第八十九話 戌は離れず、神は手放す
◇◇◇
わたしは可能なかぎり、神さんにひっついて過ごしていた。
もちろんそれは、日常生活に限った話ではなくて……。
たとえば、英語の授業の時間。
「神さん、今日も一緒にやろっか?」
「あ、辰峯さん。はい、よろしくおねがい……」
「大丈夫です委員長! 神さんはわたしとペアを組むのでご心配なく! ねっ! 神さん!」
委員長の辰峯さんが神さんをペアに誘おうとしていたので。
委員長には申し訳ないけれど、神さんのペアという役目はわたしが担わせてもらうために、二人の間に割り込んだ。
「えっ、あっ、う、うん……?」
「神さんもこう言っていることですし! それでは神さん、一緒に頑張りましょう! 委員長! それでは!」
神さんも頷いてくれたしと、神さんを引っ張ってその場をはなれた。
「そ、そんなぁ……かみしゃん……」
なにやら背後から、委員長のか細い声が聞こえた気もしたけれど。
わたしたち二人分の足音にかき消されて、なんて言ったかまではわからなかった。
ほかには、たとえば体育の時間でも。
「神さん、神さん。今日もウチが柔軟したげるわ〜。一緒にやろやー」
「いや、神さん。今日は私とやろ? 巳継さんとはこの前やってたでしょ?」
「……なんや馬澄。横入りはアカンくないかー?」
「え、えと、えと……ど、どうしよう。あ、それじゃ三人で……」
準備体操でする柔軟のペア決めで。
巳継さんと馬澄さんが言い争いをして、神さんをアワアワと困らせていたので。
「それなら私と組みましょう神さん! 巳継さんも馬澄さんも、あんまり神さんを困らせちゃダメですよ! それでは!」
どっちがペアになるかでそんな険悪になるのならと、助け舟を出して神さんを助けてあげたりもした。
ちょっと強引だったせいか、残された二人ともポカーンと口を開けて唖然としていたけれど。
ケンカして神さんに迷惑をかけてるのが悪いんですからね!
神さんの手を引いて、とっととその場を後にして、一緒に柔軟をしたりもしたっけ。
ここ数日はいつも神さんのそばにいて離れなかったし。
あの時もこの時も、なんて例を出そうとすればキリがないのだけれど。
そんな感じに神さんをお助けするため、いつも一緒にいた。
その度に、神さんのことをたくさん知っていって。
ちょっと烏滸がましいとは思うけれど、『やっぱり神さんには、自分がそばに居てあげないといけないなぁ』なんて。
そんな気持ちが、神さんのことを知れば知るほど、ドンドンと強くなっていった。
だって神さんは、みんなが噂するような多才で優秀過ぎるような子では全然なくて……。
結構ぬけてておっちょこちょいで、他の子よりも苦手なことが多いような。
そんな普通の可愛い女の子だったから。
◆◆◆
最近、戌丸さんがめっちゃお世話してくれるのですが……。
えっ、なんで? 私のこと好きなの?
……いや、さすがにもう自惚れんのはやめておこう。
今まで同じこと思って、そうだったことなんて一度たりともなかったもん。
そりゃそうだよ。
誰がこんな今だに友だち一人つくれないような、根暗ぼっちコミュ障アホ女を好ましく思うんだっつーのね……どちくしょう。
まぁ私なんかのことは一旦おいておき、今はとにかく戌丸さんのことである。
戌丸さんが構ってくれるのは、モチロンすんごい嬉しいんだけども。
最近は私のために、時間も手間もかけさせまくってしまっていることに、かなり申し訳なさを感じ始めてしまっていた。
だって、こんなに優しくて面倒見の良い人を独占しつづけてしまっているのは……。
嬉しいのと同じくらい、なんかダメじゃん。
私は食事の時くらいしか寮の中を歩き回らないような引きこもりだし、これまでに戌丸さんとまったく関わりもなかったからさ。
戌丸さんがこんなに頼りがいのある人だってのは、この間まで知らなかったけれど。
これまでにもきっと他のたくさんの人から頼りにされたり、戌丸さんの方からも親切にしてあげてたんじゃないの?
そんな親切で、優しくて、しかもすごい可愛い子がさ?
急に私みたいな要面倒な子に手間取ることになるなんて、戌丸さんも戌丸さんのともだちも、不満に思ってるかもしれないし。
たとえば委員長を私がずっと独占しちゃったら、本人もクラスの他の子たちも迷惑するだろうし、それと同じじゃん。
……そいやぁその件で、以前に迷惑をかけちゃったこともありましたっけねぇ。
結局、私が嫌われたって思ったのも、委員長のあの言葉が嘘とか建前でない限りは私の勘違いで。
しかも私が駄々こねて、委員長もいまだに、渋々かもだけど私の面倒を見てくれてはいるわけだけど。
つまり私は委員長の時に一度、経験しているわけではあるのだし!
ずっとお世話をし続けてくれている人の温情に甘えっぱなしのはいけないと。
私がもっとしっかり自立して、迷惑かけないで一人で色々と出来るってところを見せて、戌丸さんにも安心して貰わないといけないと。
私はそう自覚することができるわけなんですよ!
現状の自分を俯瞰して、いけないところを客観的に認識して改める。
それができないままでは、そんなんただの『ミルク欲しい』『おっぱい欲しい』って思ってる赤ちゃんだもん!
今までの私はそれができていなかったバブちゃんだったけれど、ちゃんと一人で外出して、しっかりお買い物ができるほどに私は成長しているわけだし!
戌丸さんが表面的に見せてくれている、笑顔や優しさをただ漫然と享受するんじゃなくて。
私のお世話に手を焼いていたりウンザリしているかもって、その心の内に秘めた苦労や苦悩までも、おもんぱからないといけないと!
ここ数日は私が戌丸さんを独占して、ボッチのお世話係にしてしまったけれど。
流石にいい加減に申し訳ないし、そのお役目からも解放してあげないとなぁと。
私は夜ひとりで、眠りにつく前に決意を固めたのであった。
あぁでも、それはそれとして……。
戌丸さんにはやっぱり、酉本さんと同じように、面倒を見てくれたお礼もしないとなぁ、と。
そんな気持ちを胸に抱きながら、私はその日も眠りに落ちていくのであった。
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