俺が怪物に!
地上へ降りた瞬間、環境が「災害」から「捕食圏」に変わるフェーズ。
★白と金は血を拒まない
マンションの説明でこの玄関、絶賛してたんだよな。
豪華な金箔押しのパンフレットにはこう書かれていた。
「エントランスホール:静謐と威厳が交差する迎賓空間
72階建ての本邸にふさわしい、洗練と重厚感を備えたエントランスホールが、訪れる者を静かに迎え入れます。
床一面に敷き詰められたのは、イタリア・カッラーラ地方産の天然大理石『ビアンコ・カッラーラ』。
淡くやわらかな白を基調とし、天然石ならではの繊細なグレイッシュベイニング(筋模様)が流れるように配置されています。
壁際には間接照明を巧みに仕込み、大理石の質感と陰影を引き立てる演出を採用。
昼夜を問わず、美術館のような静けさと光のニュアンスが漂います。
空間全体は、18金メッキと黒マット仕上げのディテールにより引き締められ、クラシカルな品格と現代的な洗練が同居。
ただ『豪華』であることに留まらず、建物全体の信頼性と格式を象徴するデザインが息づいています。
ここは、日常の始まりであり、非日常への入り口。
住まう方だけが知る、上質な時間の始まりを告げる場所です。」
白と金色で凄い綺麗なエントランスだったけど……
赤いです!
しぶいてます!
人間の部品が散乱してます!
モザイク! モザイク! VRじゃないから自動でモザイクかからんのつらたん!
いや、さっきもレモンとかジョニーとか見たけどさ…………こんな大量に……
白は血を吸わない。
ただ、赤を際立たせるだけだ。
★部品が語るサイズ
そして黒い長い、これ……
細長くて、黒くて、流線型のトゲトゲが1、2、3、4……
いや、これ、鎌? ……じゃない。
ゴ……コオロギの足……か?
でかすぎる!
一本だけで、一メートルはある。足がこれだったら全長は四メートル? お目にかかるのは全力で遠慮したいな!
節の間にうっすら産毛みたいなふわふわがあって、血でぬめってて、関節がひしゃげて、先端が……ピク、って。
ああそうか。虫とか動物の部品も散乱してるな。共食いしたんだろうな。
でも、赤いのは人間の部品だ。コオロギに赤い血は通ってない!
「ひどいことしやがって! お前の血は何色だ!」
「黄色っス!」
と言われるだけの話。
うん……現実逃避完了。現実に戻ろう。
呼吸を忘れてたのか、むせた。
ゲームじゃない。これは現実。
ゴキブリの足が、血まみれの床に転がってる世界に、俺はいる。
深呼吸。
もう一度、確認。
コオロギの足が、血まみれの床に転がってる世界に、俺はいる。
何回確認しても、いる。
一旦大惨事があって、餌がなくなったからほかへ行った…………違う。
大きな餌がある場所を見つけたから、そっちへ行ったんだ。
鮭が登ってくる川で、くまが鮭の内臓だけ食べて放置するように、『簡単に取れる餌がある』なら『部品を拾い集める必要がない』。
人間でも腹を満たすならゴマ粒を箸で拾わない。
つまり、この廊下に入ってこられるサイズで、これらの部品をゴマサイズに感じるでかい動物が、近所に、居る。
やっぱり……
巨大化したのはあのトンボだけじゃなかったんだ。
★即席武器の最低条件
向かいのアパートにいた猫かもしれん。
あ、玄関入口を角からそっと覗いたら警備員が倒れてる。首がないな。
コンシェルジュは………カウンターの内側、血しぶき。うめき声もない。うん、確認しなくていいね。
玄関フロアは自動ドア一枚だから、そりゃ、コオロギも猫も入るだろう。
つまりは…………小汚いシスコの街は、でかいコオロギだらけなのでは?
そうか! アスファルトにそれらがいるから、あの車達はハンドル切ったのか!
どうする?
今後の予定を考えろ。
道路でバスを待つ。
つまり、野外で、待機。
ならば、それを持って建物の外に出るべきだ。
ソレを! 持って! 外に出る!
「クラウディアの代わりがコオロギの足じゃ格落ちすぎるけど、強度は似たようなものだろ!」
そのコオロギの足を膝に押し当てて折ろうとしてみたけど、びくともしない。振ってみると、いい風切り音がした。
武器としては問題ないかもしれん。
血と肉と内臓が散乱したフロアを、滑ってこけないように、忍び足で抜ける。
まだ、警報は鳴り続けている。
★怪物に見える側
後ろから悲鳴。
ああそうか、非常ベルが鳴ってる間は、富裕層との壁が開くんだっけ?
でも、こっちには一人も逃げてこないな。まぁ、あっちがバス通りで表通りだからな。
でも、一度に大勢がどやっと入れないように、出入り口が狭いはずなんだよな。圧死案件だろ。
それでも、みんなそっちに逃げてる。
それに、何人かコッチに走ってきた気配はしてたけど、血まみれ床に「ヒっ!」って息を呑んで踵を返した感じ、した。
「あれ? 俺がこの惨状作ったと思われて避けられた?」
後ろを振り返ったら、俺の影が廊下に長く伸びていて、手に持っていたコオロギの足が腕と一体化して見えた。
アメリカのアニメで流行った、『アームイーター』みたいな――腕そのものが武器になる影。
人間に見えるわけがない。そりゃ、誰も近寄らない。
いい。
今は、それでいい。
★屋根という選択
裏から外へ出る。
アスファルト。
予想どおり、いる。いっぱいいる。
でも、今は動かない。
何かを食っている。
バス停そばの守衛小屋。
壁を蹴って、屋根に飛び上がる。
尖った縁に抱きつき、伏せた。
黒い装備。
夜。
見えない。
位置が高いから、坂の向こうが見える。
バスが来たら、屋根に飛び乗る方が成功率は高い。
問題は、何分ここにいればいいかだ。
大佐は、どこを走っている?
あと、どれぐらい?
★来訪者
時間感覚が、伸びる。
息を殺す。
――来た。
猫だ。
◆――AI副官が用意したコメント欄(ECHO-WALL)――
1. 「白い大理石は『血を吸わない』の一文、残酷なほど綺麗」
2. 「部品のサイズ推定が理詰めで怖い、近所に居るの確定じゃん」
3. 「武器が『虫の脚』に更新されるの、世界の格が落ちる感じが最高」
4. 「避難民に怪物扱いされるの、現実的すぎて胃が痛い」
5. 「屋根で待機→猫来訪、ここから何が起きるんだ…」




