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戻れないなら、こっちで頑張ってみる


  第一章



 この体の持ち主が暮らしているという施設へ移動する傍ら、シスターさんから話を聞いた。シスターさんはアリスという名前で、この体の持ち主はリュエルというらしい。

 親から捨てられ、施設で質素な暮らしをしており、裕福になるチャンスが昨日に行われた魔因子の量を測る測定会だったのだが、そこで最低ランクのEランクと判定されたらしい。その瞬間から周囲から嘲笑され、同年代からはバカにされ、見下されるようになったとか。その中には親しかった友人も含まれていたとか。

 なるほど。確かに、心を病みそうな環境だ。魔因子の量で人生の全てが決まる世界観で、極貧生活が確約されたも同然の最低ランクになれば絶望だろう。同情するよ。


「俺を巻き込まなければな」


 施設の食堂で温かいお茶を飲み干し、この俺・岡山竜太郎は愚痴る。

 当然だろう。

 だって、どんなに同情に値する事情があれど、それは俺には関係ないし、何より、世界が違うだろう。こんな事態にならなければ知りようも無いことだ。


「いくら10歳でも異世界に迷惑かけていいわけあるか!」


 少し言い過ぎか? 俺がその立場に立てば、どんなことをしてでも逃げたくなるかもしれん。

 でも、俺だって多少なりともイジメみたいなことを受けたことあるし、辛いこともあった。それでも、勉強を頑張り、ちょっと良い高校や大学に行き、取れるだけの資格を取って、国内有数の会社へ入社した。それで中小企業やバイトに明け暮れるイジメっ子を見返したってもんだ。

 入社後だって威圧的な上司や嫌味な先輩からのイビリを耐え忍び、同期と愚痴り合いながら実績を積んで、やっと昇進の話が持ち上がったとこだったのに。


「全部台無しだよ!」


 飲んでいるのはお茶なのに、愚痴が止まらぬ。これ、アルコール入っているんじゃないだろうな。

 あ、アリスさんが困ってる。冷静になれば、彼女から事情を聞いてから愚痴りっぱなしだ。質の悪い飲み客か、俺は?


「すみません、俺、ずっと愚痴っちゃって」

「い、いえ、本当に魂が入れ替わっているんですね。昨日までのリュエルと口調が違いますし、コウコウ? やダイガク? という施設はこの世界にはありませんから」

「それを聞いて、俺も確信しましたよ。ここは本当に異世界だし、この体は俺じゃないんだなって」

「すみません。本当はどうにかして元に戻すべきなのでしょうが、私の知り得る限りの魔術には魂を入れ替えるものは無いのです。ましてや、異世界の人となんて」


 今は俺が絶望のどん底だよ。ん、でも待てよ?


「祠は? このリュエルって子の魂と俺の魂をを入れ替えたのが祠の何らかの力ってことは?」


 目覚めた時に目の前にはアリスさんの立派な体……じゃなくて祠があった。何を祀っているのかは知らないが、魔術がある世界なら、何かしらが祀ってある祠にも何らかの力があっても不思議じゃない。何なら、もう1回祠に祈れば戻れるんじゃないのか?

 そんな淡い期待は、アリスさんが首を横に振るだけで砕け散った。


「あの祠は森の鎮魂のためのもので、神様を祀っているわけじゃないのです。形式的なものなので、誰も祈りを捧げることはありません」

「そんな……。じゃあ、本当に元の世界には戻れない……?」

「異世界へ渡る魔術も研究中で、実用化されたという話はありません」

「……マジか……。」


 元の世界には戻れない。この事実がもたらす現実を受け入れるには、あっちの世界で頑張り過ぎた。捨てても良いくらい自堕落な生活をしていれば、異世界転生しようが、異世界転移しようが気にもならなかっただろうに。

 せめて、この体がもう少し成長していてくれれば働き口を探せるのに、10歳からやり直しか。また、勉強か。学校行くのダルいな。


「明日から子供の学校に通うのか」

「え、学校……」

「あ、この世界には学校は無いんです? さっきの高校や大学も学校の種類なんですけど」

「あ、あー、いえ。学ぶための施設として学校はあるのですけど……」


 どうにも歯切れ悪いな、と思っていたら、


「通えるのはDランク以上の子供だけなんです。10歳までは基本的な読み書きや計算は習いますが、それ以上の教育を受けられるのはDランク以上と定められているんです」


 マジか。低ランクだと差別されるって、学校のような公的機関もグルなのかよ。酷いってもんじゃないだろ。


「Dランクは予備生徒という扱いで、成績が下がると退学もあり得ます」

「差別もそこまでいくか……」

「異を唱える人もいますが、あまり多くはありません。魔術が生活基盤の一部にあるので、どうしてもランク優先になってしまうんです」


 元いた世界で言えば、王侯貴族が優遇され、平民が軽んじられているみたいなもんか。ただ、学校にさえ通えないってのは軽んじるってレベルじゃなくて、弾圧だろ。

 学校に通えないんじゃ、どうすればいいんだ。元の世界に戻れないし、この世界で生きようにも環境がクソ過ぎる。

 手に職つけようにも、資格取得が難しい上、経験を積もうにも子供って雇ってもらえるのか? その前に最低ランクなんだけど、就職できるのか?


「まずは教会に行きますか? 神父様なら何か御存知かもしれません。私よりもランクが高いので、より多くの魔術を習得されてますから」

「え、教会……?」


 俺でも相談に乗ってもらえるのか? てか、宗教みたいなのあったのか。

 散々、差別されている現実を聞かされて、人に会うのが嫌になってきたとこだけど、動かないとどうしようもないしな。


「お願いします」


 行ってみるか。

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