え、婚約破棄ですか?全く、王太子様の身勝手さには疲れますわね
王城の大広間。
煌びやかなシャンデリアの光が降り注ぎ、列席する貴族たちの衣擦れの音がざわめきに溶ける中、王太子エドワルド殿下が高らかに声を張り上げた。
「侯爵令嬢アナスタシア! お前との婚約はここに破棄する! 理由は明白だ! お前の冷酷さ、横暴さ、そして――我が真実の恋人リリアーナを虐げた罪! もうこれ以上、共に歩むことはできぬ!」
隣には金髪を揺らすリリアーナ嬢。
彼女は勝ち誇った笑みを浮かべ、目を細めて周囲を見渡していた。
大広間がどよめく。
だが――当のアナスタシアは、まるで舞台劇でも見ているかのように、扇子を片手に余裕の笑みを浮かべていた。
「……殿下。わたくし、正直に申し上げますと、また“茶番劇”をご披露なさるのかと少々退屈しておりましたの。」
「な、何っ!」
「どうぞ続けてくださいませ。わたくし、演劇鑑賞は嫌いではありませんの。ただし筋書きが稚拙すぎて眠くなってしまうのが難点ですが。」
会場の空気がピリリと張り詰める。
だがアナスタシアの微笑みは一切揺らがなかった。
アナスタシアは冷静に反論を開始する。
「まず、“冷酷”と仰いましたね。殿下、覚えていらっしゃいますか? 孤児院への寄付を提案したのは誰でしたか?」
「そ、それは……」
「わたくしですわ。殿下は『孤児は増えすぎて困る、野に放てば良い』と仰っておりましたよね? 周囲の方々がドン引きしたこの発言、忘れてしまったのですか?」
「ぐっ……!」
大広間にどよめきが広がる。
王族が孤児を切り捨てる発言をしたなど、到底あってはならないことだ。
「結局、わたくしが侯爵家の私財を寄付いたしました。その件がなければ、今ごろ孤児院の子らは飢えに苦しんでいたでしょう。」
「う、うぅ……!」
王太子の顔から血の気が引いていく。
続けてアナスタシアは話す。
「次に“横暴”と。殿下、覚えていらっしゃいますか? 晩餐会で酔いつぶれ、テーブルに寝転びながら『王太子だから許される!』と叫んでおられたことを。」
「そ、それは酒の席の冗談だ!」
「まあ! では殿下の仰ることは冗談と本音の区別がつかないのですね。では先ほどの『婚約破棄』も冗談で?」
「な、なんだと……!」
会場に笑いが広がる。
王太子の顔が赤く染まり、声が裏返った。
「それからもう一つ。国庫の浪費を正当化なさった件もございましたね。『恋人のために宝石を買うのは王太子の権利だ!』と。」
「そ、それは……愛ゆえに!」
「愛。便利な言葉ですこと。ですが、その“愛”とやらに国民の税を使うのは果たして正しいのでしょうか? ――殿下、答えをどうぞ。」
「ぐぅっ!」
殿下の喉が鳴る。答えられるはずもない。
アナスタシアは涼しい顔で微笑み、扇子をひらりと振った。
「あら、急に言葉を話せなくなってしまいましたの?。」
爆笑と拍手が広がる。
するとリリアーナが勢いよく前に出た。
「わ、わたくしは被害者ですの! アナスタシア様がいつも私を妬んで、悪い噂を流したり……!」
「妬み? リリアーナ嬢。わたくしがあなたを妬む理由がどこにございますの? 家格? 侯爵家のわたくしが子爵家のあなたを?」
「うっ……!」
「では容姿でしょうか? それとも才覚? あなたが学園の試験で提出した答案、“算術の答えが全部一”だったのを覚えておりますわよ?」
「そ、それは……!」
「しかも『一途な愛を示したの!』とおっしゃって、教授を困らせていたとか。」
会場からクスクスと笑い声。リリアーナは真っ赤になり俯いた。
「それから。あなたが“私こそ真実の愛を得た乙女”と社交界で宣言して回った件。覚えておりますか?」
「……っ」
「その結果、学園の令嬢方が何人あなたと絶交したか覚えてますの?。わたくしは妬むどころか、むしろ“勇気ある孤立”と称賛すべきか悩んだくらいですわ。」
「ぐぅ……!」
リリアーナの肩が震え、涙がこぼれ落ちる。
だがアナスタシアは首を傾げ、涼しく言い放った。
「泣くのはご自由です。その涙を真実と呼んでくれる方が隣に立っているのですから――安心して泣き続けられますわね?」
王太子とリリアーナ、同時にぐうの音も出なくなる。
会場は爆笑と喝采に包まれた。
王太子が必死に叫ぶ。
「アナスタシア! お前は王太子に逆らう気か!」
「逆らう? いいえ、殿下。わたくしはただ“真実”を述べているだけですわ。殿下こそ、真実に逆らっておられる。」
「ぐぬぬ……っ!」
リリアーナも顔を真っ赤にして抗議する。
「アナスタシア様、私の涙は……」
「はい? リリアーナ嬢。先ほども申し上げましたが“涙が真実”という理論は、物理的にも社会的にも根拠がございませんわね。感情論はその程度にしていただけますか?」
「なっ……」
アナスタシアは扇子をひらりと振り、軽く手を広げた。
「さあ、次は“愛こそ全て”というお言葉。殿下、リリアーナ嬢、お二人はその“愛”を証明するために国民の税金や貴族の信頼を散々浪費されましたわね。これを正当化できますか?」
「で…できないです………」
「その通りですわ。愛は美しいもの。でも、それを口実に責任を放棄するのは幼稚ですわ。つまり、お二人は“愛の名を借りたお遊び”をしていただけなのです。」
王太子の顔が青ざめ、リリアーナは手で顔を覆う。
会場は笑いと拍手の渦。
王太子の側近が必死にフォローを試みる。
「そ、それは誤解だ! 殿下は立派な王子なのだ!」
アナスタシアは微笑んで答える。
「誤解ではございませんわ。立派さを証明するのは言葉ではなく行動です。ところで、宴席で酔った殿下が“王太子だから許される”と叫んだ件は、立派な行動でしょうか?」
「うぐぬぬ……!」
周囲の貴族たちは取り巻きの言葉も信じず、さらに大爆笑。
側近たちも赤面し、もはや王太子を守れる者はいない。
アナスタシアはゆっくりと王太子の前に歩み寄り、扇子をたたみながら堂々と言った。
「殿下。わたくしは婚約破棄を受け入れます。ですが、この場で明確にしておきますわ。殿下が見せた愚かさと軽率さ、そしてリリアーナ嬢の虚勢――その全ては国中に知れ渡りました。」
「ぐ、ぐぅぅ……!」
リリアーナも震えながらうなだれた。
アナスタシアは微笑みを絶やさず、場を見渡した。
「それに、この大広間にいる皆さま。今日の出来事を忘れないでくださいませ。王太子とリリアーナ嬢が、どれほど滑稽で、どれほど現実を見誤っていたか――それを。」
会場は爆笑と拍手喝采に包まれた。
王太子とリリアーナが呆然と立ち尽くしていると、奥から国王の怒号が響き渡った。
「何なのだ! この茶番は! エドワルド、リリアーナ!」
王太子がうろたえる。
「父上! いや、その……あの、婚約破棄を……」
国王は指を突きつけ、声を荒げる。
「婚約破棄? いいや! それ以前に、民も貴族も前で恥をさらすとは何事だ! 国の威信をこれほどまでに傷つける者たちに、王の資格などあるはずがない!」
リリアーナも震えながら、「そ、それは……!」と弁解するが、国王の怒りは収まらない。
「よし決めた! お前たちは王城から追放だ! さらに、公共事業の強制労働で己の愚かさを思い知るがよい!」
王太子とリリアーナは青ざめ、声も出せない。
会場の貴族たちは、思わず拍手を送った。
「さあ、出発だ!」
国王の命で、二人は城の門から出され、鉄工場や鉱山での強制労働を命じられることとなった。
アナスタシアが声を上げる。
「――これで、茶番劇も本当にお開きですわ。王太子とリリアーナ嬢は、強制労働で己の愚かさを思い知るでしょう。」
貴族たちは大爆笑の渦に包まれ拍手が盛大に湧き上がった。
王太子とリリアーナは見る影もなく落ちぶれ、鉱山で鉄を打つ姿が容易に想像できた。
アナスタシアは微笑み、静かに胸を張った。
「民と貴族の前で真実を示し、国を守る。これこそ、わたくしが望む“王家の在り方”ですわ。」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回はざまあに振り切った痛快な物語を作ってみました。
少しでも「面白いかった」や「スカッとした」と思っていただけたら嬉しいです。
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