メイド服+上目遣い=男の夢?
時間が止まったような沈黙を破ったのはロイドの上ずった声だった。
「いやいや。ええっと、ノアの専属メイドなの……はホント? ミラちゃん?」
ロイドが首に手をやり、ミラをじっと見つめた。
なんだか顔色が悪い気がするが大丈夫だろうか。
いや、隣のエルンストの方が真っ白だ。でも睨めつけられている。
「はいっ」
曇った黄緑色の瞳の切実さ。エルンストのただならぬ様子に、ミラはすぐに頷いた。
「……そうだったんだぁ……」
はあーと俯き長く息を吐いたロイドは、ミラの肩を指差した。
「とりあえずその手離して。……座ってゆっくり話してよ。アルドワ令息もそれでいい?」
「ああ」
エルンストは今まで聞いたことの無い低い声で返事をした。
「……わかった」
ノアも了承する。ぎゅ、と一瞬だけ力を入れると、そっと肩から手を離した。
一瞬の温もりと圧に、ミラはびくっと身をすくませた。
(わざわざ俺のものって言わなくても良かったのでは?! 語弊がある! )
肩に残る熱に煽られたように、一気に体がカッと熱くなる。
途端、心臓まで早い鼓動を刻み始めた。
背中に立つノアの気配、衣擦れの音にさえ反応してしまう。
「……ありがと」
いつもの調子に戻ったロイドの甘ったるい声に、ミラははっと我に返る。
ミラに突き刺さる正面からの視線に、そそくさとノアの椅子の後ろに周る。
ノアを見れないまま、彼の指示でその隣に腰掛けた。
全員着席したタイミングで、従者はケーキが載ったティースタンド、ティーカップを優雅な手つきで並べていく。
(……紅茶を注ぐ音すら一定なのはセルゲイさんくらいかと思ってた! )
ミラは思わず息を呑み、その手際の良さに目が離せなくなった。
ちなみにノアへ給仕された際には、つい腰を浮かしそうになる自分を、手の甲をつねり制した。
よし。帰ったら、とりあえずメモしよう。……本当は大先輩にお話を聞きたいなぁ
あからさまに従者に注目するわけにいかず、視線で背中を見送った。
「んん゛。今度、その機会を作ってあげるからね」
「ミラちゃん。……落ち着きなよ。いや。あの、その、本当にメイドなんだねっ」
ロイドがあはは、と愉しげに笑う。
「ええっ? き、聞こえて?!」
「ぶふっ。メモは今とってもいいの? ご主人様?」
「いいよ」
「あ、えっと……ありがとうございます……でも、控えますっ。今は、お話をする場なんで!」
業務中に、主人の前でメモをとるのはいただけない。
ミラの目指す使用人の鏡、セルゲイは決してしないだろう。
ほんの少しだけ揺らいでしまったが。頑張る。
「なんかー、こんなミラちゃん見たら信じるしかないよねー」
「お前が信じるかどうかは関係ないな。ミラは俺のもの。それだけ」
「あはは。ただの専属メイドってだけだよねー」
出されたお茶にも手を付けず、エルンストは腕を組んだまま口を結んでいた。
もちろん、眉間には金貨を数枚挟めるほどのシワが刻まれている。
ミラはすぐに視線を逸らすことにした。
(な、なんかストーカー扱いされた時より怒っていない?! )
「ねえ。ミラちゃん。聞きたいことがあるんだけど……」
前置きを重々しく言うロイド。
彼の真剣な態度に、ついにストーカーの件を聞かれるのか、と身構える。
「……お屋敷ではあの服着てるの? 白いエプロンとかさ……黒いワンピースとかさ」
質問したロイドは今まで見たことがない真面目な顔だ。
なにかこれはとても重大なことに繋がるのかもしれない。
「はい。そうです……」
「しかも、ミラはリボンタイとフリルカチューシャしているよね。あれ、似合ってて可愛いよ」
「リボンタイとカチューシャまで……?」
ロイドが愕然とした表情を浮かべ、エルンストまで目を見開いた。
主人はカップを上品に傾けている。口元がやけに緩んでいる気がする。
紅茶がそれ程美味しいのだろうか。
それとも、この世界ではリボンタイやカチューシャに自分が知らない隠れた意味があるのか。
3人の反応が読めないミラは眉を下げた。
ロイドは両手を組んで深く息をつく。これが最も重要なことだと言いたげに、慎重に口を開いた。
「じゃあさ。『おかえりなさいませ、ご主人様』とか『おやすみなさいませ』は言う?」
「当然。白いフリルエプロンと黒いワンピースのミラが上目遣いで俺にする。ね、ミラ?」
「……は、い」
ミラが答えた途端、真正面の黄緑色の瞳は大きく見開いた。
エルンストは、力なく拳を、机の上に打ち付ける。
「メイド服で上目遣い……最高じゃん……男の夢」
口元を押さえたロイドの頬が僅かに赤い気もする。
顔を伏せ、口の中でモゴモゴいう言葉は聞き取りづらい。
エルンストも同じ様子だが、血管が浮き出るくらい両拳を握りしめる。
「っお前は! 本当に……それでいいのか?! お前がそんなことする必要はないだろう?!」
エルンストが顔を上げ、声を荒げた。とても苦しそうに、顔を歪めて。
「どういうことですか。アルドワ令息?」
まるで射抜くようにエルンストをノアが睨んでいる。
「ミラが私のメイドであることがいいのかなんて、あなたに関係ないですよね?」
「っ俺は……、ミラは俺の………婚約者です」
「ミラは否定しています」
ノアは大仰に肩をすくめた。
「…………」
エルンストは言い返そうとしたが、ぐっと言葉を飲み込むように唇を噛みしめた。
先程のエルンストの表情が引っかかり、幼い頃の記憶を手繰る。
エルンストがミラになにかを怒鳴る時は、心配が行き過ぎた時だ。
不器用で、うまく言葉にできないから、ついそんな態度を取ってしまうのだ。
(エル兄は、メイドの仕事が大変じゃないか心配して聞いたんだよね?)
ノアとエルンストの間にすれ違いがある。
「あの……ノア様? それと、エル兄? 聞いて?」
「…………」
「…………」
ノアとエルンストが無言で対峙したままだ。
美しい男性2人が視線を絡ませ合う光景。
もしやこれが悪役令息BLのテンプレ場面のひとつなのでは?
『強制力』が働き、ミラの存在を認識できないようになってしまったのでは、と。
決して自分に都合の良い、それこそ妄想にふけった訳ではない。
(そうとしか考えられないな! )
うん、とミラは納得し、顔を上げた。
「はーい。そこまで! ミラちゃん困っているでしょー?」
ぱん、と両手を叩いたロイドが、2人の頬を交互に人差し指でぶに、と突いていた。
「やめろっ! なんだお前っ!」
「ロイド覚えていろ……」
2人がそれを交互に手で振り払う。場の空気が一瞬で緩んだ。
「ろ、ロイドさん?? 何してるんですか?」
「ごめんね。ミラちゃん。とっても怖かったよねー」
「は? えっと、ソウデスネ」
主に今、あなたがしている所業が、とっても怖いです。
ロイドのなにやら凄みのある笑みに、ミラはこの言葉を呑み込んだ。
「すまん」
「ごめん。……ミラ」
歯を食いしばり、吐き捨てるようにエルンストが言う。
ノアも謝罪をした。
ロイドはふう、とやれやれと言いたげな眉を下げた笑みを浮かべた。




