誤解と新たなる事実
扉が大きく開く音がしたと思ったら、ノアがドアノブを握ったまま立ち尽くしていた。
ノアの背後にはリオンが溢れんばかりに大きく目を丸くしている。
「ノア?!」
すぐさま振り向いたエルンストは、放心状態のノアとミラの間に視線を1往復させる。
「ごかいだっ!」
両手を上げながら、エルンストはミラの体の上から退く。
同時に響いた鈍い打撃音にミラはびくうと肩を竦ませる。
「っノア! ちがっ!」
エルンストがふらつきながら、顔前で両腕を交差させ防御の姿勢をとっている。
「ちがわない」
とんでもなく低い声が響き、ぴりりと空気がひどく張り詰める。
氷の貴公子が真っ黒いオーラを背負いながら、長い足を振りおろしていたところだった。
ノアは長い足を床に戻すと、こちらに向かう。
「ノアくん! エルくんにそんな勇気ない! ぜーったいっ!」
つかつかと足音を立てるノアの腰にリオンがしがみつき追いすがっている。
完全に引きずられている。
「っなんでこんな時にいないのー!ロイドくんのばかぁ!」
やけになって叫ぶリオンを巻きつけたまま、ノアはエルンストの胸ぐらを掴む。
「そ、そうだっ! ミラに聞けばいいだろ?!」
エルンストがノアの手を掴み抵抗しながら言った。ちらりとノアがミラへ視線をやる。
視線が交わった途端、ノアはぎゅっと苦しそうに眉間にシワを寄せた。
(心配……してくださったのかな?)
やっとミラはなにを誤解していたのか理解した。
「えっと……なにもありません!」
リオンの手を借りながら起き上がり、ミラは声を張り上げる。
「ミラ?」
ご主人様の殺気立った気配は収まりつつある。
しかしノアは未だにエルンストの首を締め上げており、瞬き一つしない。
ミラはズレてしまった眼鏡のツルを両手で耳にかけ直し、慌てて口を開いた。
「エル兄に無理矢理髪を解かれて、びっくりして……転んだのを助けてもらいました」
事実しか述べていない。ところどころ省いたが。
(うう。あのセクハラを言える雰囲気じゃないよ……)
エルンストからはじとりと非難の眼差しを向けられたが、無視だ。
殴ったり踏みつけたのは悪かったが、お互いさまだろう。
突然極寒となった控室の空気。
ミラが引きつった笑みを浮かべたのを見て、ノアはしばし黙って彼女を見つめた。
そして──ふっと、肩の力を抜いて笑う。
「……そっか、そういうことか。あはは、びっくりした」
やっと物騒な手を解いたノアに、リオンとエルンスト、ミラはほっと胸を撫で下ろした。
それからすぐにノアがエルンストに謝罪し、訪ねた理由を教えてくれた。
リオンが帰宅途中に思い出したことがあり、ミラに伝えるため、ノアとともに迎えに来たと。
「ロイドは用事があるって先に帰ったよ」
「リオンくんが思いだしたこと?」
「……うん。ゲームのことなんだけど……」
リオンは小声でそう言うと、ミラの手を握った。
怯えているような態度に嫌な予感がするも、リオンの肩にそっと手を置く。
(今すぐ聞いてあげた方が良いよね)
ノアに顔の傷を問い詰められているエルンストに声を掛ける。
「エル兄……お迎え来たから帰るね」
「……ああ」
「今日はゆっくり休んでね。あと、明日よろしく」
「ん。迎えに行く……ちゃんと待ってろよ」
エルンストは、そういうとミラの頭をくしゃりと撫でる。
ぶっきらぼうな口調とは違い、撫でる手つきは優しい。
その不器用な優しさに、ミラの胸は、少しだけ温かくなった。
「わかった」
ふふ、とつい笑いを漏らしながら手を振る。
何故かノアが一瞬、物言いたげな顔をしたが、口をつぐむ。
リオンが急かすように腕にしがみつくため、そのまま彼を巻きつけ控室を出た。




