1.次の街に行きたい旅人は、街一番の女商人に執着されて永遠に旅立てない
俺は一生、この街から出発できないのかもしれない。
旅人の俺は、そんな焦りに駆られていた。
というのも、ここ数ヶ月ずっと妙な偶然が連続して、この街を出発できていなかったからだ。
旅の道具を買い集めようとしたら、俺が欲しいものがどれも売り切れていたり。
俺が出発する数日前に、宿代や生活費が異常な値上がりをして出発資金が尽きてしまったり。
出発の当日になって、街中で殺人の噂が立って、街の門が封鎖されたり。
その他にも数え切れないほどの不運が重なり、俺は数ヶ月に渡って、この街で足踏みを余儀なくされていた。
俺はもう4年近くこの街を拠点にしている。
俺は10代の頃から、旅人をしながらも、古代の遺跡を調査する人生を送っている。
その旅の道中で、この街周辺の遺跡に、俺の探し求めているモノがあるのではないかと思い、この街───アイオニオン・ニュクスの街に留まっていた。
この街の調査は困難だった。
街周辺の遺跡自体が数多く、規模も大きいものが多かった。
その上、遺跡調査にも領主の許可が都度必要で、事前の目算では調査に少なくとも10年はかかるという予想だった。
その遺跡調査が、とある人物との出会いによって3年余りで終わった。
ちょうど、今から数ヶ月前のことだ。
調査の収穫としては、俺が求めていたモノに近しい発見はあった。
しかし、核心的なものではなく、俺が旅を止める理由になるほどの発見ではなかった。
俺は、もはやこの街に留まる理由を失い、本来ならとっくに次の街で遺跡調査をしているはずだったのだが……。
「はあ…どうすっかなあ…」
俺は宿の一室で、深いため息を吐いた。
色々な悩みが複雑に混ざり合って、自分でも驚くほどにくたびれたため息が出た。
この街を出られない焦り。
もちろん、それが一番大きな悩みではある。
だが、悩みの原因は他にもあった。
俺は宿のベッドに座りながら、ベッド脇の机の上を見る。
そこには、いくつもの手紙が重ねてあった。
どれもこの地域では最高品質の紙を使っていて、封蝋には俺が良く見慣れた家紋が刻まれている。
宛先は俺で、差出人はこの街において、俺の恩人とも言える女だ。
手紙の内容は───婚姻の誘い。
差出人の名はコロネ・カペレイア。
齢18の若さにして、この街最大の商会であるカペレイア商会を束ねる女主人。
この街の商売には、何かしらの形でカペレイア商会が関わっていると言われるほどに、巨大な権力を持った組織の長だ。
俺がこの街に来た当初は、コロネはまだカペレイア家を継いだばかりの小娘と言った感じで、いつも怯えていて精神的に不安定な様子だった。
それも当然で、彼女の両親が若くして亡くなったあと、遺された一人娘であるコロネがカペレイア家と商会の長の立場を継がなければならなかったのだ。
当時14歳の箱入り娘であるコロネには、あまりにも重い立場だ。
街の有力者や家の従者たちの手助けはもちろんあったが、コロネに求められることは余りに多かった。
尊敬し慕っていた両親を同時に失ったことによる精神的負担。
そして、求められる役割と自身の能力の差に苦しみ、程なくして彼女は重度の人間不信とヒステリーに悩まされるようになった。
誰の目から見ても、コロネが潰れるのは時間の問題だった。
ちょうどそんな時だった。
俺がこのアイオニオン・ニュクスの街に訪れ、コロネと出会ったのは。
俺はカペレイア商会の主人であるコロネに接触し、彼女が直面していた数々の問題の解決に手を貸した。
そうしたのは、コロネの境遇を不憫に思ったのもある。
俺も彼女と同じくらいの年に、両親を失ったからだ。
もちろん、彼女に手を貸したのは俺の純粋な善意だけではなく、打算もあった。
遺跡調査には、領主の許可が必要だ。
しかし、流れ者の俺がいきなり許可を求めても、まともに取り合ってはくれるはずもない。
それに、そもそも遺跡調査には多くの人手が必要になる。
俺一人で人を雇って、都度調査をするのも相当な資金と時間がかかる。
そういった理由で、この街の活動において、俺には協力者が必要不可欠だった。
それで目をつけたのがカペレイア商会だ。
優秀な先代が亡くなり、未熟な一人娘が主人になったことで、カペレイア商会は力を大きく失っていた。
それでも、この街においてカペレイア商会の存在感は依然として大きいものだった。
だからこそ、商会の長であるコロネと親しくなっておけば、彼女から色々と便宜を図ってもらえて、遺跡調査が捗ると思ったのだ。
俺はコロネに接触し、様々な困難を乗り越えて───本当に一筋縄ではいかない困難ばかりだったが───コロネの深い信頼を得ることに成功した。
また、コロネ自身も俺が来てからずいぶんと成長し、かつて彼女の両親が健在だった頃と同じくらいにカペレイア商会を立て直していた。
この街での絶大な影響力を手に入れたコロネが一筆書くだけで、俺を門前払いした領主が大慌てで調査の許可を出してくれたほどだ。
おまけに彼女は、遺跡調査のための資金と人手を俺のために気前よく提供してくれた。
俺の当初の打算は成功し、コロネの強力な後ろ盾を得たことで、この街での遺跡調査は大きく進んだというわけだ。
結果としては万事順調。
俺は遺跡調査を予定よりも遥かに早く終わらせて、次の街へと旅立った。
…そのはずだったのだが。
ある意味、順調に行き過ぎた。
順調に行き過ぎて困ることなどあるのか?
と思いそうなものだが、実際に俺はそれで頭を悩ませている。
具体的に言うならば、コロネの想いのことだ。
コロネは俺に、好意を抱いている。
それも、一人の男として、結婚相手として、生涯の伴侶として、俺を見ている。
自分で言うのも恥ずかしい話ではあるし、俺のうぬぼれや勘違いなんじゃないかと何度も確かめたが、彼女の心は俺だけを見ていた。
俺は、やりすぎたんだ。
俺はコロネの後ろ盾を得るために、精神的に限界だった彼女を支え続けた。
時には無茶をして、自ら命の危険にさらされるような場所に行った彼女をすんでのところで助けたこともあった。
大口の取引先との会談で、弱気になっている彼女を俺なりのやり方で励ました。
商会の帳簿を彼女と夜通し精査して、何度も頭が沸騰しそうになりがら、二人で商会をどうやって復活させるかを語り合った。
見違えるように成長し、だんだんと女主人としての風格が出てきたコロネ。
それを危険視したライバル商人や政治屋たちが放った刺客から彼女を守り、コロネを陥れようとする輩の陰謀を暴いた事もあった。
その他にも数え切れないほどに、コロネの周りには様々な問題があり、俺はそんな彼女に手を貸してきたのだ。
明らかに、俺はコロネの事情に介入しすぎた。
俺はもともと、この街には縁もゆかりも無い一介の旅人にすぎない。
ただカペレイア商会の後ろ盾が欲しいのなら、ここまで彼女の問題に深入りする必要はなかったはずだ。
それなのに、俺はコロネに関わり続けた。
どうしても、コロネを放っておけなかったのだ。
ただの箱入り娘だった彼女が、両親の死によって重すぎる立場を背負い、それでも歯を食いしばって頑張ってきたことを知っているから。
そんな彼女が、少しずつ成長しながらも、真っ先に俺を頼ってくれることが嬉しかったのだ。
だから俺は、コロネに肩入れすることを止められなかった。
その結果が、この婚姻の手紙だ。
コロネは俺への好意を膨らませ、俺はそれをはっきりと拒むことが出来ないままずるずると関係を続けてきてしまった。
彼女は、俺をカペレイア家の婿に迎え入れたいと言ってきているのだ。
もちろん、俺は彼女の好意に応えることは出来ない。
俺には、やるべきこと───古代遺跡の調査をして、世界を滅ぼす『厄災』を根絶すること───があるのだから。
この使命には危険が伴う。
ふとした油断が、命取りになりかねない。
古代遺跡の調査というのは、つまるところ、危険な魔物や得体のしれない古代魔術がひしめいている、高難易度ダンジョンの調査にほかならない。
ベテランの冒険者でも、迂闊に入るのを躊躇するような危険地帯だ。
今までは俺もまだ若く、自分の命なんて顧みず、無鉄砲に遺跡調査をすればよかった。
その無鉄砲さで、昔想像していた以上に調査が捗り、多くの経験やスキルを得ることもできた。
だが、それも結局、ただ運が良かっただけなのかもしれないと思う時がある。
ほんの少しの悪運が重なれば、今までにいろいろな経験を積んだ俺でも、即死するような状況は起こり得る。
もし、俺に大切な人がいれば、その家族に悲しみを負わせてしまうことになる。
俺が所帯を持ってしまったら、遅かれ早かれ妻や子供を遺して死ぬ姿しか想像できない。
俺の命が、俺一人の責任ではなくなるから、自由に旅を続けること自体もできなくなる。
それは大変に困る。
もちろん、コロネとともにカペレイア商会を運営する未来が、嫌なわけじゃない。
むしろ、その未来は喜ばしいとさえ思えるくらいだ。
正直な話、俺も、コロネのことを憎からず想っている。
あれだけ一緒に過ごして、彼女と苦楽をともにしたのだ。
俺にとっても、コロネは誰よりも大切な存在になってしまった。
彼女と結ばれたなら、この上ない幸福が待っていることだろう。
だが、それでも彼女と添い遂げることは出来ない。
なぜなら、はるか古代に起きた厄災が、向こう百年の間に再発することが分かっていて、その抑止のために俺は人生を賭けなければならないからだ。
というのも、俺の一族は、もともと古代文明の末裔だった。
その影響もあって、俺の一族には厄災の予言が受け継がれている。
それは、あと100年も立たないうちに、古代遺跡に封印された古代の厄災が世界に放たれてしまい、世界を滅びにいざなうというものだ。
この予言はただの妄言ではなく、実際に世界中でその兆候が起きている。
しかも、古代文明の血を受け継いでいる者でなければ、古代遺跡の仕掛けを動かすことはできないのだから、数少ない一族の末裔である俺が動くしかない。
仮に俺が、自分の使命を忘れ、安寧に沈んでコロネと添い遂げることを選んだとしても。
その幸せは、いつか古代厄災の起動によって、あっけなく崩壊することは分かり切っている。
それはつまり、世界と、この親しみ慣れた街と、なにより最愛のコロネの命が失われてしまうということだ。
俺には、コロネが死ぬことが、想像することさえ恐ろしいのだ。
だからこそ俺は、使命を優先することにした。
そうしなければ、彼女の命を守ることはできないのだから。
「そうなると……やっぱり、ちゃんと断らないとな」
俺は、机の上にある手紙の山を見てそう言った。
この手紙は、数ヶ月前からずっと、何通も俺のもとに届いている。
ちょうど、俺がこの街を出発しようとしたときからの手紙だ。
俺はコロネに別れを告げたあと、この街を出発するはずだった。
それが、ことごとく街を出る際に妨害が入り、今日この日まで出発が伸びてしまった。
当初はただの偶然だと思っていた。
旅には運が味方してくれない時期もあるからだ。
だが、何度も不運が重なり、数ヶ月も出発が延期してくると、流石にただの偶然で片付けるのは無理がある。
俺は、コロネが俺を引きとめるために妨害をしていると確信していた。
この街での絶大な権力や資金を持っている彼女であれば、妨害工作くらいはお手の物だろう。
その上、彼女には俺を引き止めるだけの十分な動機がある。
俺が街を出ると告げたときのコロネの顔を、俺は一生忘れることができないだろう。
彼女は、俺を離さないつもりだ。
彼女の想いは、この手紙の山そのものだ。
何通も、何通も、何通もコロネは手紙を送ってきた。
俺はそれに一度も、返信をしていない。
もともと追いすがる彼女を振り切って出発しようとしたのだ。
そんな俺には返信する権利すらないと思っていた。
だが、とうとう俺はコロネへの手紙を書くことにした。
ここまで街ぐるみでの強硬手段を取られてしまったら、流石に俺も他に打つ手がないからだ。
俺は、コロネへの返信の手紙を書き始めた。
そして、最後のお別れを告げるために、直接会いたいと書いた。
今度こそ、彼女に俺を諦めてもらわないと。
それが、俺にとって誰よりも大切な女が、平穏無事に生きていく道なのだから。
======
※あとがき
街の女商人に囚われて、強制的に結婚させられてしまう話です。
全9話。毎日19時に更新していきます。
なんだかんだ幸せになります。
以前描いたイラストのキャラから設定を膨らませて、ある程度の小説にしました。
基本的な関係性は踏襲していますが、小説化にあたり、設定をいくつか変更しています。
https://www.pixiv.net/artworks/121545054




