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枯尾花

 秋も終わり吐いた息が白く染まり始めた寒さの中、僕はある人の墓の前にいた。

 彼女、僕が一目惚れして初めて付き合った彼女の墓だ。こうして墓を目の前にしても、まだ生きていたあの頃がつい昨日のように思えて仕方がなかった。

 お供え物を置くと墓の前で目を閉じて手を合わせる。山に近いからか人工的な音は聞こえず、墓地の周りの枯れかかったススキが冷たい風を受けて鳴らすガサガサという音だけが響く。そんな中で目を閉じていると、脳裏に彼女との想い出が溢れてきた。


 彼女は優しい人だった。

 デート中に遊園地で出会った迷子の子供を優しくあやして、母親が見つかるまで遊んであげていた。きっと君との子供ができたら親バカになると思うな、だって子供は好きだけど好きな人との子供ならもっと好きになるだろうから、と将来のことを語っては微笑んでいた。

 そんな彼女に、僕も子供が好きだから二人揃って親バカで子供に呆れられるかもね、と苦笑しながら返した。今の幸せな生活が続いて、子供ができて、子煩悩になって、そんな将来を二人で思い描いてはくだらない会話を繰り広げていた。そんな毎日が本当に幸せだった。


 彼女は残酷な人だった。

 死の間際に彼女の手を握って死ぬな、死ぬな、と絞り出すように言うしかできなかった僕に向かって、もっと素敵な女性を見つけて幸せになってね、と言った。彼女が僕を好きな人と言ったように、僕の好きな人は彼女しか居ない。彼女以外の女性を見つけて幸せになるなんてできそうにないのに、それでも彼女の願いだと叶えないといけない気がして。その言葉は僕にとっては呪いの言葉に等しかった。

 彼女の死から1年。自分の気持ちはあの時から全く整理できていない。彼女だけを愛したい自分と、愛しているからこそ彼女の願いを叶えたい自分との間で板挟みになって生きる毎日は本当に辛かった。


「僕は君だけを愛しているのに」


 あの時彼女に返せなかった言葉をぽつりと零しながらゆっくりと目を開く。いつの間にか風はやみ、辺りは自然の音も聞こえない静寂に包まれていた。

 また、来るね──小さく呟いたその言葉だけが寒空の下に響いていた。


 墓参りを終えて帰路に就く。冬に似合わない少し暖かい風が吹いて、まるで別れを告げるかのように参道の脇のススキが穏やかに揺れていた。


  ふと吹いた柔らかな風に揺らめいた 尾花に君の面影を見た


 ──お題:ススキ──

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