攻略対象『M』と奇跡の邂逅
祖母の遺言は絶対なので!
「……迷った。あれ?」
オリエンテーションを終えたミラは、早速アルパカ男子捜索をしようと、学院の広大な敷地内で迷子になっていた。
草食のアルパカなら、緑の多い場所に出現するだろうと真っ直ぐ向かって歩いたからだ。
(アルパカさんもいないし、ここはどこなんだろう? )
ミラの目の前には、似たような外観の石造りの建物が立っていた。
制服のポケットから、学院の見取り図を取り出し、にらめっこをする。
「うーんと、あのキラキラした校舎が特別棟だから……」
王立学院は主に3つのエリアからなっている。
ミラが通う普通学舎、王族たちが通う特別棟、そして、入学式を行った講堂や食堂などがあるエリアだ。
各エリアは回廊で繋がっており、基本的に行き来自由。
だが、特別棟の入り口には、騎士が必ず立ち、普通学舎の生徒が気軽に足を踏み入れることはない。
ミラは立派な中庭を目指して歩いたはずだった。
「う……この辺りはどこかな?」
辺りを見回すミラの目の前に、緑豊かな立派な木々が出現してきた。
(こんなところに来ちゃったのか……とりあえず、戻らないと)
来た道もわからない。
唯一遠くに見える、白亜の城に金色の装飾が輝く特別棟を目指すことにした。
「あそこが特別棟の近くなら、第一図書館が見えてくるはずなんだけど……」
上を向き、白亜の尖塔を目指し、ひたすら歩いていた。
その時、ミラは何かを踏んだ。
「っあん!」
ぐにゅっとした柔らかいものを足裏に感じ、引き上げると、紫髪の男子生徒の背中を思い切り踏みつけていた。
「え? な、な、大丈夫ですか?!」
ミラは慌てて地べたに寝そべる生徒へ手を差し伸べた。
(なんでこんなところに寝てるの?! )
眼鏡をかけた男子生徒は顔を上げると、顔を無言でじっと見つめて来た。
熱っぽく、うっとりとしたような熱視線に、思わずそっと視線を逸してしまう。
心なしか頬が上気しており、興奮しているようだ。
「あの、その、踏んでしまってすみません」
「……いや。素晴らしかったですよ」
ミラは一瞬固まった。
「え?」
「転んだのは最悪だったが、まさかこんな奇跡が起きるのか……」
「はい?」
男子生徒が夢心地に答えたおかしなセリフに、ミラは質問を繰り返した。
すると、男子生徒は咳払いする。
「あ、ああ。その、もう1回その踏まれたいとかではない!」
靴を物ほしそうに見ており、説得力がない。
「……とりあえず、起き上がってください」
「容赦なく無視されるのも……イイ」
吐息混じりに漏らした彼は、やっと立ち上がる。
背中の足跡をそっと、撫でた。
「あの、痛かったですか? すみません」
「いや、大丈夫。ありがとうございます。君のおかげで新しい自分を発見できました」
凛々しい表情をした彼は、眼鏡をくいっと引き上げた。
真面目にしていれば、この生徒は美青年だった。
(この人おかしなこと言ってるけど、イケメンさん? )
肩まである真っ直ぐな紫髪で、シルバーフレームの眼鏡の奥の瞳は藍色。
背が高く細身の体にぴったりと制服を着こなした姿は、神経質で洗練された美しさを漂わせていた。
もしや、踏んだ衝撃で混乱し、変なことを口走ったのかもしれないな。
決して、自分が踏んだせいではない。
(……新しい自分って何?)
「あ、ヨカッタデスネ」
「ああ! 良かったら……その……」
青年は、何やら頬を染めながら、ミラの靴を凝視する。
「えっと靴が?」
「いや! とても踏まれ、仕立てが良い靴だなと思いまして……」
「学校指定の靴ですよ。何百人もの女生徒が同じ靴を履いています」
「なるほど。大変参考になりました。では、君の靴のサイズはいくつですか?」
きらんとメガネを光らせ、重大な質問のように靴のサイズを問いかけられた。
このまま靴のサイズを教えても良いのだろうか。
いや、このひとに、個人情報を何一つ知られたくない。
「すみません。祖母の遺言で、教えてはいけないんです」
もっともらしい断り文句が口をついた。
今世の祖母は、父方母方ふたりともピンピンしているが。
「そ、そうか。ならば、君の体重はいくつですか? それだけでも教えてくれませんか?」
あからさまに気落ちした彼に大変申し訳無いが、祖母の遺言は絶対だ。
「初対面の女性に体重を聞くやつは無視しろ、という祖母の遺言があるので、失礼します!」
ミラはカッと靴音を鳴らし、踵を返す。
しかし、後ろから腕を掴まれ、ミラは驚きで飛び上がった。
まずい、と目を向けると、そこには頬を紅潮させた彼がいた。
「大変素晴らしいお祖母様をお持ちだと思います! だが、君の名前ぐらいは教えてくれませんかっ!」
眼鏡の奥の瞳を泣きそうに歪めたメガネイケメン。
(絶対に教えたくないよ! )
「ゆ、遺言で! 知らないMの人間には名前を教えてはいけないんです! ではっ!」
「君はすでに私の名前を知っていてくれた?!」
「へ?」
思い切り断ったはずだ。むしろ逃げ出そうとさえしている。
だが、メガネイケメンが、ぱあと明るい笑顔になった。ついでに手首に力を込めた。
「私の名前は『マーカス・マクロライド』です!」
まさかの性癖のほうじゃない、そちらの『M』。
奇跡的ともいえる『M』の一致。
さらに、マクロライド侯爵家は代々宰相を務め、王族が降嫁する古くから名門の家柄だ。
(なんでそんな凄い侯爵家の令息が地べたに転んでたの?!)
「もうこれで名実ともに、知り合いですね。名前を教えてくれませんか?」
青年はそう言って、優雅に微笑む。
つまり、知り合いのMだから、遺言は関係なくなる。観念して名前を吐けということだ。
「よ、喜んで……?」
心の底から走って逃げ出したいが、手首をしっかりと握られている。もう逃げられない。
冷や汗が止まらないミラ。
だが、侯爵令息からの申し出を断れるはずもなく。
「ミラ・オーキッドと申します」
マーカスの期待に満ちた眼差しに、嫌な予感をひしひしと感じながら自己紹介した。




