全員集合は紛れもない地獄でした
「ラスフィ公子」
マーカスの手から女生徒用学校指定の靴が床にポトリと落ちる。
「マーカス・マクロライド。学院の廊下で騒ぎ立てるのは感心しないな」
カツン、と革靴を鳴らし、ノアはミラの前に立つ。まるで壁になるかのように。
「――ましてや、私の大切な幼馴染を相手に、そのみっともない振る舞いはなんだ? これ以上、目に余るようならば、宰相閣下にご報告させてもらう」
氷の貴公子の名にふさわしい無表情でノアは告げた。
マーカスはノアを挑戦的にしばらく見上げる。
(ドMにはご褒美になりそうな状況なのに……なぜ?)
ミラはこの地獄の演者である二人から視線が剥がせない。
しばらくすると、マーカスは肩を竦め、靴を素早く拾い懐にしまう。「すみませんでした」とミラに頭を下げた。
それからノアと一瞬鋭い視線を絡ませると、ピンと背筋を伸ばし去って行った。
「……ノア様」
「ん? ミラは大丈夫?」
振り返ったノアはいつもの穏やかな笑みをミラへ向ける。
途端、ぎゃっとシエラの悲鳴、黄色い歓声が重なった。
「えっと、はい。ご迷惑おかけしてすみません……」
「いいよ。前髪切ったのもかわいいね。いつも可愛いけどさ」
ノアが前髪を指差し、微笑んだ。
甘さが増した微笑みにミラは、心臓が変な音を立てる。
「うえ? ……ありがとうゴザイマス」
「ふふっあのご令嬢は……お友達かな?」
隣をみると、シエラが生まれたての子鹿のようにアナに掴まってなんとか立っていた。
アナもノアを凝視している。
「はい。その……彼女は『氷の貴公子』さんのファンで……感激したみたいです」
「……俺の?」
「い、いつもはお淑やかなご令嬢でして、優しいお二人なんです!」
「うん」
苦笑いしたノアは、ミラの頭を撫でる。
「シエラ嬢とアナ嬢。大切な幼馴染のミラがいつも世話になっているね。これからもよろしく頼む」
そう言うと、ノアはミラの肩を抱き、引き寄せる。
「はい!」「この命に変えても!」
2人は感激したように、口元を押さえ、お辞儀を繰り返す。
「いいお友達だね」
「……ありがとうございます」
再び甲高い歓声が廊下に轟き、びくっとミラは身を竦ませる。
「いやー。氷の貴公子さんすごいねーエルくん?」
「そうだな。だが、ミラの幼馴染は俺もだけどな」
「すごい細かいとこ気にすんじゃん。それじゃモテないよ?」
「……モテなくていい」
いつの間にかロイドとエルンストも立っている。
笑うロイドがエルンストの肩をバシバシ叩いていた。
周りにいる生徒が彼等に釘付けになっている。シエラはもう表情からなにから重症だ。
「あ! ミラちゃんにサワリ語負けた! 結構できたと思ったのに……」
「俺のミラは優秀だからな。お前ごときには負けない」
「なんでノアが嬉しそうなのよ……ね? ミラちゃん?」
ミラは乾いた笑いしか返せない。
「あっ! 前髪切ったね。可愛い。エルくんもそう思ってるってさ」
「いや! ……俺は……似合うと思う」
「ヘタレのエルくんにしては頑張ったな」
(エル兄と本当に2人がお友達になってる……)
2人のやり取りをついまじまじと見つめていると、エルンストがこちらを見た。
「俺にも友人はいるぞ!」
自信満々に顎を上げたエルンストの様子にミラはぷっと吹き出す。
「エル兄良かったね。私も嬉しい」
エルンストがぷいと顔を背けてしまった。
首を傾げていると、強い視線を感じ、視界の隅にピンク色のふわふわした毛が見えた。
「え?!」
思わず振り返ったミラ。
だが、目の前の廊下には、ご令嬢方がノアやロイド達にうっとりと釘づけな姿しかない。
でも、確かにこの目で見た。
綿菓子のようなふわふわしたピンクを。
前髪を切り、広くなった視界でやっと見れた。
「ピンクのアルパカ!」
視線が自分に一気に突き刺さったが、使命感に駆られたミラはもう気にしない。
「ノア様! 私! アルパカ捕獲もっと頑張りますね!」
隣にいるノアの手をぎゅうと両手で握り、そう宣言した。




