人生で一度は名推理やってみたいよね
見た目は子供、頭脳は大人の名探偵爆誕!
ミラはロイドから預けていたカバンを受け取り、小さく礼を言った。
取っ手の付け根が破れていたが、中身が飛び出ていないことにホッとし両腕にカバンを抱きしめた。
腰を下ろすと、従者がタイミングを見計らったように茶菓子を下げに来た。
「で? そのストーカーはいつからなんだよミラ?」
腕を組みながら、エルンストがやましいことはない、と話の口火を切る。
「えっと、2週間前から教室の机の引き出しに手紙が入るようになりました……」
「……2週間ね」
「2週間もかよ……」
ノアとエルンストが呟いた。
ロイドがなにかを思い至ったように、「あっ!あの図書館の話!」と声を上げた。
それから、身を乗り出し、指で机を1回軽く叩いた。
「あのさ、ミラちゃん。その手紙の内容って昨日話してくれた白ミモザのしおりのアレであってる?」
「?! っ……はい」
ミラはその冴え渡る推理力に、素直に頷いた。
「じゃあさ……もしかして薔薇が来ちゃった?」
軽快な口調と正反対に、向けられるロイドの瞳は真剣で、心からの心配を宿す。
慎重に寄り添おうとするロイドの優しさを無下にすることなんてできない。
「……はい」
カバンをぎゅうと強く抱きしめ、ミラは小さく頷く。
大きく目を見張るロイド。ノアとエルンストは2人のやり取りをただ見つめていた。
ミラは、意を決してカバンを拳一つ分ほど開く。
狭い隙間からカバンを覗き、くしゃくしゃになった手紙だけを取り出した。
3人からの視線が手紙を持つ手に一気に突き刺さる。
特にエルンストの視線は鋭い。
「この手紙が……」
手紙のシワを机の上で引き伸ばすと、過激な文面がゆっくり浮かび上がってきた。
乾いた紙に刻まれた文字は、シワの凹凸に歪み滲んでいた。
乱れた文字、便箋に触れる指先から恐怖がにじり寄る。
息が詰まる沈黙が部屋を満たす。
「今日の朝、……届きました」
しん、と重苦しい空気をミラの震えた声が揺らす。
ノアが足をゆっくり組みかえる衣擦れの音が響いた。
「おい。ロイド説明しろ……」
ノアのアメジストの瞳がひたり、ロイドを射抜いていた。
ロイドはノアを数秒かけて見返すと、ひらりと片手を上げる。
「まずはお兄さんにわかる範囲で説明するでいい? ミラちゃん」
「……はい」
「ん。後で詳しく、でもゆっくりでいいから答えてね」
ロイドは言葉を区切りながら、「大丈夫」と言い聞かせるように静かに言う。
ミラは言葉が咄嗟に出てこない。
それでも感謝は伝えたくて、返事代わりに頭を下げた。
ロイドは「任せて」と柔らかい笑みを零した。
「じゃあ、オレが聞いた話をするね……」
ロイドは順を追って説明した。
「いつも見ています」と同じ言葉を美しい文字でひたすら送り続けて来たこと。
毎回の手紙にはプロポーズに使う花々がレターセットに描かれていたこと。
さらに、特に白いミモザや黒バラに込めた歪んだ独占欲や不吉な意味合いについてを。
「つまり、この手紙の送り主はかなり歪んだ愛情表現をしているってこと。特にこの黒薔薇はね」
ロイドは、便箋左下に描かれた四本の黒薔薇を指差す。
「4本の薔薇の花束の意味は『死ぬまで気持ちは変わりません』」
「かさり」と便箋が擦れる音が、異様に濁って耳にまとわりついた。
そのかすかな音ですら、ストーカーの歪んだ執着が滲み出ているようで、ミラは背筋がざわついた。
エルンストの表情は険しくなり、ノアの瞳が静かにミラに向いた。
「これがオレの知っていること全部だよ。ミラちゃんは他に気がついたことある?」
ロイドの問いかけに、ミラは便箋からなんとか視線を剥がす。
頭の中から自らの知識を引っ張り出し、それをなぞるように声に出した。
「あの、手紙のマナーがかなり正確でした」
「マナー? そんなのあるの?」
ロイドが首をひねる。それは貴族令息として正しい反応だ。
「はい。手紙って細かな気遣いが意外に必要なんです。だからこそ、一目見ただけなのに、差出人の品格が現れます。ですので、従者やメイドは徹底的に教育されるんです」
「……知らなかった」
「当然です。皆さんは貴族の令息なので、書き終わったら使用人に渡すことしか知らないと思います。
あとは我々の仕事なんですから」
「ん? じゃあこの手紙は貴族から送られたってコト?」
ロイドが便箋を指でちょん、とつつく。
「違うと思います。こんな内容の手紙をご自分だったら使用人に渡しますか?」
ミラは便箋を人差し指と親指の爪先でつまみ、ロイド、エルンストへ向けた。
「え? ゼッタイ無理!!」
「ですよね。だからこそ、この手紙は不可解……いや、ある意味わかりやすかったんです」
「わかりやすい?」
完全にミラは名探偵の気分だった。
いつもご丁寧に推理を披露する名探偵を『すごい語るしネタバラシするじゃん』と思っていた。
だが、気持ちがわかりすぎる。
(すっごくこの推理を誰かに聞いて欲しい! )
ストーカーへの恐怖や嫌悪を吹き飛ばす程の激しい承認欲求がミラを突き動かす。
3人の視線が強く自分に集まる中、ミラは口を開いた。
「封筒から手紙を取り出して開いたとき、最初の文章がすぐ読めるように、折り目を下にして表向きに入れられていました。それに、便箋の角もきちんと揃えています」
一瞬、ミラは便箋に視線を落とし、顔を上げる。
机の周りにいる全員をゆっくり眺め回した。
「今日みたいな乱暴な手紙にさえ、されていました。ここまで正確に身体に沁みついているとなると……」
ゴクリ、と3人の喉が同時に鳴り、緊迫感が最高潮に達する。
「ストーカーは“従者”です」
その言葉が落ちた瞬間、空気の密度が変わり、室内は水を打ったように静まり返る。
しん――とした静寂が、まるで重みを持ったように、誰もが動けずにいた。
「ミラの推理面白かった」
「続きが読みたい!」
「ストーカーが従者?!」
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