ご褒美デート 3
剣帯を購入したミラたちは、エルンストが予約したというレストランでの食事を終えた。
「またのお越しをお待ちしております」
ミラたちを店先まで見送るレストランの支配人は恭しく腰を折り曲げた。
先程舌鼓を打ったレストランは時計台広場の向こう、貴族街でも一等目を引くレストランだった。
普段のミラならば絶対に入店しない。
けれど、武器屋で剣帯の代金を払わせてもらえず、エルンストの『ご褒美』に奢ればよいと意気込んだ。
かなり予算オーバーだが、今日はエルンストへ奢る予定でクローゼット貯金を崩したから支払えるはず。
席につき、値段の記載ないメニューを広げた途端、一気に血の気が引く。
それでも、運ばれてきた料理は、魚介類をふんだんにつかい、大変美味だった。
しかし、いつの間にかエルンストが会計を終わらせており、申し訳ない気持ちと悔しさで、つい漏らす。
「ありがとう。……でもここも払わせてもらえなかった」
「……そんなこと気にするなよ」
「でもさ、今日はエル兄にご褒美を贈るつもりだったのに」
「もう充分『ご褒美』貰ってるからいらないぞ」
人混みの合間を縫って歩くエルンストはその言葉通りに、今日1日ご機嫌だ。
(珍しく今日は眉間にシワない……)
釈然としないミラは、エルンストの手をぐいっと引きあるところへ向かった。
着いた先は赤と白のストライプ柄の庇が可愛いジュース屋台。
旬の新鮮なフルーツをその場でジューサーにかけるフレッシュジュースがウリだ。。
来店する度におすすめのフルーツが変わるので、馴染みの店主に尋ねる。
「こんにちは。今日のおすすめありますか?」
「おっ! ミラちゃん! 今日はマスカットと梨がおすすめだ!」
「では、マスカットと梨を一つずつください」
「はいよ! 2つで銅貨4枚ね」
店主が梨の皮をナイフで剥きながら、エルンストへ顔を向ける。
「ミラちゃんの彼氏さん? ここ初めてだろ?」
「え?! かかか……」
「いやー手なんか繋いでなー。仲いいよなー」
壊れたラジカセみたいになったエルンストに店主はあはは、とさらに笑う。
(パパ活に見えないのはいいけど、この誤解はいただけない)
ミラはカウンターのトレイに銅貨4枚を置き、念のため訂正する。
「あ、はとこなんですよ。私達」
「そういうことにしておくよー」
そう言うと、梨をジューサーにかけながら店主は生温かい目をエルンストに送った。
居心地悪そうにわざわざ自ら繋ぎなおした手を後ろに隠すエルンストに首を傾げていると、ジュースが出来上がった。
「頑張れよ兄ちゃん! ミラちゃんは強敵だぞ!」
ジュースを受け取ったミラたちは店主の謎の声援をうけその場を離れた。
「……よく行くのか?」
「うん。お休みの日にね。行くたびに違うフルーツがあって美味しいよ」
「その、誰か……例えばノアは連れてったことあるのか?」
「えー? ノア様は連れていけないよ」
公爵家の方ならもっと高級フルーツを食べている。それに料理長に恨まれる。
料理長の心身の平穏のためにも連れていけない。
そもそもノアと出かけたことはない。
ちくり、と胸が痛む。
ミラはその痛みを気づきたくなくて、話を続けた。
「あ、その!誰かに教えたのはエル兄が初めてかも!」
「……そうか。俺が初めて……か」
「うん。広場に着いたよ」
エルンストが口元をほころばせたところで、時計台広場に到着した。
時計台広場は休みの午後という時間もあったのか、散歩する年配夫婦や家族連れで賑わっていた。
色違いのレンガを積み上げた大きな時計台を囲む噴水が午後の陽を反射し、小さな虹をかけている。
「いいお天気だね……」
「ああ。そこ、座るぞ」
エルンストに手を取られ、広場の端、ちょうど空いていた日陰のベンチに腰をおろす。
二人でいそいそとジュースを飲む。ミラはマスカットを選んだ。
カップに水滴が垂れるくらい、ずっと我慢していたのだ。
「うん! 美味しい!」
瑞々しい甘みと酸味はマスカット果汁が口の中で弾けたようだ。
濃厚なのに、後味スッキリ。
秋の味覚を堪能してしまったな。
大変満足したミラは、エルンストはどうかな、とちらりと見やる。
「すごい梨だ……そのまま食ってるみたいだ」
真剣な顔で言うエルンストに、ミラは思わず小さく噴き出してしまう。
辺境では新鮮なフルーツは貴重なので、もったいなくてジュースにすることはない。
(最初、気軽に庶民でもフルーツジュース飲めて、驚いたもん)
「エル兄。こっちも飲む? マスカットだよ」
マスカットジュースをずいっとエルンストに寄せる。
エルンストは目を瞬かせ、なぜか視線をうろつかせる。頬がわずかに赤い。
「いいのか?」
それから、ストローを凝視しながら、尋ねた。
マスカットが嫌いではなかったはず。ミラの分が少なくなることを気にしているのか。
「うん。どうぞ」
「わかった」
エルンストは意を決したようすで、ストローを咥える。
だが、ごくりとジュースを飲むとふっと表情が綻ばせた。
「……うまいな」
「でしょ! 私が王都で1番おすすめなお店なんだよー」
身を乗り出し、力説したところで、エルンストとバチッと目が合う。
そのまま目を細めたエルンストに見つめられ、ほんの少しだけ恥ずかしい。
調子に乗りすぎたかも。王都マウントととられたか。
「あ、その……私が知る中では……美味しいよ」
すいーと目を逸らし、ミラは体を元の位置に戻し、深くベンチに座り直す。
「わかってる。初めて飲んで美味しかった」
エルンストの笑みを含む声にほっとし、ミラもつられて頬を緩めた。
「ふふ、私も王都で初めて飲んだときびっくりしたもん」
「そうか……」
手に持ったカップに視線を落とし、ふとエルンストはポツンと呟いた。
「王都は……辺境とは全然違うな」
確かにその通りなのだが、言葉以上の彼の複雑な心の内を感じとってしまう。
いじいじとカップを持つ彼の表情が悲しく翳ったようで痛々しい。胸がズキンと痛む。
(やっぱり……フール伯爵夫人の事件のことを思い出してだよね……)
ミラとエルンストの間、切っても切れないあの事件。
思えば、二人であの事件について真正面から話すことなんてなかった。
ノアから聞き出された時、初めてミラはエルンストが罪悪感に苛まれていると知ったくらい。
エルンストが罪悪感を抱く必要なんてない。ミラはそう思っているし、事実そうだ。
だから、あのお茶会の最後に謝罪した。けれど、さらに彼を傷つけてしまった。
どうしたらわかってもらえるのだろう。
それに、辺境から『逃げてきた』。けれど、後悔はしていない。
⸺王都の暮らしが大好きだ
ノアはじめラスフィ公爵家も、休日に通う王立図書館、読書友達ロイドもいるから。
だからこそ、エルンストからは『逃げたくない』
自分なりに必死にこれまで王都で過ごした日々をまるごと否定するみたいで、どうしてもそれだけはしたくない。
(あのノア様に感謝されて、世界の果てまで追いかけられるくらい、王都で私頑張ったよ!)
ふと手元のマスカットジュースのカップが目に入る。
王都は美味しいフルーツジュースをいつでも飲め、息を呑むような美しい場所だってある。
それに、珍しい銀髪なんか気にしない、ほんの少しの違いなんて笑顔で受け入れてしまう度量のある街。
⸺エル兄にもこの街を好きになってもらいたい
ミラは無意識にスカートのポケットの上に手を載せる。
そこには、ノア特製刺繍ハンカチをお守りとして忍ばせてきた。ショルダーバッグには懐中時計も入っている。
(ノア様が信じてくれた今までの自分を信じる! )
ポケットの生地ごとハンカチをぎゅっと握る。
いつの間にか俯けた顔をぐっと上げ、唇に力を込めた。
「っあのさ。エル兄……話があるんだけど」




