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満天の星の下での宝物

作者: 紫 涼夏
掲載日:2026/01/30

リハビリとして短編小説を書いてみました。

少しでも楽しんで頂けると幸いです。


目の前には静かに青くキラキラと広がる海。

それを一望できる丘の上に私は立っていた。


なぜここに居るのか、私は誰なのか思い出すことができない。


潮風になびく髪が頬を撫でる。

どのくらいの時間、私はここに居るのだろう。

どのくらいの時間が経ったのだろう。

何も思い出せない私は、ただただその風景を眺めていることしかできなかった。


(…ち。)


不意に波の音の間に何かが聞こえたように思えた。


(こ……いで。)


なんだろう。私を呼んでいるように感じる。

そして、何かに引き寄せられるかのように一歩足を踏み出していた。


一歩、一歩、足を進めた。

私はどこに向かっているのだろう。


(そう、こっちだよ…。)


自分の意志ではないような感覚で、ふらふらと呼ばれる方へと歩いていく。

どのくらい歩いただろう。目の前に大きな鳥居があった。

何も思い出せない私は、とりあえす神社の境内へと向かった。


階段を上ると、そこには青々とした木々が風に揺れ、木漏れ日が境内に降り注いでいた。

そこは不思議なくらい静かで、柔らかな空気を纏っていた。


少し疲れた足を休ませるために神社の入り口に腰を下ろすことにした。

丘の上に居た時は真上にあった太陽が少し傾いてきている。

私はこれからどうすればいいのだろう……。

ぼーっとする頭で考えているような、考えられていないような時間を過ごしていた。






カサカサッと茂みが音を立てる。

目をやると白い犬のような狐のような、どちらとも分からない綺麗な動物が出てきた。


茂みから出てきたその動物はそっと私の目の前に座る。

目が離せない魅力を持ったその動物としばらく見つめあっていた。


「……。あなたはどこから来たの?」


声をかけてみるが、綺麗なその動物は身動き一つしない。


「私ね、自分が誰でどこから来たのか分からないの……。」

「……。あなたは、私の事わかる?」


動物なんかに問いかけても分かるはずもないのは分かっている。でも話しかけていた。


(全部、忘れてしまったんだね。)


耳からと言うより頭の中に直接響く優しい声。


「私を呼んでいたのはあなた?」


(…そうだよ。)


不思議な事が起こっているはずなのに、なぜかすんなりと状況を受けいれていた。


「なぜ、私を呼んでいたの?」


(…君の事が心配だったからだよ。)


「心配…?」


(君がそのまま自分の人生を終わらせようとしていたから。)


「…私が……?」


人生を終わらせる…?私は死のうとしてたと言うこと?

……何も思い出せない。どうして私はそんなことをしようとしていたのだろう。


(本当に全部忘れてしまったんだね。)


「…そうみたいだね。」


そう言って私は苦笑いをした。


(自分の事が知りたいか?思い出したいか?)


「そう…だね。これからどうしていいか分からないし、思い出せるなら思い出したいかな。」


(それが、とても辛い事だったとしても?)


そう問われた瞬間、体の中からとても恐ろしい感情が湧いてきて震えが止まらなくなった。

私は何に怯えているのだろうか。思い出したくない気持ちが湧き上がってくる。


「…怖い……。」


ポツリと口から出ていた。

でも何故か知らないといけない、聞かなきゃいけない、そんな気持ちもでてくる。

私はどうしたらいいのだろう。大事な何かを忘れている気がする。

でもそれを思い出そうとすると、とても怖い感情が押し寄せてくる。


(ゆっくりでいいよ。)


そう言うと、綺麗な動物は私の膝の上で丸くなった。

暖かい…。さっきまでの恐怖が徐々に和らいでいく。

その優しく柔らかい空間に私は身を預け風景を眺めていた。






太陽が沈み始め、空が綺麗な茜色に染まり、そしてそのうちに星がポツポツと輝き始め、気が付けば吸い込まれそうなほどの満天の星空を眺めていた。


「…綺麗……。」


ふと、何かを思い出しそうになる。


(星は好きか?)


「以前の私は好きだったんじゃないかな…。分からないけど。」


(もっとよく見える場所を君は知っているはずだよ。)


もっとよく見える場所…。

綺麗な動物は私の膝の上からぴょんっと飛び降りる。

それに釣られて私も立ち上がる。

直感的に私はそこへ行かないといけないと思った。

でもどこに行けばいいのかは分からないまま。それでも足は歩き始めていた。






境内から下り、街灯の少ない海沿いの道を歩く。

あの綺麗な動物もついて来ていた。


しばらく歩くと、大きな丸い屋根の建物が見えてきた。

それは懐かしく尊い気持ちになる建物だった。

建物に着くと、自然と外階段を上り、空を一望できるデッキに来ていた。


「…私、この場所知ってる。」


優しく、暖かく、懐かしい気持ちでいっぱいになった。


「…お父さん…お母さん……。」


不意に言葉がこぼれる。頬をつたう涙が止まらない。

私はなぜ泣いているの。

分からない。思い出したいけど、思い出したくない。

でも、恋しい…。


その時、一つの星が流れた。


「…そうだ。お父さんと、お母さんはもういないんだ……。」


私は事故で両親を亡くしたことを思い出した。それをきっかけに、今までの事を全部思い出していく。

あふれ出る涙を止めることができない。


小さい頃からよくここへ来て、お父さんとお母さんと一緒に星を見ていた。

流星群を見て感動したこともあった。

あの神社へもよく行っていた。年明けの初詣、七五三も入学した時も卒業した時も、受験するときも、就活活動することになった時も、たくさんの思い出が詰まった場所。

初めに気が付いたあの丘は、お父さんとお母さんと一緒にピクニックをしていた思い出の場所だった。


「…あなたは誰?」


綺麗な動物に問いかける。


(あの神社の神獣だよ。すっと君たち家族を見守っていた。)


「どう…して……。それなら、どうしてお父さんとお母さんを助けてくれなかったの!」


辛く、悲しく、苦しい気持ちをぶつけてしまった。


(運命を変えることはできないんだよ。)


どうして…。


「なら、なぜあの時私を死なせてくれなかったの!」


(君はまだ命を終わらせる時じゃなかった。それに君の両親もそれを望んでいない。頼まれたんだ…。君の両親に。)


「頼まれた…?」


何を言っているのか分からない。すべての思い出、感情を受け止めきれない。

あふれ出る涙も拭うことができない。


どうして。どうして。どうして…。


もっと一緒に居たかった。もっと一緒に出掛けたかった。もっと一緒にここで星を眺めたかった。もっと…もっと……。

それはもう叶わない…。


「…会いたい……。」


もう一度、お父さんとお母さんに会いたい。






行ってきます。と仕事に向かう私に「行ってらっしゃい!」と声をかけてくれた二人。「気を付けてね。」ってお母さんが言ってくれたのが、最後の会話だった。


あの日、二人は休みが一緒で車で出掛けていた。その道中、信号待ちをしていた時にトラックに突っ込まれ即死だったらしい。


私は何も知らないで仕事をしていた。珍しく仕事中に携帯が鳴って、出ると警察からだった。

事情を聞いた私はその場に崩れ落ちた。


朝、あんなに元気だったのに。一緒に朝食を食べて笑って会話して…。そんな二人が…死んだ…?


私の様子に気づいた同僚が声をかけてくれて、電話も代わってくれた。

その後、同僚が上司に話してくれて病院にも付き添ってくれた。


二人とも綺麗な顔をしていた。眠ってるみたいにしか思えなかった。

でも、もう起きてくれることはなかった…。


私は二人の葬式で泣けなかった。何も考えれていなかった。周りに言われるがまま動いていただけだった。

お父さんとお母さんの遺骨を自宅に連れて帰り、気が付いたらあの丘の上から海を見ていた。

お父さんとお母さんの所へ行きたかった。一人ぼっちになるのが嫌だった。






(もう一度だけ会えるとしたら?)


神獣に言われハッとして目線を向けた。


「会えるの…?」


そう言うと同時に暖かい空気に包まれた。その空気の先に目を向ける。


「お父さん…!お母さん…!」


自分の目を疑った。もう二度と会えないと思っていた二人が目の前に立っている。

私は無意識のうちに二人に抱きついていた。


「寂しい思いをさせてゴメンね。」


そう言ってお母さんは頭を撫でてくれた。


「一人にしてしまって悪い事をした。」


お父さんは私を抱きしめながらそう言った。


「うんん。また二人に会えてうれしい!」


涙が今まで以上にあふれ出す。


「ごめんね。あまり長い時間は居れないの。」


お母さんが寂しそうな目で私を見る。


「どうして?それなら私も連れて行って!」


私の言葉に、二人は悲しそうな目をして首を横に振った。


「それはできない。お前には俺たちの分まで生きて欲しい。」

「離れ離れになってしまうのは寂しいけれど、わたしたちの分まで幸せに生きて欲しいわ。わたしたちの娘に生まれてきてくれてありがとう。」


お母さんの目から一筋の涙がこぼれた。


「お父さん…。お母さん…。私は二人の娘に生まれてきて幸せだったよ!もっともっと一緒に居たかった。」


二人から離れたくなくて力いっぱい抱きついた。


「もう時間みたいだ…。」


お父さんは寂しそうに言う。


「もう行っちゃうの…?」

「また、あなたに会えて嬉しかったわ。これでお別れが言える。神獣様ありがとうございました。」

「元気に幸せに生きてくれることを願ってるよ。」


二人とも柔らかい優しい私の大好きな笑顔だった。


「お父さん!お母さん!」


強く抱きついていたつもりだったのに、段々と二人の体が透けていき私の腕は空を抱いた。


「あなたの事をこれからも見守っているから寂しく思わないで。」

「俺たちはずっとお前の事が大好きだからな。」


きらめく星たちから二人の声が響いてきた。


「お父さん…。お母さん…。私も大好きだよ。バイバイ。またね……。」


星空を見上げながらつぶやいた。

私はこの満天の星空を生涯忘れることはないだろう。






今日も私は写真の中から微笑む二人に、手を合わせて出勤する。

「お父さん!お母さん!行ってきます!!」




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

拙い部分も多々あったかと思います。

あなたにとっての宝物は何ですか?

これからも、ゆっくりと活動していきたいと思いますのでよろしくお願い致します。

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