逃げグセは遺伝らしい
前公爵が告げる前に、母が口を挟んだ。
「先王弟ヴァレリー様と恋人関係にあった親友を、私の育ての母であるラグナス伯爵夫人が保護したそうです。ですが、彼女は私を身ごもっており、出産で命を落としてしまった。そこで、子を授からなかったラグナス伯爵家が私を引き取り、密かに育てたと……母からの手紙にそう記されています」
どこか他人事な口調は、突然突きつけられた真実に、母も動揺しているのだろう。
こころなしか母の顔色が青い気がする。
父なんて「俺は本当のお母様だと今でも思っている」と当事者ではないのに泣いている。
それにしても、真実が明かされるごとに、疑問が増えていく。
生涯独身で、病によりすでに故人である先王弟が実祖父。
王族の婚姻には厳格なしきたりがあり、実祖母と添い遂げることは無理だ。
建国以来守られていた『尊き色』を見つけ出すためだけのあの仕組み。
おそらく実祖母は知っていたのだろう。
だからこそ実祖母は彼の前から逃げ、母をひとりで産んだ。
彼の大切な身分や環境、なんの痂皮もない穏やかな未来を守るために。
(自分の逃げグセ遺伝なの? )
そんなこと重要じゃないと思うが、なぞったように同じ行動をしている。
気持ちがわかり過ぎて、彼女を責める気にすらなれない。
自分が白銀髪とアメトリンの瞳を持って生まれさえなければ、発覚することもなかっただろうに。
ずきずきとこめかみが痛む。
考えをまとめようにも、難しい。
「では、私とミラの婚姻は問題ないですね!」
よかったとのんびりとしたノアの声が静まり返った部屋に響く。
前公爵と先代辺境伯、泣きぬれた父すらノアへ厳しい視線をよこす。
気にした様子もなく、ノアはゆったりと微笑んだ。
「さすがに血縁が近すぎると、婚姻するのも倫理的に気がとがめますからー」
ご機嫌なノアの声にノックの音が重なった。
従者が陛下夫妻の来訪を告げ、心の準備をする間もなく扉が開かれた。
「ああ! ここに!」
感極まった声に、ノアはじめ皆が立ち上がり、膝をつく。ミラも遅れて続く。
「あ、さあ! 楽にしてくれ!」
どこか浮つく命令に、顔を上げる。
陛下が身をかがめ、ミラの顔を覗き込んでいた。
アルヴィンと全く同じ蒼い瞳が至近距離にある。
恍惚としたその表情も全く同じ。
ミラは「ひい」と漏れそうになる悲鳴を、拳を握って必死に飲み込んだ。
「まさに『尊き色』!!」
ずいっとさらに顔を近づけられそうになると、肩に腕が回され、後ろに身体が引かれた。
ノアが体ごと引き寄せてくれたようだ。
逞しい腕で体を難なく支えられてしまい、その力強さと優しさにときめいてしまった。
(不意打ち救助でもかっこいいの?!)
頬の熱さに気を取られていた間に、空気が張り詰める。
温度のない声が降ってきたからだ。
「叔父上。アルヴィンの二の舞いになりたいですか?」
「ノア?」
たじろぐように、目を泳がせた陛下はゆっくりと身を起こし、体を離す。
もうこの頃には頬の熱は霧散した。
すると、父が陛下との間に体を無理矢理滑り込ませてきた。
「フィリップ。君は私の娘になにをする気かい?」
立ちはだかるようにしたこともだが、陛下相手にだす声音ではない。
敬意なんてものは微塵もない。呼び捨てはよろしくない。
今度は違う意味で胸が騒がしい。
いきなり首を刎ねられかねない、とミラがゴクリと喉を鳴らす。
「す、すまない! カイル君、どうか許してくれ!」
焦ったような媚を含んだ態度で陛下は言い募る。
それには先代辺境伯さえ、目を丸くしている。
けれど、両親と前公爵、あまつさえ王妃殿下は当然という表情だ。
この場に集まった方々が学院の同級生というのは既知だが、関係性が特殊すぎないだろうか。
不満げに大きなため息を吐いた父が言った。
「……金輪際、ミラの半径三メートルには近づかないように」
「カイル君の言いつけ通りにします!」
なにやら母親から許してもらえた子供のように、心からはしゃぐ陛下だ。
むしろ主従関係にもみえてしまう。
このやりとりをノアはどう思っているのか。目だけ動かすと、彼も驚いた顔をしていた。
「なあ、終わったか? 子供たちが戸惑っているから、一応は普通に会話してくれよ……」
とりなすように前公爵が声をかけると、渋々といった体で頷く2人だ。
それでも3人ともが口元に笑みを浮かべている。
「俺はさっさと辺境に帰りたいからな……」
「せっかく久しぶりにカイル君とレイナちゃんに会えたのに?!」
「座れ。とにかく座れ!」
前公爵が言い合う2人の背中を部屋の奥へとぐいぐい押していく。
「うふふ! レイナちゃんは私のとなりに座ってね!」
「……いいけど」
王妃が母の腕に腕を絡めて、きゃっきゃっはしゃいでいる。無表情の母を初めて見た。
「ミラの隣は婚約者の俺だよね?」
「え? あ、はい……」
「……ひいおじいさまも隣にいるぞ」
呆然とするミラをノアが手を引き座らせたところで、メイドたちがお茶を淹れた。




