第九話:野外での愛の支配
ユーリがもたらした情報により、ゼノスは「狂気の支配」という次の戦略を立てた。しかし、その冷静な分析の裏側で、ユーリという現実の脅威に触れたゼノスの嫉妬心は、もはや制御不能になっていた。
「よし、情報は得た。騎士殿、君の協力に感謝する。次に会う時、君が『正しい選択』をしていることを祈ろう」
ゼノスはそう言い放つと、ユーリに反論の隙を与えず、クロエの腰を掴んで小屋の中へと引き入れた。
ユーリが悔しさに満ちた瞳で小屋を見つめる中、ゼノスは扉を魔法で閉ざし、結界を解除した。帰還の準備を急ぐべきなのに、彼の金色の瞳は、理性ではなく、滾る愛欲に染まっていた。
「ゼノス、早く戻らないと……」
「戻る? 冗談ではない、クロエ嬢」
ゼノスは低い声で唸るように言った。その声には、昨夜以上の切迫した狂気が滲んでいた。
「君は、あの騎士に会った。君の瞳が懐かしさで揺らめき、君の身体が安堵で緩んだのが、この私には手に取るように分かったぞ。その不快感を、この身体が忘れる前に、完全に塗り潰さなくてはならない」
ゼノスは、クロエが着ていたマントを乱暴に剥ぎ取ると、彼女の身体を小屋の壁へと押し付けた。
「あの男の純粋な献身など、私の愛欲と支配の前では、泡のように消える戯言だと証明しなくてはならない。すぐに、ここで」
彼は、抵抗するクロエの耳元に熱い吐息を吹きかけた。
「あなた、正気なのっ?」
「君の貞節は守ってやると言っただろう。だが、それ以外の全ての快楽と羞恥は、私に支配される。君の心と身体に、私への依存という『狂気』を刻んでやる」
ゼノスは、外の雨音と森の静寂を背景に、クロエの肌を執拗に愛撫し始めた。衣服を滑り込ませた指は、昼間の愛撫よりも遥かに強引で、嫉妬と怒りに満ちた、許されない侵犯だった。
「ん……っふ……!」
(駄目……ユーリが、すぐそこにいるかもしれないのに……!)
クロエは羞恥心と抵抗で涙を流したが、力で勝るゼノスの支配を振りほどくことはできない。彼の唇と指先が、昨夜刻まれたキスマークの証をさらに深堀りするように、彼女の身体を蹂躙した。
「これを、あの純粋な騎士への『お仕置き』だと心得るがいい。君の身体が、私に快楽を求め、私に服従していることを、決して忘れるな」
ゼノスは、クロエの身体が羞恥心と快楽で震え、理性的な思考を失ったのを確認すると、ようやく、その支配を緩めた。彼の顔には、満たされない支配者の満足が張り付いていた。
「さあ、帰るぞ。君の『狂気の支配』の演技を、完璧にする必要がある」
彼はそう言い放ったものの、その後の行動は、先ほどの激情とは矛盾するものだった。
ゼノスは、力任せの愛撫で力が入らなくなっているクロエの身体を、まるで壊れ物でも扱うかのように、そっと優しく抱き上げた。
(彼は……何を?)
クロエは、彼の胸に抱かれながら、混乱した。先ほどまで、ユーリへの嫉妬と独占欲から、彼女の身体を道具のように扱った男の腕が、今、これほどまでに慈愛に満ちた優しさを帯びている。
ゼノスの瞳は、未だ愛欲の熱を帯びていたが、そこには確かに、深い疲労と、クロエを傷つけたことへのわずかな後ろめたさ、そして「怒りながらも自分を受け入れてくれた」彼女への、強い依存心が滲んでいた。
「私の……愛の衝動で、君の身体を傷つけたかもしれない」
ゼノスは、クロエの耳元に、今度は支配とは遠い、か細い声で囁いた。
「だが、安心してくれ、クロエ嬢。君が私に与える愛欲こそが、この世界のループから私たちを解放する、唯一の真実なのだから」
その矛盾した言葉と、包み込むような温もりに、クロエの心は激しく揺さぶられた。激しい支配への怒りと、その後の突然の優しさに対する理解できない動揺。その二つの感情が混ざり合い、クロエのゼノスに対する感情は、単なる憎悪や恐怖だけでは済まされないものへと変化し始めた。
ゼノスは、クロエを抱き上げたまま、魔法陣へと進んだ。二人の身体は再び光に包まれ、魔塔へと帰還していく。
次回予告:
12/24 21:00更新
『第十話:歪んだ共同生活と狂気の調律』




