ベイビーアサルト ~撃墜王の僕と、女医見習いの君と、空飛ぶ戦艦の医務室~ 【バンダナ応募版】
戦って勝ったのに、まさかの罰ゲーム?
まさか、あの子とこんな事しなきゃだなんて。
「あの‥‥水、飲ませて貰っていいですか‥‥」
僕、咲見暖斗は、医務室のベッドの上で弱々しくこう言った。僕の目の前には小さなテーブルがあり、そこには水の入ったコップが置かれている。
「は~い。お水ね」
するとバックヤードの死角から、コート型の白衣を着た女子が現れる。
彼女はストローの刺さったコップを持ち上げると、笑顔のままそっと僕の口元に寄せた。
「上手に飲めるかな~?」
僕は、顔と顎をできるだけ突き出して、ストローをくわえて。
――彼女、逢初愛依さんの気配が近い。目線をコップに固定して、飲む事に集中する。餌をつつく雛鳥みたいな仕草で、ストローに首を伸ばす。
僕の両手は動かない。重力に従って未だベッドの、白いシーツの上だ。
下を向いていたから、彼女の白衣の隙間からのぞく、セーラー服と胸のリボンが見えてしまった。よく見慣れたリボン。――だって、僕と彼女は同じ中学の同じクラス、なのだから。
おっと、飲む事に集中。でないとむせてしまうんだった。
「あ、飲み終わった?」
そう言いながら、逢初さんは僕の口まわりを布でそっと拭いてくれた。柔らかくて何かいい匂いがするタオル。‥‥慌てて胸のリボンから目を逸らした。
「ありがとう」
「いえいえ」
右耳のすぐ上あたりで声がして、僕はぞくっとする。
きっと、僕が体をぐいっと傾けたら、僕の頭は彼女のほっぺた辺りに当たるんだろう。
――まあ。動かせたら、なんだけどね。
僕の。
首から下の身体を。
◆
「暖斗くん! 止めて!」
話は2時間前にさかのぼる。
僕の相棒、岸尾麻妃が操縦するドローンが森を飛び回り、木々の中の人影を確認する。
「きゃあああ!!」
悲鳴をあげるその人影は全員少女で僕らの仲間。食料調達で森で菜摘みをしていたんだ。
それに迫る、直径6mの球体。「メテオロス」と呼ばれるAIで動くドローン型無人兵器だ。丸い機体下部から金属製のアームを伸ばして、浮遊しながら近づく。
10年前の戦争で、この島に大量に敷設されているんだ。
銀色のアームが少女の背を捉える、と思われた刹那、脇腹に強烈な一撃を受けてメテオロスが真横に弾け飛んだ。
「ふうぅ間に合った」
僕は肩高15mの、人型機動兵器の操縦席にいた。メテオロスの背後に追いついて長柄の槍でぶん殴ったんだよ。
「まだだ。油断すんなよ暖斗くん」
人型兵器「DMT」の周囲を、麻妃の支援ドローンがふわふわ飛ぶ。球体でさっきの敵と似てるけど、こっちは大きさは3m。麻妃はこのドローンを母艦から遠隔操縦しながら、僕の戦闘のオペレーターやサポートをしてくれる。
耳のインカムから明るい声が溢れて「ありがとう」と口々にお礼を言われた。今助けた子達だ。
そして。
さっきの敵がフワフワ浮いて戻ってきた。脇に一撃を喰らいながらも、立て直したみたいだ。丸っこい本体に黒いスリットがあり、その中のカメラが、ぼやっと赤く光って見える。
「捕獲アーム引っ込めてる。撃ってくるぞ!」
麻妃の声が終わる前にモニターに閃光が走った。
僕は撃ってくるビームを大きな四角盾で受けて、左右へとステップする。
盾や肩装甲で受けたビームが、光の粒子になって弾けていく。装甲表面に張られたバリアが防いでいるんだ。
この世界の兵器には対光学兵器のバリアがある。 ビームはそれで対処できる。
「こらこら雑だって。バリアに頼んな! ビームは丁寧に避けて!」
「女の子達は?」
「安全圏だよ~」
「よしっ」
僕の気合に麻妃も答える。
「後はアイツ倒すだけだ。回転槍の予備回転始めるよ。集中して」
「うん」
ゴリゴリ‥‥ガリガリガリガリ‥‥
僕のDMTが持つ長柄の槍は、先端が円錐状のドリルになっている。そのドリルの中にエンジンが入っていて、回転させて戦う。でもこのエンジンは「重力子エンジン」って重力を発生させて回転させる特殊なヤツだから、立ち上がりが遅いんだ。
石臼を引く様な音が響いて、槍先の刃部が回転を始めた。
「撃ってきた!」
麻妃の声に反応。ギリギリ避けて、無理なヤツは盾で受ける。サリッサと呼ばれるこのドリル槍にエネルギーを配分中だから、バリア回復度と機体の動きが落ちるんだ。でもここをしのがないと反撃できない。DMTの戦闘は、エネ配分が肝だ。機動、攻撃、防御、浮遊など、どれにどう振り分けるかで戦況が変わる。
「まだ?」
「まだだよ」
必死にビームを避けていると、サリッサの出す音が高まってきた。
ガリガリ‥‥ギャリギャリギャリ‥‥!!
「規定回転数をクリア。初速がついたよ‥‥暖斗くん」
僕は槍を水平に構え、敵を見据えて深呼吸する。
「了解。‥‥突撃!」
スロットルを踏み込む。DMTが地面を蹴って突進した。
画面の敵機が一瞬で大きくなる。繰り出した槍がビームをかすめ、敵の装甲のいくつかある溝、スリットのひとつを捉えた。操縦席の視界が一瞬爆炎で塞がり、それが晴れると、大きく装甲を穿たれたメテオロスが目に入ってきた。樹脂装甲を研削した粉塵が、白くたなびく。
そのまま槍に力を込めていく。
「お! 芯食ってる! いい感じだ。けど」
「何!? 麻妃!」
「エンジン出力が高い! 変だよ!」
敵機から、バチバチと火花が飛び出てきた。回転する刃が装甲を突破して、奥の金属製の内部骨格に届いた証だ。金属を削る火花が、まるで噴き出る血潮みたいに四方に飛び散っていった。
「いけるよ! このまま押し込む!」
「でも暖斗くん‥‥!?」
僕はさらにもう一段、轟音の中槍を突き込んだ。
敵機から黒煙が出た。骨格の向こう、内部機器が焼かれたんだ。メテオロスは力なく地に落ちて、スリットから漏れていたカメラの光も消えた。
撃破だ。今度こそ。
「暖斗くん。ウチの言う事聞かないんだから。後でしっぺ返しがあるよ」
麻妃にこう言われたけど、この時は気にしなかった。そのまま母艦に戻った。
機体各所の「重力子回路」をオンにして機体を浮遊させて、空中の母艦に近づく。
さっき言った重力子エンジンは、この重力子回路で出来ているんだ。
重力子回路。
特殊な電気基盤で、通電させると基盤上の、任意の方向に重力を生み出す。上方向に発生させれば、僕のDMTや戦艦みたいにモノが宙に浮く仕組み。
で、その回路を発電機みたいに、筒の内側に貼ったのが「重力子エンジン」。
エンジン内部の回路が「右回りに落ち続ける」ように重力を発生させて、それが軸棒を回していく。そこから回転力を取り出せばさっきの「回転槍」になって、その回転力で発電すれば「重力子エンジン」になるよ。
因みに重力は大半が「余剰次元」に逃げてしまっていて、重力子回路はその重力を掴まえて来てるから「回路に流した電力 < 発電量」なんだって。だから重力子エンジンは、無限に電気が生み出せる夢の機械なのさ。‥‥初速が遅いのが難点以外は。
「要は重力素粒子が発見されて、それと電子が一部相互作用するのが発見されただけ。質量保存の法則が崩れただけ、なんだけどな」
とはこの艦の整備主任の子の弁。ごめん僕には難しい。
無事着艦し、整備デッキの所定の場所、DMTデッキに機体を固定させて。エンジンを切ってコックピットハッチを開ける。
グィ~~ン、ってモーターの駆動音と共に分厚い装甲が上下に割れて、操縦席の前方が開いていく。徐々にデッキが肉眼で見えてきた。
――っと!
パイロットがDMTに乗り込む時の連絡橋に、大勢のスカート姿。
みんな僕の姿が見えてくると、パチ‥‥パチパチと拍手をしだした。
実はこの艦「空中戦艦ラポルト」は、中学2年生の僕と、同級生女子15人で運用してる。僕らが住むみなと市での「ふれあい体験乗艦」ってイベント中なんだ。
中学生だけで軍艦を? そんなアホな!? と思うなかれ。だって史上初なんだから。古くから軍港の町として栄えてきたみなと市。最新鋭戦艦が就航するんだけど、AIでの完全自動制御なのさ!
で、毎年地元の中学生が夏休みを利用して2週間、軍艦に招待されてたんだけど、今年は破格だった。軍人さんのサポート無し、中学2年生16人だけで運用する事に。
なんせAI完全自動制御の最新鋭戦艦だからね。16人っていうのは、このでっかい軍艦を運用するにあたっての最低必要人数。で「ほら、中学生にも出来てしまうよ(ドヤ顔)」って海外にアピールできれば、万年人手不足のこの国の軍隊のスゴイ宣伝になるんだって。
そして、今日は僕の初陣。人型機動兵器DMTを用いての電脳機雷の除去メニュー。まあそこまで強い敵ではないんだけど、無事、目標破壊、食料調達班の女子も救出できた。
まだ止まぬ拍手の中、僕はシートベルトを外しながら考える。「いやあ、まいったなあ」と口もとが緩むのを噛み殺して。
ただでさえ男子1人女子15人、艦内は女子校みたいな雰囲気なんだ。あんまり調子に乗った行動はしない方がいいよね。
でも、忙しい中7人も集まってくれてるし。――そうだなあ。右手で応えながら寡黙に通りすぎる。‥‥うん。これでいこう。正直こそばゆいしね。
そんな思惑もあって、ハッチが開き切るのと同時くらいに、僕は操縦席を颯爽と飛び出した!
‥‥つもりだった。
ズダン!! 両目から雷が出たみたいになった。気がつくと、僕の顔前には鉄製の床が。
居並ぶ女子の目の前で、僕は――盛大にコケていた。
うわ!? カッコ悪! ‥‥最悪だ!
「痛ってて‥‥ぐぐ」
走る痛みに漏れ出た声を、慌てて奥歯で嚙み殺す。既に死ぬほど恥ずかしいのに、この上痛がるとかは出来ないよ。
顎を痛打していた。呻きながら目だけで周囲を窺うと、あの女子達が駆け寄って来る。
うう。痛いけどほっといて。
この上女子に助けられたら、恥ずかしい+情けないレイズで黒歴史確定だ。
「大丈夫?」
いや、大丈夫だし。
「咲見くん? 立てる?」
そうだ。サッと立ち上がって、せめてノーダメージをアピールしよう!
地面から体を起こそうとして。
四肢に力を込めて。
立とうとして。
「‥‥!?」
あれ? 立とうとしてるんだけど?
「‥‥!!」
僕は、自分の体の異変に気がついた。
首から下が、全く。
動かない。
ベッドに移されて医務室へ。視界を過ぎていく廊下の照明をいくつも見送りながら、僕は呆然としていた。
◆
そして現在に戻る。
「あ~挫滅創かな。痛い? ちょっと触るね? 他は?」
逢初さんが、顎の傷を見てくれた。
彼女の女性的で華奢な指が、すうっと傷口付近をなぞる。彼女はその大きな黒瞳をギリギリ傷口に近づけて、そう言った。
彼女は「心配しないで」をくりかえしていて。一応それを信じる事にした。根拠は、この逢初愛依さん、この子自身だ。
この「ふれあい体験乗艦」は、1年かけて選抜試験と研修をやって、みなと市の各中学校から人が集まってる。みなと市立第一中学からは、僕と逢初さん、それと幼馴染みのオペ、七尾麻妃だ。
で、この逢初さん、クラスでは目立たないんだけど、実はぶっ壊れ性能だった。
さっき「軍は万年人手不足」って言ったよね。僕の国は人口構成に色々問題ありでどこでも人手不足だ。国は色んな制度で何とかしようとしてる。
その1つに「若人チャレンジ試験」ってのがあって。ざっくり言うと医者希望がこの試験受けると後々の進学が超有利になって、成績優秀者には「準医師」とかの国家資格もくれるんだって。
で、彼女、女医になる夢の為にガチムーブ。「準々医師」楽々クリアして「準医師」にも受かった。全国の中学生でクリアしたのは10人、中2での合格は彼女だけ。「準医師」は満16歳からだから、今回は「準々医師」資格で「船医枠」としての乗艦。
ここに人類史上初! 現役JCにして現役女医。白衣 オン ザ セーラー服、という「属性のウニいくら丼キャラ」が爆誕した。
その逢初さんが笑顔で大丈夫って言うから信じる事にした。‥‥まあ大人皆無のこの状況で、他に選択肢も無いんだけど。
僕を、そんな彼女の澄んだ瞳が見つめていた。
「‥‥そろそろ説明するね」
透き通るような白い肌と整った知的な顔立ち。でも、まだあどけなさの残る彼女が首を傾げた。
「咲見くんの病名は、『MK後遺症候群』、MKは『マジカルカレント』の略。一応軍事機密よ。咲見くんがDMTを操縦すると『マジカルカレント』って特殊な脳波が出て、エンジン内の電子に干渉するの。そして回路に大電流が流れて重力子エンジンが高出力化。だけどその反動が、これよ」
「え? 僕にそんな能力が?」
「うん、希少よ。でも今は体動かないから戦えないし、栄養補給して休息をちゃんととらないと回復しないの」
「‥‥回復? 治るの? 僕の体」
僕は女神に祈るような顔で、逢初さんを見つめる。
「ちゃんと栄養剤飲んで寝れば‥‥そうね。明日の朝には」
「良かった~!!」
「わっ?」
僕は全力で叫んでいた。
「不安だったよ! いきなり体動かないから一生このままかと! そっか。治るんだ~」
飛び跳ねんばかり(出来ないけど)の僕に対して、逢初さんは物憂げだった。
「そうよ。でもお話ちゃんと聞いて。可及的速やかに栄養補給をしないと」
「栄養剤? 飲む飲む! 薬が苦いとか、そんなガキみたいな事は言わないよ!」
有頂天の僕。その僕の眼前に、「それ」は置かれた。
彼女は僕から目を逸らし、急に髪をさわりだす。
そして僕は、「それ」を見つけて絶句する‥‥‥‥!!
「‥‥‥‥マジ? え? これで飲むの?」
「うん。軍の開発した栄養剤なんだけど‥‥『これ』がベストなの。今の暖斗くんは首から下が動かないという後遺症の真っ最中。摂食嚥下障害なの。――もぐもぐとごっくん、が上手くできないのよ」
「いや、ちょっと待って!」
僕は堪らず絶叫した。
「これって! ほ乳瓶じゃないかああぁぁ!!」
少し落ち着いてから、逢初さんの説明を受けた。摂取する栄養剤に少し粘度がある事。だから水も上手く飲めない今の僕は、ストローでは難しい事。――実際、少量試したけど確かに飲めなかった。
そして。
説明が終わる頃、僕にある1つの疑問が浮かぶ。
それは本当に、口にするのも恐ろしい疑問だった。
「あの。僕今、体動かせないんだけど。その、仮にだよ? その、ほ乳瓶で栄養剤を飲むとして‥‥‥‥えっと、一体、いったい誰が僕に飲ます、と‥‥‥‥?」
彼女はまた顔を背けた。俯いて、潤んだ目を見開いている。
その頬がみるみる紅潮していく中。
その言葉は紡がれた。
「‥‥‥‥それは‥‥‥‥わたしが」
◆
「うおお!」
その2日後、僕はまた出撃していた。敵機が出たからだ。
母艦の危機を救うべく、僕は自分のマジカルカレントを意識的に発動させる。自機のエンジンが大出力になったおかげで敵は殲滅できたけど。
また、あの黒髪と白衣にお世話になる羽目に。
「具合はどう?」
前回と同様に、僕は医務室のベッドの上にいて。逢初さんに介助してもらっていた。
いや、一点、相違が。
「あの、逢初さん‥‥」
「は~い」
「個室貰ったのは嬉しいんだけど、その」
「なぁに?」
「ここ‥‥表札に『授乳室』って」
彼女は顔を伏せて、手の中の白い液体を冷ましていた。
「うん。わたしが咲見くんを『介助』するでしょ? 人目から隠す配慮よ。元々あった授乳室だけど、中学生じゃ絶対使わないからね」
当たり前だ! このメンバーで妊婦さん出現したら、100%犯人僕じゃん!?
「ミルクできましたよ~。じゃあ、咲見くん口開けて。はい、あ~~ん」
1回目の出撃の時。この栄養剤をほ乳瓶で飲むって話だったんだけど、僕が全力で拒否。
で、逢初さんにスプーンで口に入れてもらう次案になった。
これは正直、彼女の負担が大きい。すっごい申し訳ないんだけど、やむを得ないよね‥‥。
「何か文鳥に餌あげてるみたい。ふふふっ」
何か少しだけ彼女と仲良くなったんだ。好きなアニメの話とかして。もしかして愛依さん、患者の僕に努めて優しく接してくれてるのかもしれない。
DMTを駆って戦艦を守るのが「パイロット枠」の僕の任務。だけどもう1つ、この艦を守りたい理由ができた。
そんな決意を新たにした僕に、意外な試練が。
彼女に、ピンク色の前かけを着けるよう提案された。スプーンだとパイロットスーツが汚れるから。
当然僕は、全力で拒否する。
その後、その前かけを着ける着けないで小競り合いをした。愛依さんは、動けない僕の首もとに布を当てて爆笑してた。やめろし。
僕が本気で嫌がるほど、彼女は笑った。
「あ~もう‥‥お腹痛い。もったいないな~。かわいいのに」
その日はそのまま「授乳室」で夕食を摂り、寝る事になった。とほほ。自室でゲームしたかったなあ。
◆
その夜中に、艦内に警報が鳴った。
「え? 敵?」
僕は、ベッドから跳ね起き――れない! 後遺症がまだ残ってるんだ。
「暖斗くん!」
授乳室のドアが開いて、部屋着の愛依さんが現れた。
僕は意を決した。
「‥‥‥‥飲むよ! ほ乳瓶で!」
「え?」
「用意して。僕が戦わないとこの戦艦を守れない。ほ乳瓶で一気に飲む! 愛依さん。準備を」
「う、うん」
もう、この際体裁とか気にしている場合じゃない。僕はこの戦艦に乗り込んだ「パイロット枠」の人間。責任は果たさなければ。
笑いたければ笑え。馬鹿にするヤツがいれば、すればいいさ。
僕は、僕の使命を果たす!
みんなを。この艦を守るんだッ!!
「いいの? 暖斗くん‥‥」
彼女が戻ってきた。その手には ほ乳瓶。
「頼む。目、閉じてるからその間に」
こくりと頷く愛依さんが、心なしか生気がないように感じた。首の後ろに手が回され、右肩越しに彼女の吐息と体温を強く感じる。
――が、僕の口もとにあのおしゃぶりが来ない。あれ? と思って目を開けると、手で顔を覆った愛依さんがいた。
「‥‥‥‥わたし、あなたのお母さん‥‥とかじゃないし‥‥‥‥」
そうだった。そうだったんだ。
ほ乳瓶でミルクを飲む、飲ませるミッション。
恥ずかしいのは、僕だけじゃ無かった。
「ほら、愛依さん僕に言ってたじゃん。『早く飲まないと糖代謝で筋肉が』とか『誤嚥性肺炎のリスクが』とか」
あ、ダメだ。でっかい目がうるうる。この娘を責めてもダメだ。
と、そこで、ある物が目に入る。――そうだ。あれなら。
「照明消そうよ。そしたら!」
聞いた彼女は一瞬で理解する。
「あっ! 名案! じゃあ早速!」
彼女が立ち上がってスイッチまで動く。この医務室は戦艦の深奥部。
窓は無いから真っ暗闇。
「全然見えない。暖斗く~ん」
「ここだよ~」
「意外と距離感が」
「僕は動けないから」
「うん。じゃ、首に手を回すね‥‥きゃっ!」
グラリ、と部屋が揺れた。この揺れ――そうだ。敵に近接されて、戦艦が回避運動始めたんだ。急がねば!
「暗闇だとキツイけど、早く栄養剤を!」
「うん‥‥えっと」
「ぎゃッ! 目に入った!」
「ご、ごめんなさ‥‥ひゃっ!? 暖斗くんどこ吸ってるの?」
「え? だって‥‥」
「違うよ。だめ」
「じゃ? あ、これか?」
「ひゃあぁあぁあ!!」
パチン、と音がして再び部屋に明かりが灯る。僕の目の前には、口を結んで目を逸らし、身を強張らせた愛依さんが立っていて。
「‥‥‥‥ごめん。やっぱり無理」
「だよね~」
僕は。
少し食い気味に返事をした。
◆
「艦長困ってたゼ。早く体調戻してほしいって」
授乳室に珍客、幼馴染の麻妃が来ていた。
「あっ」
その後ろから愛依さん。僕と目が合うなり、右手で左手の肘を掴んで身を強張らせる。昨日、暗闇でニアミスして以来、ずっとこんな感じだ。
‥‥わかってるよ。すっかり警戒されてしまった。僕はあの時体が動かないし、誤解だとは思う。思うけれども、もう上手くは喋れない空気感。
「ウチの話聞いてる? 戦艦のエネルギー大分使っちゃって、今後の予定に影響出るかもだって。ああ~暖斗くん。やっちまったなあ」
麻妃は、芸人みたいな口調でそう言った。
そう。やっちまったんだ。
結局昨夜は、僕は出撃できなかった。というか、僕らが医務室で「飲む、飲まない」と揉めてる内に、やむなく戦艦の主砲が火を吹いて。苦手な小さい的に拡散砲を無理くり当てて撃退したそう。
その代わり、戦艦のエネルギーを大分消費しちゃいました、と。
幸い体は復調していた。麻妃に誘われて食堂に移動する。
食堂は、丁度朝食の時間だけあって混みあっていた。
でもあらためて。僕以外は全員女子。雰囲気は女子校そのもの。‥‥‥‥いや、僕女子高の雰囲気知らないんだけどさ。
色んな制服が見える。みなと市JC制服博覧会だ。
軍服みたいな黒っぽいカーキ色は、国防大学校附属中学みなと校、という仰々しい名前の学校から来た3人。軍人さんの卵で、艦長とか艦をメインで動かしてる。
隣のテーブルで寛ぐ水兵みたいなゆったりズボンは、海軍中等工科学校。DMTとか機械のメンテを一手に受け持つモノ作り系女子だよ。
ピンクのブラウスにチェック柄のスカートが、スポーツ進学多い周防中。私立だね。
後は、塞ヶ瀬中。制服の白ブラウスに黒い合服は、男子に密かに人気。
「‥‥で? なんの相談? 暖斗くん」
麻妃は、僕の悩みを察していた。後遺症とその回復方法、あと昨日の医務室での顛末を打ち明ける。
「なるほど‥‥回復方法がそんなだとは。戦う、いや、『突撃する赤ちゃん』じゃない? ははっ」
「笑いごとじゃないよ。僕は体動かないんだから無実だ。濡れ衣だよ!」
冤罪を訴える僕に、麻妃はニヤニヤしてるだけだった。
「自分の事だけ言ってもな~。愛依の視点から見たら、何か発見があるかもだゼ☆」
◆
数日後接敵した。満を持して僕のDMTが出撃する。
あれから愛依さんとは話せて無かった。一瞬ちょっとだけ仲良くなれた、あれは幻だったのかな? いや、現実を受け入れよう。
――きっと、もう嫌われたんだろうな。
「ほら~元気だせ。集中」
「わかってるよ!」
レーダーに映った光点を追いかける。でもそれは罠だった。
小型のメテオロスが8機。1機が囮になって僕を引き込んだ。待ち伏せで包囲射撃を受けた僕は、一気に蓄積したバリアを喪失する。バリアが無い状態でビームを食らえば、装甲に実損が出てしまう。
DMTの装甲は「S-HCR-N」と言われる複合樹脂だ。微細破折なら空気中の窒素を取り込んで自己修復できるけど、さすがにビーム直撃は。
艦のCADか3Dプリンターでブロックごとの作り直しになる。
コックピットにバリア消失の警報音が響いていた。
「暖斗くん! マジカルカレントで何とか!」
「‥‥それが‥‥上手くいかないんだ!」
先ほどから、発動させようとしていた。失ったバリアを回復させるには、バリア発生器に大エネルギーを回すのが一番だ。そのためにはマジカルカレントが最善。でも。
そもそも、意識を集中するだけで発動したマジカルカレント。逆に出来なくなっても、原因もわからない。
敵が迫る。バリアを割られた僕は、万事休すだった。
「戦って!」
その時、インカムから、澄んだ声。
「ごめんなさい! わたし、逃げてたの!」
愛依さんだ。
「暖斗くん!!」
はっと我に返って、敵の包囲を外す。飛び交う光弾を必死に避ける。
「‥‥愛依さん!」
「ごめんなさい暖斗くん。心配しないで。わたしが治すから。ちゃんと向きあうから。それは、わたしにしかできない事だから!」
ああ、そうか。そうだったんだ。
「あなたが戦ってくれたから、みんな無事だったんだよ。ありがとう」
僕と、この娘とは、合わせ鏡だったんだ。
たった一人の医療従事者。しくじれば、後が無い。
たった一人のパイロット。しくじれば、後が無い。
「わたしは暖斗くんを信じる。がんばって!」
正直自分が恥ずかしかった。自分しか見えてなかった。
僕も、君を信じるよ。守り抜くよ。たとえこの身がどうなっても。
そんな事、どうだっていいんだっ!!
エンジンが吼える。森を震わす巨獣の咆哮だ。出力が臨界点を超えた警報ランプで、コックピットが赤く埋まっていく。
僕のDMTは、その背に竜巻を纏っていた。マジカルカレントを本気でやった時のエフェクトだ。
槍を構えた。予備回転を始めた槍先は、一瞬で速度を上げ、うっすらと光を放つ。
「うわ、光ってる。これ『チェレンコフ放射光』かもよ。暖斗くん、やべ~な」
「‥‥‥‥突撃!」
僕は無造作に突撃した。見える敵を屠るだけで良かった。8機いたメテオロスは、あっという間に千切れ飛んだ。
「暖斗くん無双! もう敵国が攻めて来ても勝てんじゃね?」
まさか? 周辺国が? そんなの戦争じゃん?
攻めて来る訳‥‥無いよね?
◆
それから、数日後。
医務室。また艦内に警報音が鳴る。
この前の戦闘で全力を出しすぎた僕は、まだ「授乳室」で寝込んでいた。そこへ、ひょっこり現れる愛依さん。
「‥‥どうしよう。もう治さないと。‥‥コレ、いっちゃう?」
もじもじと上目づかいで、制服のリボンを揺らしながら。
後ろ手に組んだ腕から見せた物は。
あの、ほ乳瓶、だった。
※バンダナコミック縦スクロールマンガ原作大賞 応募作品です。
本編は空想科学にて。ベイビーアサルト
https://ncode.syosetu.com/n0157hn/
第三章にて完結。後日談と伏線回収の第四章を連載中。