかに男物だった。いや、それは誰に送るつもりなの? 雄一? それとも……

 あまりにじっと見つめすぎたのか、由美子さんのアーモンド形の目がパチリと開くと、透き通る様な笑顔を見せた。

 そして、俺の首にその黒いカシミアのストールを巻きつけた。

「おそろい、だね?」

 その笑顔があんまりにもかわいかったのと、美しかったのと、嬉しかったので、俺は彼女を思わず羽交い絞めにするようにその場で抱きしめた。、



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