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第5話

 魔王の危機に心が昂ぶり、身体の中に魔力が渦巻く。

 さっき教えてもらったのは火魔法と風魔法を同時に出す方法。それだと爆発が起きて周囲の人を巻き込んでしまう。

 風魔法だけを発動させて、光線を切断しなくちゃ。でも私は本当にそんなことできるの?


 すぐ隣から魔王の吐息が聞こえてきた。見上げると、魔王は顔をしかめていた。ぎりぎりと、魔法で縛り上げられる音が聞こえてくる。

 ためらっている場合じゃない。目を閉じて魔力の流れに集中する。

 風魔法の力だけを体内に増幅させていく。お願い、うまく発動して――!


「ウィズヴァルド様は、私がお守りします!」


 叫び声と共に、風魔法を放つ。

 手の中から放たれた突風がラティエシアと魔王の周りを旋回し、一瞬にしてすべての魔法の光線が弾け飛んだ。

 よかった、うまくいった……! ほっと息を吐き出したラティエシアは魔王の一歩前に躍り出た。おろおろしている王子を真正面から見据える。


「ディネアック殿下」

「な、なんだ」


 ここまでしっかりと目を合わせたのは初めてだった。動揺していた王子がすぐに不機嫌な顔に変わる。ラティエシアと向かい合ったときに浮かべるいつもの表情。

 もうそんな態度を取られたって落ち込んだりしない――。ラティエシアは王子を見つめたまま深く息を吸い込むと、堂々と語りかけた。


「まずは、封印牢を破壊し、脱獄したことをお詫び申し上げます」

「なんだと? 詫びるくらいなら大人しく牢に閉じこもっていればよかっただろう」

「いいえ。私には、投獄される理由は何もありません」


 はっきりと首を振ってみせる。

 王子の主張する私の罪状(・・)は、王子の恋人をいじめたこと。でも違う。


「私はモシェニネ様をいじめたことなんて一度もございません。だって、モシェニネ様から話し掛けられたときにしか会話したことがないのですから」


 申し開きをしてみせた途端、モシェニネが気まずそうに視線を逸らした。


「私はなにも後ろ暗いところなんてありません。ウィズヴァルド様だって……」


 ラティエシアは手のひらを上にした手で隣を指し示した。


「こちらの魔王ウィズヴァルド様は、無実の罪で封印された私を憐れんで、身を挺して助けに来てくださっただけなのです」

「……は?」


 王子が目を見開く。あっという間に青ざめていく。


「まっ、ま、魔王(・・)だと……?」

「ご挨拶が遅れて申し訳ない、ディネアック・ルシタジュフ殿下。我は魔界の王、ウィズヴァルドと申す」


 ラティエシアの隣で、魔王が華麗な身のこなしで頭を下げた。

 途端に王子の目があからさまに泳ぎ出す。


「た、ただの魔族ではなく魔王、で、あらせられる、のか……?」


 気づかなかったのは無理もない。なにせ250年以上前に不可侵条約が結ばれて以降、誰も魔王の姿を見たことがないのだから。

 だからといって、魔王を『大罪人(・・・)』と糾弾し、封印するなどしていいはずがない。王子は人間界の王族として、魔界の君主にどれだけ非礼なことをしたかを今さら自覚したようだった。


 黙り込んだ王子に向かって、ラティエシアは心ひそかに抱いていた決意を口にした。


「貴方が私を封印したがっているのは、私をここから排除したいからでしょう? でしたら……私はこの国を出ていきます!」


 高らかに宣言した途端、王子が元の小馬鹿にした表情に戻った。


「なにを抜かすか。ただ魔力が強いだけの貴様が国を出ていくなんて、そんな大それたことできるわけないだろう」


 そう、私はただ魔力が強いだけだけど……。

 ウィズヴァルド様が褒めてくださった。私の魔力の波動は心地よいとまでおっしゃってくださった。王子に否定されても自信は揺るがない。


 隣に立つ魔王に向き直り、金色の瞳をまっすぐに見上げる。

 魔力を抑えられない以上に、膨れ上がる願いはもう抑え切れない。身体の周りに鮮やかな赤いオーラが炎のように揺らめき出した。


「魔王ウィズヴァルド様。どうか私を、魔界に連れて行ってくださいませんか」


 尋ねた途端、ざわっ、と広間が驚きの声に包まれた。

 魔王は無表情で黙り込んだままだった。睨むかのような鋭い眼光。


 こんなこと言われても迷惑かも知れない。

 それでも私は、貴方と共に在りたい。


 願いをそのまま口にしようとしたその瞬間。


 魔王がフロックコートの裾を払い、ラティエシアの前にひざまずいた。

 胸に手を置き、もう一方の手を差し出してくる。


「ラティエシア・マクリルア伯爵令嬢。我は元より、そなたを魔界に連れ帰るつもりでいた。そなたの口から『魔界へ行きたい』と言ってもらえて安堵している」


 ラティエシアを見上げる瞳が柔らかな笑みを浮かべる。


「そなたがそなたらしく生きられることこそ、我の望みなのだ。我と共に、魔界で暮らしてもらえるだろうか」


 その瞬間、周りで見ている令嬢たちが一斉に「キャーッ!」と叫んだ。

 ラティエシアこそ叫びたい気持ちでいっぱいだった。

 私、もしかして今ウィズヴァルド様にプロポーズされたの!? 魔界の王様に!?


 淡いピンク色のオーラがシャボン玉のようにポンポンと身体から噴き出す。

 こんな形のオーラを見るのは初めてだった。

 夢見心地でふわふわとしたまま、差し出された手におずおずと手を乗せる。すると魔王が目を伏せ、手の甲にキスした。

 見守る令嬢たちの悲鳴がますます大きくなる。


 魔王が颯爽と立ち上がる。ラティエシアの手を引き、顔を近付けてくる。

 まさかキスされるの!? 人前で!?

 ラティエシアがどきどきしながら目をぎゅっと閉じると、魔王が頬を寄せてきて、耳元で囁いた。


「……すまないラティエシア嬢。喜びに浸っていたいところだが、そろそろ去った方がよさそうだ。国王の動きを感知した。こちらへ向かっている」

「えっ……」

「今、国王と対面するのは面倒だからな。いずれ正式な挨拶をしに戻って参ろうではないか」

「はい!」


 目を見合わせてうなずき合い、再び王子を見る。

 ここから立ち去る前に、この場の代表者に挨拶をしておかないと。

 口を開き掛けた矢先、魔王が耳打ちをしてきた。と同時に手を握ってきて、魔力の流し方を教えてくれる。

 それは、とある魔法の出し方だった。

 人間界には存在しない恐ろしい(・・・・)魔法が魔界にはあるらしい――。ラティエシアは弾かれたように振り向くと、驚きを口にした。


「そのような魔法があるのですか!?」

「ああ。楽しかろう? できそうか?」

「はい、やってみます!」


 目を伏せて、腹の前で手のひらを上にして構える。

 手の中に軽く魔力を溜めて、親指で弾いて正面に飛ばす。

 王子とその恋人にこっそりぶつけた魔法はすぐに効果が現れた。


「『なんで牢から出てきちゃったのよあの女! やっと全部うまくいったと思ったのに! 王妃になって贅沢ざんまいする予定が』……ぎゃっ!?」


 踏みつけられたような悲鳴を上げたモシェニネが、慌てて両手で口を押さえる。ラティエシアが放ったのは、狙った相手の心の声を引き出す魔法だった。

 また魔王が顔を近付けてきて、小声で話しかけてくる。


「(上手だ、ラティエシア嬢)」

「(ありがとうございます、ウィズヴァルド様)」


 小声で言葉を交わして微笑みあう。

 ラティエシアたちがほんわかとする一方で、赤面したモシェニネが金切り声で叫んだ。


「なに今の!? あんた一体私になにしたの!?」

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