第二十話:最後の献身と次元の脱出
1. 騎士の帰還
魔塔の研究室で、ゼノスとクロエが最終術式のチェックを終えた、深夜のことだった。
「来たぞ、クロエ」
ゼノスはそう言いながら、魔塔の結界をわずかに開いた。彼の声には、最後の勝負への興奮と、ユーリが戻ったことへの隠しきれない不快感が混ざっていた。
重い扉が開くと、そこには埃と疲労にまみれたユーリの姿があった。彼は、王城の秘宝庫から持ち出したばかりの、虹色の光を放つ手のひらサイズの結晶――『エーテル収束結晶』を、血の滲む手でしっかりと握りしめていた。
「クロエ様……ご無事ですか」
ユーリは、結晶を差し出すよりも早く、クロエの安否を尋ねた。彼の純粋な献身が、疲労を超えて優先された。
「ユーリ、ありがとう。本当に感謝しているわ」
クロエが彼の名を呼んだ瞬間、ゼノスがすぐさまクロエの腰に腕を回し、彼女を自分の方へと引き寄せた。
「無駄口を叩くな、騎士殿。君の『純粋な奉仕』は確認した。素材を渡せ。我々の時間は有限だ」
2. 別れの主導権
ゼノスの露骨な妨害に、クロエは静かに、しかし毅然とした態度で抗議した。
「ゼノス、待って」
クロエは、彼の腕を振りほどくと、ユーリへと一歩踏み出した。ゼノスの顔は一瞬で険しくなったが、「彼女の自由を尊重する」という誓いを破ることはできなかった。
クロエは、ユーリの血だらけの手から結晶をそっと受け取った。そして、ユーリの目を真っ直ぐに見つめた。
「ユーリ。貴方の純粋な献身は、私を二度救ってくれました。貴方は、この世界で唯一、私の『運命』ではなく、『私自身』を見てくれた人です。だからこそ、貴方の愛に応えられないことを、心から謝罪します」
ユーリの顔が苦痛に歪んだ。しかし、彼はすぐに騎士の誇りをもって、微笑んだ。
「貴女の謝罪は不要です、クロエ様。貴女が真の自由と真の愛を見つけたなら、それで私の役目は果たされました。その男が……貴女を二度と傷つけないことを誓ってくれるのなら」
その言葉に、ゼノスが鼻を鳴らした。
「約束しよう、騎士殿。私はもう、彼女の自我を傷つけない。だが、彼女の愛欲のすべては、永遠に私だけのものだ」
ゼノスの言葉は挑発的だったが、ユーリはもはやそれに動じなかった。彼は、ゼノスの愛が、もはや狂気であれ、クロエを失うことのない真実の愛へと変わったことを理解した。
ユーリは、クロエに向かって深く一礼した。
「クロエ様。貴女の未来に、幸あれ。そして……貴女を信じ、貴女のために命を賭けられる相手と出会えたことを、心から祝福します」
これが、騎士の、究極にして最後の献身だった。
3. 次元への脱出
別れを終え、クロエはゼノスの傍に戻った。彼女の瞳は、未来への決意で輝いていた。
「準備はいいわ、ゼノス」
ゼノスは、ユーリから受け取ったエーテル収束結晶を、完成させた術式の中心に設置した。結晶が、二人の融合した魔力を瞬時に吸い上げ、激しい光を放ち始める。
「さあ、行こう、クロエ。二人で、この世界の法則を終わらせるぞ」
ゼノスはクロエを抱き寄せ、唇を合わせた。これは、愛の行為であると同時に、最終術式起動のための、魂と魔力の完全な統合だった。
術式が起動し、空間が裂けるような轟音が響き渡る。ユーリは、強烈な光と振動に耐えながら、二人の姿を見つめた。
「さらばだ、騎士殿。君の純粋な世界を守るのは、君の役目だ」
ゼノスは、最後の言葉をユーリに残すと、クロエと共に、光の奔流の中へと身体を投じた。
光が消えた後、研究室にはユーリだけが立ち尽くしていた。彼は、二人が去ったことを悟り、静かに目を閉じた。
(クロエ様……どうか、永遠にお幸せに)
そして、ユーリが守り、ループの呪縛から解放された世界の中で、彼の新しい、平和な物語が始まるのだった。
次回予告:
1/4 21:00更新
『 第二十一話:そして、二人は去っていく 』
明日、最終話公開です!




