LOG.4 ― 侵食 / EROSION ―
——実話。
こんな人生で、マトモは無理だった。
これは、
現実にあったかもしれないし、
無かったかもしれない。
もう一つの結末。
————
バーで別れたその夜。
代行が運転する車の中で、
シンはずっとスマホを握りしめていた。
『さっきはありがとうございました』
と送った。
既読はつかない。
たぶん今日、返信は来ない。
そう思いながら風呂に入り、
ベッドに倒れ込み、
気絶するように眠った。
ーーー
翌朝、スマホが震えた。
ミカからのLINEだった。
ミカ
『昨日はありがとねー!』
『飲みすぎて顔むくむく~笑』
『シン、記憶無いでしょ?笑』
ゼロ秒既読で返信した。
シン
『ありますあります!』
『ところで動画構成について、
相談いいですか?』
すぐに返事が来た。
ミカ
『ねぇ、敬語やだ...。』
『しかも、
なんですぐ仕事の話なの!』
『やだ!!』
シンは画面越しに
1人でニヤけていた。
“あの可愛さ”
がLINEでも炸裂している。
シン
『ごめんね、わかったよ』
ミカ
『ふーんだ!笑』
『今日、会いにいっていい?』
『肩こり直して~?♡』
シン
『了解。』
『昼間なら予約空いてるはず!』
『待ってるね』
シンは精一杯、
誠実な文章を心掛けた。
彼なりの努力だった。
ミカ
『わーい!』
『会えるの楽しみだね!』
ミカは軽々しく
爆弾をほおり投げてくる。
シンは、
爆弾を1個も避けれず
真正面から喰らっていた。
シン
『うん』
精一杯の強がりだった。
ーーー
ミカはラインのあと、
本当に店に来た。
ミカ
「あぅ~背中気持ちいい~…」
シン
「めっちゃ固いね」
「スマホ触りすぎですよ」
シンは違和感を覚えた。
ミカがソワソワしてる気がするのだ。
やけに足がパタパタしている。
整体中に、
足をパタパタする人は
あまり いなかったからだ。
ーーー
最初は、
整体しながら軽い雑談だった。
ふいに恋バナへと流れた。
ミカ
「ねぇ、なんでさぁ
シンって彼女いないの?」
「こんなに優しいのに〜」
「ガチで童貞じゃないよね?」
シン
「まぁ……いないですね。」
「ちなみに童貞じゃないよ…。」
「やめてくれ…。」
ミカはうつ伏せのまま、
足をパタパタさせながら言った。
ミカ
「アタシさぁ。」
「彼氏いらないんだよね〜」
シン
「え、なんで?」
ミカ
「だって彼氏って…」
「自由が無くなるじゃん。」
「束縛されたり、色々面倒でしょ?」
「形式ばった あの関係値がイヤなのよ。」
「だからミカはね…」
「彼氏になろうとする人はキライ。」
シン
「まぁ…確かに……」
ミカ
「アタシは“犬”がほしいの!」
シン
「……犬?」
「犬って犬?」
ミカ
「犬!わんちゃん!」
「ペットじゃなくて人間のわんちゃん!」
「アタシの言うこと聞いてくれる
アタシだけのわんちゃん♡」
「束縛しない。」
「裏切らない。」
「甘えてくれる…」
「ミカは…」
「そんな、わんちゃんと暮らしたいの。」
シン
「そ、そうなんだ……?」
シンは全てを飲み込んだ。
今この瞬間、
喉にある言葉、
"どれを選んでもアウト"
そんな気がしたからだ。
ミカ
「ミカのわんちゃん……」
「どっかにいないかなぁ〜♡」
わざとらしく言う。
その言い方はどこか寂しげで、
でも期待してるようにも見えた。
その瞬間だけは、
本当に子供みたいな無邪気さがあった。
シンからは、
ミカの表情は見えていないが
語尾の弱さで想像は出来ていた。
ーーー
施術が終わると、
ミカは気持ちよさそうに伸びをした。
ミカ
「ん〜!めっちゃスッキリした〜!」
「ありがとう〜!」
シン
「い、いえ……!」
ミカ
「またLINEするね?」
「無視しないでよ?」
「すぐ返信してね?」
シン
「うん、すぐに返すよ」
ミカ
「……違うでしょ?」
急に不安そうな顔を見せるミカ。
シン
「え?」
ミカ
「“わん” は?♡」
ミカは
目が無くなるくらい
満面の笑みでシンに聞いた。
シン
「言うわけないでしょ…。」
「ほら、次の人、来ちゃうから」
「レイさん、またね。」
ミカ
「え~」
「つまんないの~」
「いつか絶対言わせるからね」
「絶対。言わせる。」
そう言って、
くるりと振り返って
出口のドアの方へ向かう。
シンは
その背中を見送りながら、
スタイルの良さに見とれていた。
シン
(後ろ姿も綺麗だなぁ…)
ファーみたいなモコモコの服でも
ミカのスタイルは圧巻だった。
ところが、
ドアの前でふいにミカが、
シンのいる方へ振り返った。
ミカ
「……あっ!」
突然なにかを、
思い出したように目を丸くして、
てててっと小走りで戻ってきた。
そのままシンの胸にふわっと抱きつく。
シン
「…っ!」
「ちょっと…!」
ミカ
「いいじゃん別に!」
「胸板もふもふ〜♡」
「……これ、好き〜」
シンは、チビの割に
ベンチプレスを100近く上げる。
彼は胸板だけはゴツかった。
シンは
ゼロ距離で
"ミカの香り"を嗅いでしまい、
今にも寝落ちしそうになっていた。
ミカ
「落ち着く~…」
無邪気な声。
さっきまでの、
小悪魔な態度が嘘みたいだった。
数秒だけ抱きついて、
満足したように離れる。
ミカ
「じゃ、またLINEするね。」
「わんちゃん、すぐ返してね?」
シン
「犬じゃないよ俺…。」
「LINEは返すから安心して。」
「またね、気をつけて。」
ミカ
「ふふ♡ またね〜」
シンは
ギリッギリの
ほんとにギリッギリのところで
理性を保っていた。
そして
この理性との戦いは
もの凄い速さで加速していくことになる。




