山田浅右衛門(やまだあさえもん)四
魔法の鎖を手にした夜一は山田家へと戻っていた。夜一の行動の全ては迷いが無く、無駄な動きが存在しない。
「紫陽花。久々に稽古でもどうだ?」
夜一のその提案に紫陽花は無言で頷く。
二人は山田家地下に存在する稽古場で竹刀を握る。
お互いの動きを見切り、激しい剣のぶつかりあいの最中、お互いの竹刀が重なり合う。
「強くなった。紫陽花」
「貴方の剣は昔と変わらず、古臭い」
「貴方か⋯⋯もう父さんとは呼んでくれないか?」
「⋯⋯呼ぶ理由が無い」
「なぁ紫陽花⋯⋯何故、何故なんだ?」
「何の話?」
「何故、浅右衛門様を手に掛けた?」
夜一に確証は無かった。ただ否定してほしかった。それだけだった。それが夜一の望みだった。しかし、紫陽花が口にしたその一言は夜一が望まない一言だった。
「邪魔だったから」
紫陽花の言葉が理解出来ない夜一は困惑していた。動かなくなった夜一に紫陽花の右足で蹴り込む。
防御をしなかった夜一は無様に倒される。
死んだわけでも、致命傷にもならないその蹴りを受け、夜一は立てなかった。立とうともしなかった。
ただ、先代浅右衛門を守る立場として、子を守る父として、何も成せなかった己の不甲斐なさが夜一を床へと縛り付ける。
「貴方も邪魔をするの?」
紫陽花は魔法陣を出現させると、竹刀を捨て剣を取り出し、それを握る。竹刀での稽古ではなく、剣での殺し合いこそ、紫陽花が望む戦いである。
「邪魔とはなんだ?」
夜一はそれだけを絞り出し、紫陽花に尋ねた。
「私が、本当の意味で浅右衛門と成るのに邪魔なの。皆んな、邪魔!」
夜一は感情を顕にする娘を初めて目にする。
「浅右衛門に成る?なら何故、朝陽と朝香を殺さない。お前が浅右衛門に成るにはあの二人が居ては無理だろ?」
誰もが理解出来る事だった。朝香、朝陽の二人が居ては紫陽花は浅右衛門の名の襲名は不可能である事は誰よりも紫陽花が理解していた。
「関係無いよ。山田家の処刑はつまらない」
「つまらない?」
「つまらないよ!動けない罪人の首をはねるだけなんて⋯⋯逃げ惑い、命乞いし、みっともなく死んでいくあの瞬間に⋯⋯⋯その人の全てが曝け出される」
異常だ。夜一は様々な人間を見てきたが、今までに無い異常な人間を目にしていた。山田家の処刑方法は罪人を魔法の鎖で絞り上げ、魔法を封じた上で首を切断する事による処刑方法だった。
その方法で処刑してきた紫陽花は、浅右衛門の名を襲名するために行ってきた山田家の人間、門下生達を襲うその過程で目覚めてしまった。




