頭の回るドM
「ミラさま?! まままさか! 私を訪ねて?!」
ドMの悦びの声が耳を打った。
「違います」
ミラは学べるメイドだ。きっぱりと拒否した。
冷たい声色や無表情、持てるもの全てを総動員し、氷の貴公子を彷彿とさせるように。
「ありがとうございます!」
乙女のように頬を染めたマーカスがくねくねと身悶えした。
そんなマーカスにリオンが驚きの声を上げた。
「み、ミラちゃんはマーカスの隠しルートまで解禁してるの?!」
「は?」
「ドMルートはフラグ難易度高くて……見れなかったんだよね……」
嬉しそうにマーカスを見つめるリオン。
端的にいうとカオスの状況に陥った。これを回避するべく拒否したのに。
唖然とするミラにさらにマーカスは言い募る。
「み、ミラさまは、あの……舞踏会のパートナーはお決めになりました?」
もじもじと指を絡ませるマーカスが期待の眼差しをちらつかせる。
(……冷たくしても喜ぶし、どうしようもないじゃん)
「……出場しませんよ」
やけになったミラは、もう普通に返答することにした。
「ダンスで合法的に足を踏んでもらえない?!」
マーカスは顔色が真っ青になり、廊下に両膝と両手をついた。
悲壮感あふれるその姿に、あのリオンでさえ顔が引き攣った。
「頭の回るドMって厄介なんだね……」
「らしいですね……」
「マーカスルートはナシなんだ」
ふーん、とリオンはにやにやしている。
「なんですか?」
「べつに? 舞踏会は、ヒロインが攻略対象を決定するイベントってだけ⸺」
「あなたたち! 通行の邪魔でしてよ!」
リオンの声を遮る明らかに不機嫌な女生徒の声に、心臓が縮み上がった。
ミラとリオン、マーカスは膝をついたまますぐさま振り向いた。
そこにはさらりとした赤みがかる金髪に、つりあがった透き通った水色の瞳が印象的な美少女が立っていた。
ミラは思わず彼女の制服を持ち上げる胸とその美貌に見惚れる。
(理想のお嬢様だぁ……。ぜひ来世でお仕えしたい……)
「エリカ・グラジール……?」
ぽそっと口の中で呟いたリオンはじっとエリカを食い入るように見つめている。
「……マーカス様。またあなたですか?」
美少女が美しい眉をひそめ、腕を組む。
立ち上がったマーカスが何故かミラを庇うように前に出た。
正直ありがた迷惑だ。ドMの背中より麗しの本物のお嬢様を見せてほしい。
「グラジール嬢。……私は今一生に一度あるかないかの危機的状況であり⸺」
「マーカス様、邪魔なものは邪魔です。いかなる理由があろうが、他の生徒の通行を阻害する行為を認められません」
きっぱりと言い返す凛としたエリカの声が廊下に響く。
遠巻きに眺める生徒たちから、おお、と同意を含む感嘆の声が上がる。
マーカスは助けを求めるような視線をミラに送ってきた。
だが、ミラは笑顔でこっくりと頷いた。
「……すみませんでした」
分が悪いことを察した様子のマーカスは、素直に頭を下げ、逃げるように教室に入る。
「エリカ・グラジール公女様、大変申し訳ございませんでした」




