第六話:嫉妬に塗れた探索魔法
夜明け。クロエは身体に残る激しい痕跡と、未だ身体に染みついたゼノスの愛の記憶に打ちのめされながら、執務室へと足を運んだ。ゼノスはすでに執務机に向かい、まるで昨夜のことが嘘のように、冷静な研究者の顔に戻っていた。しかし、その顔色は、彼自身もまた一睡もしていないことを示唆していた。
「おはよう、クロエ嬢」
ゼノスは書類から目を上げずに言った。その声は平坦だったが、クロエの身体の状況をすべて把握しているという支配的な含みがあった。
「昨夜の確認作業で、君の意識はだいぶ矯正されたはずだ。だが、残念ながら、私の不安は完全に払拭されたわけではない」
ゼノスは書類を乱暴に払い除け、苛立ちを隠さずに立ち上がった。
「システムは待ってくれない。君の言う通り、あの騎士から情報を引き出す必要がある。だが、君をあの男に会わせるという行為が、私の理性をどれだけ削っているか……理解したまえ」
彼はそう言うと、怒りを鎮めるように一つ深呼吸をした後、広大な執務室の中央に進んだ。
「ユーリ・レオンハルト。彼は物語の筋書きから外れた今、どこにいる。それを、私の魔法で特定する」
ゼノスは、床に描かれた複雑な魔法陣の上に立った。その魔法は、世界の法則に干渉し、「物語の登場人物」の位置を特定する高度な探査魔法だった。
詠唱が始まると、彼の金色の瞳は熱を帯び、魔力と共に嫉妬の感情が空間に放出されるのが、クロエにも感じられた。
(君が、誰の監視下にもない場所で、純粋な献身などと戯れていることは許さない。私の視界に、君を繋ぎ止めろ)
ゼノスの内なる声が聞こえるかのように、魔法陣が激しく輝く。やがて、魔法陣の中央に、彼の居場所を示す、冷たい光の座標が浮かび上がった。
ゼノスは魔法を収束させると、クロエの方を向いた。彼の顔は憔悴していたが、決定的な情報を掴んだという満足感と、嫉妬心で歪んでいた。
「特定できた。彼は、君の婚約破棄騒動の後、王都から追放された貴族を匿う辺境の古い領地にいる。カサンドラの監視下にはないが、王都からの接触も容易ではない、絶妙に厄介な場所だ」
ゼノスは、クロエの前にゆっくりと歩み寄ると、彼女の首筋に残された、昨夜のマーキングの一つに、熱い唇を押し付けた。
「いいかね、クロエ嬢。君を、あの騎士に会わせる代わりに、一つだけ、守るべき条件がある」
彼の瞳は、もはや警告ではなく、命令だった。
「あの男と会っている間、君は決して、私の『愛の痕跡』を消してはならない。 そして、彼と再会を果たした夜、君は昨夜以上に、私への愛と快楽を身体で証明しなくてはならない。 拒否権はない。これは、君の自由と私の孤独を賭けた、新たな契約だ」




