第七話:魔塔からの脱出と再会
1. 魔塔からの脱出
ゼノスは、クロエの不機嫌と怒りが、彼の嫉妬心を刺激するものの、「信用されていない」ことへの反論を理性で封じ込めていることに気づいていた。彼女の怒りが、昨夜の屈辱を乗り越えるエネルギーとなっていることも理解している。
ゼノスは、ユーリの居場所から、二人きりで移動できる最も安全な方法を選んだ。
クロエは、ゼノスが差し出したフード付きのマントを乱暴に引っ掴み、顔を隠した。昨夜の屈辱で、身体に残る痕跡は隠せても、信用されていないという怒りは隠しようがない。
「いいかね、クロエ嬢。君の『怒り』は、世界の法則を破るための良い推進力だ。だが、その怒りの矛先を、この世界で唯一君を理解し、君を守れる私に向けるのは、少々非効率的ではないかね?」
ゼノスが軽薄な調子で言うと、クロエは鋭く睨み返した。
「貴方の『愛欲の支配』は、私の命を救うという理性的な協力関係を築いている者の行動ではありません。貴方が私を、あなたの愛の檻に閉じ込めることしか考えていないのは理解できます。その上で、貴方を信用しろと?」
「フン」
ゼノスは鼻で笑い、クロエの耳元に身を寄せた。
「安心したまえ。君の貞節という『最後の砦』は、あの騎士に会わせるまでは守ってやろう。だが、その貞節が崩れた瞬間、君の心は私の愛で完全に塗り潰されるだろう。それを恐れるのは、君の愚かな純粋さゆえだ」
そう囁くと、ゼノスはクロエの手を強引に掴み、瞬間移動の魔法陣へと引き入れた。眩い光と特有の浮遊感が、二人の身体を包み込んだ。
2. 再会と嫉妬
瞬間移動が収束したのは、王都から遠く離れた、古い領地の森の奥にある、粗末な木造の小屋の中だった。
「彼はこの近くにいる。君の安全のために、私が魔力を遮断している」
ゼノスは、小屋の隅で結界を張りながら、不機嫌そうに言った。
「会っていい。だが、愛の痕跡は隠すな。そして、私から五歩以上離れるな」
クロエは、彼の支配的な命令に唾棄したくなったが、今は情報収集とユーリの安否確認が優先だった。深く息を吸い込み、小屋の扉を開けた。
外には、冷たい雨に濡れる森の中、一人の騎士が立っていた。粗末な旅装だが、その背筋は真っ直ぐに伸び、濡れた銀色の髪は、騎士団長時代と変わらぬ真面目さを保っていた。
「ユーリ……!」
懐かしさと安堵が、昨夜から張り詰めていたクロエの理性の糸を一気に緩めた。彼女は反射的に、彼の名を呼び、駆け寄ろうとした。
「クロエ嬢! 無事だったんですね……!」
ユーリもまた、憔悴しきったクロエの姿を見て、安堵と喜び、そして激しい怒りに顔を歪ませた。彼は即座にクロエに駆け寄り、その汚れた手を取ろうとした。
その瞬間、クロエの身体はユーリに届くことなく、強力な力に引き戻された。
「五歩以上離れるなと言っただろう、クロエ嬢」
背後から、沸騰したような怒りを押し殺したゼノスの声が響いた。彼はクロエの腰を抱きしめ、自分の身体に密着させると、ユーリを冷たい敵意を込めた金色の瞳で見据えた。
ユーリは、クロエの背後の男の圧倒的な魔力と敵意、そしてクロエの首筋に残された、隠しきれない赤い痕跡を見て、驚愕と混乱に目を見開いた。
「き、貴様は……何者だ!」
「私は、クロエ嬢の『愛の契約者』だ。君が純粋な献身などと戯言を言っている間に、彼女の心と身体を支配した者、と言えば理解できるかね、騎士殿?」
ゼノスはそう言い放ち、クロエの身体を自分の愛の盾として使いながら、ユーリと対峙した。




