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サバイバルゲームで一括破壊したら惑星がひれ伏しました。  作者: 設楽七央


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70/80

空が燃え、地上が詰み、UIが人を殺しに来る

 

 探索から覚悟へ移行する直前、情報欠乏と選択圧が同時に最大化する判断段階。



★非常ベルの牢獄

 この章のBGMは非常ベルだ。止まらない。耳の奥に釘を打つみたいに、脳が削れていく。


 家具は倒れていない。食器も落ちていない。本棚の「サラ・ファーストの小説コレクション」も散らばっていない。地震なら、まずここが死ぬ。ここが無事なら、揺れじゃない。

 このビルは日本の技術で建てられている、と大佐が自慢して回っていた。耐震、耐火、防音、空調。全部が『完璧』であることを売りにしている。

 完璧なはずの空調のせいで、外の匂いがわからない。火が近いのか遠いのか、鼻で判定できない。これ、地味に最悪だ。


 非常ベルが鳴り続けている。つまり、逃げろ、というサインだ。

 逃げないといけない。

 どこへ。

 どうやって。

 外が燃えているのに。


 サンフランシスコ、俺は昔からシスコって言う。東西北を海に塞がれている。逃げるなら南しかない。ベルストは『首根っこ』にある。地理だけなら逃げやすい。しかも南隣接に軍事基地だ。このホテルのオーナーであるシュトラウス大佐が整備した海軍工廠。陸軍駐屯地ではないから即応部隊がいるかどうかはわからないが、シスコの中で一番助かりやすいはずだ。

 問題は、その逃げ道まで生きて辿り着けるか。


 レモンが壁にぐったり座り込んでいる。呻いている。両手はだらり。

 ……いや、今はお前に構っている場合じゃない。頭がうるさい。ベルと、寝不足と、心拍が同時多発に発生。ドラム缶の中に閉じ込められて、数人に釘バットで殴られている感じ。音だけで殺されそうだ。

 衝動的に、キッチンカウンターにあった胡椒ミルを壁に投げた。

 胡椒が飛んだ。レモンにかかった。胡椒はちみつレモンになった。まずそう。

 味の話をしている場合じゃない。俺の脳が現実逃避を始めている。危険信号だ。


 窓の外を見る。街が燃えている。

 火事は、避難失敗の許容範囲がゼロのタイプの災害だ。

「このビルも燃えてるのか?」

 煙の匂いはしない。空調が仕事をしすぎている。

 空調は動いている。

 警報も鳴り続けている。

 音声案内は情報不足。

 ハードは動いている。通信が切れている。全身鎧は着ているが、耳が聞こえなくて視野が狭い感じ。

「避難……するべきか?」

 街が燃えているなら、避難先も燃えている。


 ◆屋上か、玄関か、それが問題だ


 選択肢を並べる。三つまで。三つ以上は判断が割れる。

 ①外へ出る(地上へ)

 ②館内に留まる(この部屋)

 ③上へ行く(屋上・高層階)


 ①外へ出る。

 このビルを出た瞬間、窓ガラスが降ってくるリスクがある。高層ホテルのガラスは、落ちると『弾』だ。防弾ガラスだが、逆に割れたら狂気度が上がる。落下物は人間には防げない。即死の確率が跳ね上がる。

 さらに玄関。

 このホテル、12,621部屋。満室が当たり前。非常ベルが鳴っているなら、全員が玄関に雪崩れ込む。数百人が同時に狭い出口へ向かったら、圧死は現実的な死因だ。火より先に、人が人を殺す。いや、もう死んでいるかもしれない。つまり玄関は通行止めの可能性が高い。


 ②この部屋に留まる。

 短期的には安全かもしれない。だが『情報がない』のは死ぬ。火災でも暴動でも、遅れた判断は取り返しがつかない。ベルが鳴っている以上、警備が健常ではない。どこかで何かが起きている。ここで待機しても、炎も煙も、死も、いつかはここへ来る。


 ③上へ行く。

 屋上にはヘリポートが三基ある。契約書に「30階以上は優先使用権」とあった。富裕層が多く、部屋が広い。圧倒的に人が減る。その上で、富裕層はヘリを呼ぶ。

 理屈はわかる。

 問題は俺の位置だ。32階。真ん中より下。上には『本物』がいる。

 ヘリが来たとして、俺は乗れるのか。

 地獄にもヒエラルキーがある。


 胡椒はちみつレモン? 知らん。混乱して襲われたら目も当てられないし、俺より巨体だ。動かせない。


 玄関側に耳を当てる。防音が優秀すぎて、情報が薄い。廊下の音が『遠い』。遠い音は、危険が近いのか遠いのかわからない音だ。


 一番重要なことを忘れていた。

「着替えよう」


 ★世界がポップアップしました

 現実に『ゲームのノイズ』が混ざった。


 クローゼットに手を伸ばした瞬間、目の前に立体のウインドウが浮いた。

 VRは、もうログアウトしたはずだ。

 なのにこれは、現実の部屋に貼り付いている。

「……メール?」

 今どきメール。しかも立体。目に悪い。最悪のUIだ。


『第1クランへの招待』

 文面は命令形の反復だった。

『虫や動物が巨大化している。この事態は地球規模で起きています。

 世界は変わりました。

 まず、戦う準備をしましょう。

 ステイタスボードを開いて『職業』と『スキル』を決めてください。最初は『戦う系』のスキルが良いです。

 躊躇しているヒマはありません。

 生き抜くために、すぐに『職業』と『スキル』を決めてください。

 日常は戻ってきません。

 戦いに対処しましょう。

『職業』と『スキル』を決めてください。

 今すぐに。

 戦いを始めるのはそのあとです。

『職業』と『スキル』を決めてください。

『職業』と書いてあるところに触れると、職業候補が出ます。ご家族の分も、あなたが決めてください。

 あなたや家族を守れるのはあなただけです。

『職業』と『スキル』を決めてください。

 そして、先程のメールをあなたが助けたい人全員に送信してください。連絡先をタップすると『一括送信』が使えます。

 今すぐに』


 消えた。

 また開いた。

『第35クランへの招待』

 同じ文面。

 スパムみたいに、世界が押し込んでくる。

 救助じゃない。これは『割り当て』だ。人間を役割に固定する徴兵の匂いがする。

 拡散しろ、という一文が一番気持ち悪い。感染にしか見えない。正誤もわからないのに拡散?


 だが、情報がない世界では、情報っぽいものは『餌』になる。

「……とにかく、受諾」

 指が勝手に動いた。

 現実では引きこもりだが、ゲームでは友人が多い方が得だと知っている。得とか言っている場合じゃないのに、癖が出る。

 ウインドウが次々に点滅する。目が痛い。苛立ちが増える。

 このUI、設計したやつは人を殺す気で作っている。


 窓の外に視線を逃がした。

 そして、逃げた先の現実が、もっと殺しに来た。


 ◆空からも逃げられない


 大きな窓のフレームの中、上からヘリが落ちてきた。飛べよ。……羽が一つ折れている。

 ドアが閉まっていない。ロングガウンのいぶし銀が、必死にドア枠にしがみついていた。

 手が離れた。人が落ちた。

 先に、ヘリが落ちた。

「ガリレオは真空で正しかった。ここは真空じゃない」


 ……数学の検証をしている場合ではない。

 今のは、屋上から飛び立とうとして事故った。つまり、屋上は『救助』じゃない。『混乱の最前線』だ。ヘリの羽が折れる事象が屋上で起きている。


 屋上案、棄却。


 窓ガラスに、パジャマがはだけた俺が映る。

「着替えだよ」

 なんでいつまでも裸足でうろうろしていた。最優先は靴だ。

 視界の端で何かが動いた。今は服だ。

 昨日脱いで床に放置していた靴下を履く。迷彩上下。衣替えをしていないからクローゼットに掛かっていた冬用のロングダウン。花粉症対策のゴーグルを装着。スチャッ。エルメスのスカーフをゴーグル下に一回巻き、滅菌ウェットティッシュを挟んでもう一度巻いて後ろで結ぶ。野球帽の上からフード。軍用手袋を装着! 玄関の軍用ブーツに足を突っ込んで……


 ガツン。

 警報の合間に、ガラスを激しく叩く音。……ここ、32階ですけど?


 窓の外。夜景のど真ん中。

「……トンボ?」

 違う。サイズが違う。

 俺のリビングは120㎡ある。その窓一面を、影が覆っている。

 トンボは英語でドラゴンフライ。まさにドラゴン級サイズ。

 羽音が、ここまで来る気がした。

 全長、何メートルだ。


『虫や動物が巨大化している。この事態は地球規模で起きています』

 さっきのメール……これか。

 世界規模で動物が巨大化。だから、ヘリの羽が折れた。


「だから、警備員がいないし、通信が遮断されたのか」

 自動警報で警備が出る。巨大動物に殺される。警備室に逃げ帰る。ドアが開き、中に何かが駆け込む。放送する前に全員死亡。警備室が荒らされ、通信が途絶える。いや、警備室でメイン通信はオンオフできない。客室に虫がいなくても、裏方は別だ。ネズミが巨大化したら。ダクトのゴ……コオロギが巨大化したら。ダクト破壊。ダクト沿いのケーブル損壊。通信遮断。筋は通る。


「大事件じゃねーか……」

 というか、世界的テロ。

 地球規模。

「……どこへ逃げる」


 窓の外一面に、巨大なトンボ。

 世界が変わった、の意味が、ようやく『実物』になった。




 ◆――AI副官ログ(AI LOG)――

[T+0000sec] 【AI副官デリミタ子】

 ──外界変化確認:巨大生物出現。屋上救助期待値、急落。

 ──通信遮断要因仮説成立:裏方侵入→設備破壊ルート。

 ──次フェーズ提示:職業選択は回避不能。安全第一で初期構成を最短確定せよ。


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