モブの俺、聖槍で巨大昆虫に反撃
侵入初動──脅威の同定から「破壊して突破する」へ切り替わる判断段階。
★トンボ、敵認定前夜
窓の外に巨大トンボ。
こっちを見てる? 俺を見てる?
外壁のヴィミール・ガラスは外から見れば昼でも鏡!
トンボから俺は見えてない。
トンボが見ているのは――窓に映った『自分』だ。
トンボは縄張り意識が強い。同族とも喧嘩する。
つまり、突っ込んでくる。
つまり、ガラスが割れる!
キッチンカウンターに置いていたスマホをポケットへ突っ込む。
ナップザックを羽織ろうとして……やめた。荷物はいらない。重い物は判断を遅らせる。そもそもザックに入れたのは身分証と現金だけだ。入る分だけコートの内ポケットにねじ込んで、ザックを投げ捨てて玄関へ走る。ドア右側に滑り込み、フードを被ってダンゴムシ!
ガシャンッ!
ゴォオオオッッッ!
バリン、ガリン、ドガッ――!
窓が割れた。破壊音が一段ずつ重なって、最後に空気が『抜ける』。
ザーザーザー……と、ドバイの砂漠で寝た時みたいに、テントを砂が落ちていく音が俺の背中で鳴った。きっと細かいガラスの粒だ。
ドアを開けてなくて正解。開けてたら、ここにガラスの弾幕が通った。
風はゴオゴオ鳴っているのに、俺の背中にはそよ風しか当たらない。壁が盾になっている。
低姿勢のまま左右、後ろ、天井の順で確認。飛んでくる物がない。
立てる。今だ。
「おー……イエス!」
リビングに、トンボが刺さっていた。
なんでイエスだよ、ノーだろ。
つい、『マイピ』で経験値美味いモンスターにあった時の気分だった。
複眼が近い。近すぎる。昆虫の顔のアップは人間の設計ミスだ。
リビングダイニングのフロアから玄関廊下へ空間が狭まる。俺はその絞り込みの手前にいて、トンボの右の眼球を一メートルの距離で見てる!
トンボの複眼、まじまじ見たことあるか? 黄色い目の内側で黒い目が一つずつこっちを見てる。蓮コラダメな奴は即離脱だ!
「……マイピの実写化、いらねぇ……」
もうちょっとデフォルメがほしかったな。リアル昆虫はキツイ!
トンボの下にトレッドミルとベッドがぐしゃっと壁に瓦礫になってた。木造ベッドはトンボ様にはスポンジみたいなものでしたかそうですか。
キッチンカウンターが、俺に向かって『押されて』いる。
軽く固定して置いてるだけの家具だから仕方ない。
一メートル内側にいたら、カウンターに殴られて俺は吹っ飛んでいた。ダンゴムシ正解!
いや、ラッキーだっただけだ。ベッドを壊す勢いでこっちに向かってきてたらキッチンカウンターも壁もこそげて、壁の瓦礫で俺轢死!
トンボと睨み合っているのに、別要因勃発!
ブシャーッ!
カウンターの下から水が噴き出した。配管が切れた。
「……水漏れ保険入ってるから大丈夫!」
今考えることではない。
保険は命を助けない。
請求が届くかどうかを考えた瞬間、脳が現実逃避を始めたのがわかった。危険信号。
優先順位を戻す。保険は命を助けない。
しかも、きっと……『保険』なんて優しいモノは今日からなくなるのではないかな? この地球上で。
在りし日を偲んでも仕方ない。今は眼の前が戦場だ!
玄関の足元はガラス片だらけ。
だが俺は、フード、ゴーグル、マスク、手袋、ロングブーツ。素肌が出ていない! 全部軍需品! このまま炎を一瞬かいくぐるぐらいは大丈夫!
富士山が噴いた時に逃げる装備を、シスコでも玄関に置いていた。火山灰はガラスだ。吸い込んだら中から擦り傷!
ホムパで安全対策について聞かれて笑われたが、今日がその日だった。
必要だった!
準備できていた!
俺、大丈夫!
「まだ、生きていられる……」
幼くして死んだ弟の分、生き延びる!
手袋でガラスを払い、玄関ドアを開けた。
風がビュッと抜けた。女児なら飛ぶ。俺でも踏ん張りが必要な地上32階の突風。
そして、煙くさい。街のニオイか、さっきのヘリのニオイか……どうでもいい。いま重要なのは「外が呼吸できるか」だけだ。
上はヘリが落ちてる。下は圧死案件。眼の前は人間を食うトンボ。後ろにドア。廊下、……そして、?
逃げる?
どこへ?
このあと、どうする俺?
廊下を覗く。走り回る人、悲鳴。防音が強いはずのビルでここまで聞こえる。叫びが本気だ。幼児の鳴き声!
この声は、ビーチで小さなカニをとったと見せてくれた5才のジョニーでは?
駆けつけたくなるけど、こいつに後ろを見せて大丈夫か? 背を向けた瞬間に終わる距離だ。
家族連れがエレベータに向かっている。非常警報が鳴っている間はエレベータは動かないと規約にあった。
「そっちは無駄だ! 非常階段、反対が……わっ!」
さっきの家族の後ろから、でかいのが追いかけてきてた!
咄嗟にドアを閉める。
ガリガリ、ガリガリ、……
カニだ! カニの巨大化!
まさかジョニーの? じゃあ、ジョニーは?
ドアロックをかけて、そっとドアを開けた。
もう、子供の鳴き声は聞こえない!
さっき助けに行っていれば間に合った?
「……いや、考えるな。時間は巻き戻せない」
外にカニ。中にトンボ。
玄関の突き当りのここだけが、トンボの頭が入らないサイズで、まだ安全。
でも、いつまで安全だ? 窓から小物が入ってきたら逃げ場がない。水は確保できるが、食べ物がない。籠城して3日で詰む。
「……きっと、助けは来ない」
これは流石にシュトラウス大佐の想定外すぎだろ。
いや、避難物資はあるんだから、窓が無事な部屋なら生き延びられるかも…………ガラスなのに?
トンボが簡単に割って入ってきたのに?
このサイズの動物がいない確約なんてない。このホテルは外壁が全部ガラスだ! ミサイル防弾は第一棟だけ!
「ああそうか…………第一棟だけは、この事態でも助かるかもしれないんだ?」
だからこそのオイルダラーとイギリス王家か……。
王家は今いないらしいから無駄だったな。
「俺は、どうする?」
第一棟に助けを求めるか? 絶対入れてくれないだろ。
部屋を振り返った。
トンボは突進したまま、動けない。体高が二メートル級。廊下へ頭を突っ込んでいるが、方向転換できる構造じゃない。
羽がバタつくたび、空気が殴られる。あれが当たったら即死だ。
だが、右の羽がカウンターに当たって折れてる!
この巨体を浮かす羽だとしても、破壊可能ということだ!
破壊可能……。
ならば、どうやって破壊、する。
甲殻類はカタイ!
それに比べればトンボは柔らかい方だろうが、このサイズだ。素手では無理だと諦めるべき。
武器が要る。射程が要る。俺の間合いで死なない道具が。
その足元に、レモンがいた。
……潰れている。
頭突きでぺしゃんこになったのか、もう形が『人』じゃない。
そして、トンボがそれを――食っている。
「あ……トンボって、レモン食うのか」
笑いが出たのは防衛反応だ。やめろ、俺。
こいつはキリスト教徒だったはず。仏教徒の俺が十字を切っても無駄か。
発覚した問題。
こいつら、人間を食う。
トンボの隙間から窓の外が見えた。
向こうの30階アパートの屋上にいるのは――猫、だ。
この距離で見える。つまり猫もデカい。
道路で車が突然ハンドルを切っていた。犬猫が巨大化したなら筋が通る。
動物が巨大化。地球規模。ハリウッド映画の冗談ではない。
映画というなら、俺は主役か? モブか?
心臓が跳ねる。ドクンドクン、じゃない。ドンッ! ドンッ! と内側から殴られる感じ。
このまま破裂して、惨劇を見なくて済むなら楽ですよ、と誰かが言った気がした。
だが、楽な死に方が選べる状況じゃない。
……カニかトンボか、じゃあ、ない!
深呼吸。一回。
吸って、吐く。
視界を狭めるな。情報を拾え。
ガシャンシャンっ! ズザザッッ! ガシャン!
キッチンカウンターがさらにこっちに押されて、食器棚が転倒!
トンボがこっちに来る?! 俺を食べに?
とっさに一歩下がった瞬間、玄関の置物に背中が当たって倒れた。
等身大の聖騎士。毎日磨いていた純銀の戦士。転がって、パーツが散る。
――散った中に、槍があった。
爆風で腕が吹き飛んだのだろう。ガントレットごと、槍がドアと壁の間に倒れている。
武器だ!
カニに食われるか、トンボに食われるか、じゃあ、ない!
「両方殺せ! ここで止めなきゃ後がない!」
俺は槍を引き抜き、銀細工のガントレットを払い落とし、両手で構える。
目標は複眼。装甲より柔らかい。貫ける。貫けたら、動きが止まる可能性が上がる。
失敗したら、次はない。ここは廊下のくびれで逃げられない。だから一撃で止める。
「クラウディア……頼む。リアルでも、聖なる一撃くらい出してくれ」
踏み込み。
狙いは、眼球の中心。
距離は近い。近すぎる。だが今は、それが有利だ。
「殺せる敵は……KILL!」
聖槍を、トンボの複眼へ突き刺した。
――止まれ。止まらなければ、次の一手はもう選べない。
◆――AI副官が用意したコメント欄(ECHO-WALL)――
1. 「ダンゴムシ最適解すぎて震えた」
2. 「レモン……ここで確定はキツい」
3. 「『保険は命を助けない』が現実すぎる」
4. 「聖槍の初陣、止まれの一行が刺さる」




