第一話 その人は私を刺しました
片桐の階級は警部補という設定です。
「では彼女の悲鳴を聞いて、君は玄関のドアを開けて外を見たんだね。」
「はい。いきなりお隣さんの悲鳴が聞こえたんで玄関を開けたら、男の人が階段を一気に降りてここの真下の非常用出口から逃げていくのを見ました。」
男はぶるぶると震えていた。
死体を初めて見た直後の人間というのは割と静まり返ることが多い、こんなに分かりやすくショックを受ける目撃者は久々かもしれないと片桐は思った。
「どんな男だった?」
「えーと、上下ともに黒い服を着ていて・・・」
「黒い服ね、他には?」
「体型は小太りでした。帽子とサングラスで顔はよく見えなかったけど、歳はそんなに若くなかったと思います。」
「そうか・・・。で、それから君はどうした?」
「お隣さん家のドアが開いたままだったので、恐る恐る入ってみたら・・・。」
「・・・彼女が亡くなっていたんだね。」
「はい。お腹のあたりが血まみれで・・・僕怖くなってすぐに部屋を飛び出しました。」
「そしてその後警察に通報したと?」
「はい。もしあの時逃げ出さずにすぐに救急車を呼んでいれば彼女は助かったんでしょうか?」
「司法解剖の結果が出ない限りはなんとも言えないけど、おそらく彼女は即死だった。君が責任を感じることはないよ。」
「・・・そうですか。」
「ちなみになんだけど、男が逃げていったっていう非常用出口というのはここから見えるあの小さい門で間違いないかい?」
片桐は手すりの部分から少し身を乗り出して、半開きになっている門の扉を指差した。
「はい。あそこはエントランスと違って防犯カメラもないし施錠もされてないですから。」
「なるほど。・・・ん?」
再び現場の方を向いた片桐は急に目線を一点に止めると、見つめた先に向かってソロソロと近寄っていった。
「こんなの臨場した時に落ちてたかな?」
そう言って彼が拾い上げたのは人気ブランドの白いTシャツだった。胸の下から裾にかけて赤く染まっている。“刑事の勘”なんてものがなくてもわかるほどの返り血である。すでに変色が始まっていており、よく見るとその返り血は茶色がかってきている。
「噓だ。どうしてそんなところに。」
驚く男を横目に片桐は立ち上がる。
「んー。宮駒、このTシャツ鑑識に回しといてくれ。」
部下の宮駒が片桐のもとへ駆け寄ってTシャツを受け取った。
「了解しました。片桐さん、ここら一帯の防犯カメラ映像チェックしますか?」
「いいや、多分その必要はないだろう。ねっ、君?」
「え?」
片桐はポンっと男の肩に手を置いた。
「…えっ?」
「いやだって今君言ったじゃない?『噓だ。』って。」
「・・・。」
「『おかしいな。さっき見た時にはなかったのに。』とかならまだわかるんだ。でも君は『噓だ。』と言った。それって『そこにあるはずがない』と思ってる人間が言う台詞だ。このTシャツのこと知ってたの?」
「いや、それは…。」
「それによく見たら今君が着てるパーカーのロゴ、このTシャツのロゴと同じじゃないか。好きなの、このブランド?」
「・・・。」
その時だった。カラン。金属製の“何か”が下に落ちた音。彼の部屋からである。
「ちょっと失礼させていただきますよ。」
そう言いながら片桐は現場の隣、男の家に入る。宮駒も片桐の後に続いて家に入る。
薄暗い部屋のフローリングにべったりと血の付いたサバイバルナイフが落ちていた。
「宮駒、これも追加で鑑識に回せ。」
「了解です。」
片桐は宮駒にナイフを渡した。すると今度はガタガタという音とともに襖が独りでに開いた。
「片桐さん、」
「押し入れではあるが押し入れじゃないだろうな。」
宮駒ははじめ片桐の言いたいことがわからなかったが、押し入れを覗きその言葉の意味するところを知った。
押し入れの壁面を埋めるようにして貼られた大量の写真、どれも被害者女性のものであった。
「放せよ、何でナイフが出てくんだよ!」
「わかったわかった、話は場所を変えてじっくり聞くからね。」
男を乗せたセダンは署に向かって走っていった。
「ったく、ストーカー殺人ってのはいつ見ても胸糞悪いっすねぇ。」初動の段階での犯人逮捕に安堵しながら宮駒は言った。
「そうだな。俺達も署に戻ろう。宮駒、調書の方お前に任せるわ。」
「わかりました。」
宮駒が車を取りに行っている間、片桐は階段を上がり既に皆が引き払った現場に戻った。
「それにしても隠していたであろう物証にせよ押し入れのアレにせよ都合良く見つかりすぎだよな。気味悪ぃや。」
片桐は今この場に自分一人しかいないことを思い出して小さく身震いした。
まるで自分以外にこの部屋についさっきまで誰かがいると思っていたようである。
「片桐さーん。」
階下から宮駒の声が響く。
「おう!今行く!」
片桐は部屋を後にした。
彼女たち二人は片桐の乗った車が走り去ってゆくのを見届けた。
「なんとか逮捕まで行ったわね。」
「……。」
大きく伸びをする一方を他所にもう一方の彼女はもう見えなくなった車両たちを見つめたままでいる。
「…しないでね、復讐。」
「え?!」
「今あなた、彼が収容されるであろう拘置所に行こうと思ったでしょ。」
「いけませんか?自分を刺した男を刺すのって、いけませんか?」
彼女の声はもう二割ほど怨霊のそれに浸かっていた。
伸びをしていた方の彼女は慌てて鎮めにかかる。
「あなたの来世に響くのよ。それだけじゃない、今のあなたの姿でなくなる可能性だってある。」
説得に重みを感じたのか、彼女は無言で頷いた。
「気持ちはすごいわかるけど、あの男への裁きは司法に委ねなさい。あなたがこれからするべきことは復讐じゃなくて恩返し。現世でお世話になった人たちにお礼を伝えにいくの。」
頷いた途端にポロポロと泣き出す彼女にもう一方は優しく説明を続けた。
「もうすぐ私はこの場から消えちゃうけど、入れ替わりでコンシェルジュが来るから。」
「コンシェルジュ?」
「そう。まずはそのコンシェルジュの話をよく聞いて指示に従って。きっとあなたにとって最良の案内をしてくれるはずだから。」
「わかった。ありがとう。」
泣き止んだ後、彼女は尋ねた。
「ところであなたは誰?どうして殺された私の前に現れたの?」
「私の名前はヘンリエッタ。ここへは人探ししてる過程で来たの。」
彼女は泣き腫らした目をぱちくりとさせて相手を凝視した。
「ヘンリエッタ・・・。それって本名ですか?あなた日本人ですよね?キラキラネーム?」
「アガサ・クリスティーの『ホロー荘の殺人』ってお話に出てくるのがヘンリエッタ。実は私、自分の名前が思い出せなくてね。それで仮名くらいオシャレな呼び名にしたいなと思ったの。」
「それでヘンリエッタって名乗ってるの?」
「そうよ。」
「自分の名前は思い出せないのに、探している相手のことは覚えてるの?」
「変だよね。」ヘンリエッタはそう言って明るく笑ってみせた。
「記憶が飛んだってことは事故にでもあったの?あなた...ヘンリエッタも死んでるのよね?」
「ええ、まぁ、そんなところ。」
コンシェルジュが現れたのはちょうどその時であった。
「お待たせいたしました。若井杏菜様」
ヘンリエッタから〈コンシェルジュ〉という情報のみ聞いていた彼女にはその男性のスーツ姿に何故か違和感を感じた。
「それじゃあ私はそろそろ時間切れみたい。」
徐々に薄く、背景と同化していくヘンリエッタに彼女は慌てて尋ねた。
「ねぇ!あなたが探しているのってあなたを轢いた人?」
「いいえ。事故とは行ったけど車に轢かれたわけじゃないの。」
「ごめんなさい、私勝手に早とちりしてた。」
「別にいいわよ。それにね、私が事故った相手、人間じゃないのよ。」
「人間じゃない?」
もう輪郭線のみが残る状態でヘンリエッタは言った。
「土地神と、事故ったの。」
「土地...神...。」
「変だよね。」彼女の困惑を察したヘンリエッタは再度明るい笑い声を発した。
その笑い声に応えるように彼女は再度ヘンリエッタに「ありがとう。」と言った。ちょうどその瞬間にヘンリエッタは彼女の視界から消滅してしまった。
とある街のとあるマンションのとある一室。桜前線が目と鼻の先まで来た陽気の良い昼下がりの一幕であった。
さて、ヘンリエッタの探し人とは一体どんな人物なのか。
理不尽かつ不運極まりない運命を辿った若井杏菜をヘンリエッタはどうして助けることができたのか。
この手の話によく登場してくる死後の案内人的役回り、コンシェルジュとは何者なのか。
どうしてこのお話のタイトルに狸が出てくるのか。
それはまた別のお話。
30分の番組があったとします。
それをTVerで見始めて10分で一度視聴やめたとします。
「視聴中」のところにその番組が表示されました。
再度また10分視聴、20分のところで視聴やめたとします。
その状態で「続きから再生」すると10分のところから再生されるんです。
TVer が人間、例えば成人男性あたりに具現化・擬人化されたとします。
私は彼になんて言葉をかけるべきでしょうか?
そして作品の後書きにこんな悪口が書かれてることを知ったTVer は私になんて言葉をかけるでしょうか?
この胸の内を蝕むもどかしさ、どうしてくれよう、答えてよ、TVer !
追伸 : お気付きでしょうが、締め方がパクり全開です。いずれお詫びの品を千石さんにお渡しできればと思う今日この頃です。