5秒はギリアウト
「ミラがー!! ついに逃げ出しましたー!!」
マインの絶叫が朝の準備に勤しむ屋敷内に響き渡る。
その叫び声と、ごっそり表情が抜け落ちた主人が駆ける姿に、使用人たちは掃除の手を止め、すっと道を開ける。
頭を下げながら、すべてを理解した使用人は、とうとうミラはノアの執着に気づいたのかと安堵する。
だが、すぐにある可能性に思い至り、一斉に血の気が引く。
⸺まさか「監禁」はしないよね?
ミラを可愛がる使用人たちは、それぞれ目だけで見合わせる。
恐ろしすぎて、主人に聞くに聞けない。
鬼気迫る勢いで駆け抜けていく若い主人の背中を、無言で見送ることしかできない。
「ノア坊っちゃん!? どうされました?!」
正面から声をかけられたのは、この屋敷で唯一、主人に物申せる男セルゲイだった。
ノアはセルゲイを見ることなく、告げた。
「ミラが逃げ出した。馬を用意しろ!」
ノアの地を這うような声に、並走するセルゲイが珍しく切羽詰まったように返す。
「連れ戻しても監禁はしませんよね?!」
善良な思考を持つ使用人たちは固唾を飲んで返事を待つ。彼女らのハタキや雑巾を持つ手が震えている。
「…………しない!」
「たっぷり5秒! 迷われましたよね?!」
ちっと舌打ちしたノアはセルゲイに殺気立った目を向ける。
「ミラの嫌がることは決してしない!! ノア・ラスフィの名に誓おう!」
屋敷内から安堵の歓声がわあっと大きく上がる。
「ミラの身の安全が第一だ!!」
ノアがそう拳を突き上げると、同調するように使用人たちも倣い、雑巾を投げ、ハタキを掲げる。
誓いを立てたノアは、協力的となったセルゲイから外套を受け取る。
門前には、厩舎からすでに御者が馬を引き連れていた。
時間が惜しいと直ぐさま馬に跨るノアに、セルゲイが発破をかける。
「必ずミラを連れ戻してくださいね! 道がぬかるんでいるので、お気をつけて!!」
⸺世界の果てまで俺は追いかけるよ、ミラ。
手綱を短く持ったノアは振り向くことなく、手を上げる。馬の腹を蹴り、雨の中、飛び出していった。




