LOG.3 ― 接触 / CONTACT ―
——実話。
こんな人生で、マトモは無理だった。
これは、
現実にあったかもしれないし、
無かったかもしれない。
もう一つの結末。
————
マスターのスマホが震えて通知音が鳴る。
マスター
「お、ミカ来るってさ。
もうすぐ着くらしいぞ。」
シン
「今から!?」
「平日の夜11時だぜ!?」
マスター
「そこで飲んでて、今解散したらしい」
「ナイスタイミングだったな」
シン
(緊張はするが...)
(仕事の話をするだけだ...)
(落ち着け俺...!)
店の外、ドアの向こうから
ハイヒールの
“コツ、コツ、コツ”という音が近づいてくる。
そして
彼女がバーのドアを開けた瞬間、
店の空気が、変わった。
ーーー
黒ワンピのシルエットが完璧で、
スラッと伸びた美脚と、
スラッと伸びた長い茶髪が
反則級に綺麗で、
155cmと小柄なのに八頭身のスタイル。
猫みたいな可愛い目をしていて、
目は笑ってないのに口だけ微笑んでいる。
少し色黒でラテン系美人…黒い宝石だった。
シン
「はじめまして...!」
席を立ち上がり、
小さく頭を下げるシン。
ミカ
「はじめまして。」
「メイです。」
合わせて、
小さく頭を下げるミカ。
”メイ”というのは
ミカがモデル用で使っている、
いわば芸名ってやつだ。
占い師に
つけてもらったらしい。
ミカはカウンターで横並びに
シンの横に座ると
シンは眠そうな顔をした。
シン
(めちゃくちゃ...!)
(いい匂いする...!)
何の香りでもない、"ミカの香り"
彼女の
"フェロモン"かもしれない。
ミカ
「マスター、こんばんわ。いつもの。」
マスター
「ありがとなミカ、きてくれて」
「こいつ、LINEで説明したやつ、シン。」
そう言いながら
シャンディガフを出すマスター。
ミカ
「お店広告のモデル…」
「私でよかったんですか?」
小さくチンッと乾杯をする。
薄暗いバーの明かりが
ミカを照らす。
ミカは、
夜の景色がやけに似合う。
シン
「もちろんですよ!」
「ありがとうございます...!」
ミカ
「私、何すればいい?」
「てか、なんで敬語なんですか?」
シン
「い、いや...」
「仕事だしさ...」
「敬語、いやですか...?」
隣に座ってるだけで、
シンは呼吸の仕方を忘れていた。
ミカ
「嫌です~」
「なんか距離感じる!」
「もっとフランクにいきましょ?」
こっちが緊張していたからか
少し明るく振舞ってくれるミカ。
正直シンは、かなり助かっていた。
シン
「わかりました」
「じゃねぇや、わかった。」
「じゃ、タメ口で!」
ミカ
「そうしよ~」
「お店さぁ、
撮影前に行ってみてもいい?」
「お客として!」
シン
「ああ、是非!」
「ここから予約できるよ!」
シンは
公式LINEからの
予約画面を見せた。
ミカ
「わーい、ラッキー!」
「アタシ、肩こりヤバいんだ!」
シン
「俺にまかせて!」
「あ、マスター、
お客として会うのはセーフ?」
マスターが
カウンターから首を伸ばす。
マスター
「あぁ、それなら問題無しだろう。」
「お前、童貞だしな。」
シン
「うっせぇな!」
「マジで違うって!」
ミカはそのやり取りを見て口元だけで笑う。
目は完全に笑っていない。
ミカ
「じゃあさ、場所教えて?
LINE交換しよ〜?」
LINEのQRを見せるミカ。
マスター
「おや...個人LINEか...。」
「ミカちゃん、
何かあったらすぐ言ってな。」
「童貞でも一応オスだからよ。」
ミカ
「大丈夫です!」
「シン、優しそうだもん。」
チラッと目線を
シンに送るミカ。
シンは少し、
照れ笑いをした。
シンはミカのスマホから
友達追加を読み込んだ。
マスター
「シン、約束守れよ?」
「お前にそんな根性ないだろうが...」
「絶対口説くなよ?」
「仕事関係のLINEだけにしろよ?」
シン
「大丈夫だ。」
「さすがに身の程はわきまえる。」
「動画の構成は相談聞いてね!」
「モデル目線の意見欲しい!」
シンは仕事の話をして平静を装ったが
実は...
LINE交換ができて
脳内はマリオのスター状態だった。
ミカの視線が、
横からすっと刺さる。
そのまま口角がゆっくり上がる。
完全に、お見通しの、ニヤリ。
ミカ
「いつでも”相談”乗るね!」
急にグイっと
シンの耳元に寄るミカ。
ミカ
「ねぇ、シン...」
「LINEする時間...」
「何時でもいいからね...」
小声でささやくミカ。
シン
(何だ、今の。)
(何だ...!?)
(今のは...!?)
シンは凍ってしまった。
マヒャド喰らったみたいに。
マスター
「シン、ほれ。」
「絶品コロッケおまち。」
マスターが
カウンターにコロッケを置いた。
シン
「んあぁ!はいはい!」
「あざす!」
間一髪、
ギリギリで
マスターは見てなかった。
いや...
”見ないふり”かもしれない。
ミカは
カウンターに頬杖をつき、
ニヤニヤしながらシンを見ていた。
シン
(この小娘...なんて野郎だ...)
(死ぬかと思った...!)
マスター
「ミカ、ポテトか何か つまむか?」
ミカ
「ん?どーしよっかな?」
「お腹は空いてるなぁ」
ミカは、会話しながら
マスターには見えない角度で、
シンに足をコツンと当てた。
シンはマヒャドが継続していた。
するとミカが
シンとグラスを交換した。
シンは驚いて
小さい声を出した。
シン
「えっ」
「間接キ...」
ミカが
指を立てて
”しーっ” っとジェスチャー。
ご丁寧にメニュー表を見るフリして
”メニュー表バリア”で隠している。
あまりにも隠密作業に慣れすぎている…。
ミカは小首をコテンと傾け、
「よかったね?」
と言いたげな可愛い顔を向けてきた。
マスターに見えないように
2人は間接キスのまま飲み切った。
シンは嬉しさと背徳感の混じった
苦そうな表情をしていた。
ーーー
ミカ
「じゃあ今度、
“お客として”お店に行くね〜」
「シンさん、楽しみにしてて?」
マスター
「あれ?」
「シンお前...」
「今日は呑むペース早いな?」
何かを、
ジュージュー焼きながら、
マスターが
空のグラスに気がつく。
シン
「あ、うん……。」
シン
(マスターごめん……。)
シンは、もう、無理だった。
完全に落ちていた。
シンはこの日、
気づかないまま
アリ地獄に足を突っ込んでいた。




