敬愛するご主人様にそんなことされるなんて?!
夜、ルインを寝かしつけたミラはノアの部屋へ急ぐ。
いつもの廊下はこんなに果てしなく長かっただろうか。
途中で足が止まりそうになるも、懐中時計を握りしめながら月光に染まる薄暗い廊下をひたすら進む。
(久しぶりの夜の公爵邸だ……)
一歩進むごとに懐かしさが胸の中でゆっくりと膨らむ。
温もりに包まれ、逃げ出そうとするミラの背中を押してくれた。
ノアの部屋に到着する。じっと扉を見ながら、ミラは一旦思考を整理した。
(まずは黙っていたことを謝罪をし、話を聞いていただきたいとノア様に言う)
うん、と頷くと、懐中時計をポケットにしまい、両手で頬を軽くたたく。
ぐっと顔を上げ、緊張しながら扉を叩いた。
「ミラです。お呼びでしょうか」
「うん。入って」
ノアから変わらない返答があった。
それだけ。
だが、ミラはぐっと胸が熱くなる。
「失礼します」
ぎこちない足取りで部屋に入ると、後ろ手で扉を閉めたまま、ミラはその場に立ち尽くしていた。
ノアに辺境での事件を黙っていた申し訳無さにではない。
何度も今日、頭の中で組み立てた言葉が崩れ落ちるほど驚いたからだ。
ノアが頭を下げている。この自分に向かって。
言葉もなく瞬きしかできないミラにノアは謝罪をした。
「ごめん。ミラ。命令なんかで無理やり聞かれたくないないことを話させたりしてさ……俺がミラをまた傷つけた」
「…………」
主人のつむじをみつめたまま戸惑う。
「……俺。悔しくて……。俺の知らないミラがいることに……。そのミラを知っているエルくんが羨ましかったんだ……」
「……エルくん?」
なぜこんなどうでもいいことが、気になってしまうのか。自分でもわからない。
ノアが足の横に添えた手をさらに強く握った。
「……うん。俺達アルドワ令息と友人になったんだ」
「……ゆうじん」
ぼんやりと言葉を繰り返しながら、ノアから謝罪されたことをやっと理解した。
そういえば、ノア様は前に話してくれた。
事故の前の記憶は、まるで他人の映画を見ているようで、実感が湧かないのだと。
だから、エルンストが知っている『昔のミラ』にノアは嫉妬した、と言うことか。
(それって、どれだけ寂しいことなんだろう)
同じ異世界転生者である自分は誕生から全て記憶がある。このことに疎外感を感じたのか。
ノアが声を曇らせながら、続けようとした。
「あとは……」
「私こそすみませんでした!」
ミラはその苦しそうな声を遮るように、気がつくとノアに駆け寄っていた。
「私が黙っていたのがすべて悪いんです。ご主人様に嘘つくメイドなんて……専属失格です! それに、私、ノア様なら許してくれると甘えていたんです!」
白く氷のように冷たくなったノアの片手を両手で取る。
「ですので、どうか! 私の口からすべて話させてください。ノア様に聞いてほしいです!」
お願いします、とぎゅっと両手で握り締め、ミラも頭を下げた。
「……ミラは俺が怖くない? 嫌ってない?」
虚ろにかすれた声は怯えているよう。
ミラは顔を上げる。繋いだ手から想いが伝わるように、祈るポーズのようにその手を胸元に持ち上げた。
「いいえ! ノア様の本心が聞けて嬉しかったくらいです!」
微動だにしなかったノアの手がピクリとかすかに動く。
ノアが顔を上げた。ほんとに? と問いかける顔は真っ白だ。
そんな表情でも美しく眩しい主人を見つめ、ミラはしっかりと頷く。
やがてぐっと力がこもり、ノアの手がミラの両手を包み込むように重なった。
「⸺ミラ、ありがとう」




