好きだよ、ミラ
ノア頑張りました!
「おまたせ……」
数分後、着替え終わったノアがミラの部屋へ訪ねてきた。
当然のようにミラの隣にソファーに腰掛ける。
慣れない距離に、ミラはじっとその拳一つ程しかない隙間を見つめた。
(……逃げるなという意味なのかな)
後ろめたさが胸を刺す。
また、ノアから会話を乞われたが、すみませんという謝罪しか頭に浮かばない。
置いていった手紙に自分の想いはしたためたはずだ。
『ノア・ラスフィ様。これまで大変お世話になりました。ラスフィ公爵家でノア様と過ごした時間はとても楽しく、あなた様という主人に仕えられた喜びを感じない日々は1日もありませんでした。もちろん、どちらのノア様も私が敬愛して止まないご主人様です。ですので、どうか婚約だけはご容赦ください。ありがとうございました』
寝不足の頭では上手く纏まらずに己の言い分のみを書き連ねただけ。
それでも、婚約の件は伝わったはずだ。
時計の秒針の音色が部屋にうるさく響く。
重苦しい沈黙。
緊張で、胃の辺りが重くなる。
「あのさ……」
「……はい」
ノアが重い口を開く。
ミラは膝の上で固く拳を握りしめ、断罪を待つかのように身を強張らせた。
「ミラが置いていった手紙、読んだよ。『婚約を容赦してほしい』って」
「っ、それは……」
「責めたいわけじゃない。……俺のこと、嫌いになった?」
不安げに揺れるアメジストの瞳が、至近距離からミラを覗き込む。
その瞳を見たら、嘘なんてつけない。
ミラは首を横に振った。
「ち、違います! 嫌いになんてなれません!」
「じゃあ、なんで俺から逃げたの?」
「ノア様には、幸せになってほしいからです」
一瞬、眉を寄せたノアは、言葉の意味を咀嚼するように、瞬きを繰り返す。
ややあって、愕然とした表情を浮かべると、ノアが掠れた声で尋ねた。
「ミラはどうして俺が幸せじゃないと決めつけるの?」
「……そんな婚約、だめです。お母様の遺言を守るためだけに、私のような傷ものでメイドごときと結婚するなんてダメです! 気持ちのない、義務だけの婚約なんて不幸になります」
「……は? 義務?」
「だって、だって……ノア様と結婚してしまったら。私だけが幸せじゃないですか!」
ミラが必死の思いで説明するのに、どうしてかノアは嬉しそうに目を輝かせはじめた。
「ミラは俺と……結婚したら幸せなんだ」
「はい。だってノア様ですよ。優しくてお金持ちで、お顔もきれいで、私が知る中でこの国で一番素敵な男性です!」
全く謙虚すぎる主人に焦れたミラは、ぎゅっと拳を握る。
息をきらし、肩で呼吸をするほど大きな声をだした。
呼吸を整えている間に、ノアはソファーから降り、ミラの正面にひざまずく。
「幸せになれって言うなら、俺と一緒になろう?」
理解がおいつかない。
ふいに手を握られたのがわかる。
「……俺を捨てないで」
迷子のような表情で見上げ、ミラの手を自らの頬へすり寄せる。
縋るようだけれど、瞳の奥に昏い熱を揺らめかせる。
ノアの幸せを思い、全てを捨てると決意したはずなのに。
執着がましく、離れがたく思われたことに、浅ましく喜んでしまう。
けれど⸺
「私は……ノア様が大切にしているものを、守りたい……んです。ですので─」
「あのさ」
遮るようにノアは言葉を被せ、困ったように笑った。
「俺のすべてで、大切なのも……ミラだよ」
「……っ」
「俺の幸せはミラだって、何度言えばわかってくれる?」
ノアは頬に当てたミラの左手をとり、指をからめとると、ぎゅっと握りしめる。痛いくらいに。
伝わる熱と力強さに、ミラは息を詰めた。
ノアは薬指に唇をそっと寄せる。
そして離し、顔を上げた。
「好きだよ、ミラ」
今まで聞いたことがないくらい優しい声。
誓うように薬指に残るやわらかな余韻。
落ちた言葉が、胸の奥を静かに揺さぶっていく。
⸺私がノア様の隣にいてもいい
まるで滲むように、ゆっくりと自分の中からあふれ出した。
心臓が早鐘を打つ。せっかく吸えた息が乱れていく。
それなのに、信じたい気持ちにわずかな不安が混じる。弱気な自分が顔を出す。
「……いつ、からですか?」
試すように、おずおずと問う。
すると、ノアは一拍置いて、含みがあるように、ぎこちなく笑う。
「……ずっと。ミラがうちに来てくれた時からだよ」
嘘だよね? と弾かれたように顔を向けると、熱を孕む視線に捕らえられる。
ミラをまっすぐ射抜く瞳はうっかり恐怖を抱いてしまうほど真剣だ。
ふと重なるのは、あの日の記憶。
(まさか……入学前の婚約は……偽装なんかじゃ無かった? )
瞬間、ミラは目が眩む。胸がとんでもなく甘くよじれる。
⸺嬉しい、と。
カッと顔が熱くなる。
心臓が暴れ、唇を震わせながら、必死で言葉を探した。
「……よろしく、お願いします」
小さく、上擦ってしまったけれど、ノアには届いたようだ。
ノアはアメジストの瞳を蕩けたように甘くたわませる。
「二度目の人生、俺とずっと一緒に楽しもう」
かつてノアへ贈った、本当の願いが、変わらずに返された。
言葉がでなくて、ただコクリと頷く。
堪らないとばかりに、ノアはミラを抱き締める。
わずかに震えるノアの腕。
なんだか照れてしまって、頬が緩んでしまう。
それでも、圧倒的に嬉しい。
知らされた想いと、ノアとの未来から逃げ出したくない。
そう自らを鼓舞し、ミラも背中に手の平をそっと置いた。
あと5秒遅かったら泣きました。ノアが。
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※最終話ではないので、エンドまでしばしお付き合い下さい!




