第八十一話 神は誤認する
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酉本さんメッチャ優しいよぅ。すこだよぅ……。
図書室で課題に励んでいる最中、酉本さんが声をかけてくれたんだけど。
軽く世間話なんかをした後で、ダメ元で課題を手伝ってとお願いしたところ、二つ返事で了解を頂くことができてしまった。
図書委員の仕事もあるからと、貸出カウンターに場所を移して。
わざわざ用意してもらった席に腰掛けて、酉本さんと二人並んでのお勉強会が始まったわけである。
「ここは、テストで出てた問題の主語とかだけを変えただけですね。わかりますか?」
「え、えっと……うんと……」
わかりません……。
それでも一問目から『わかんねぇ』なんて言い出しちゃったら、前途多難だと呆れられてしまうかもしれない。
だから頑張ってなんとか自力で解こうと、ウンウン唸っていたのだけども。
「ここの英熟語は、このような意味になります」
酉本さんがさりげなく助け舟を出してくれた。
ふむふむ、なるほど。
であるならば……。
「えっと……こう、ですか?」
空欄に日本語訳を書き込んで、成否を確かめるために酉本さんにチラと視線を向けると。
「正解です」
フワッと微笑んだ酉本さんから、正解とのお言葉を賜ることができた。
あっ、もうダメ。好きすぎりゅ。
いろんなことを手取り足取り一生教えてほしい。
今日初めて話すことが出来た酉本さんの評価が、私の中でとんでもない速さで鰻登りしていった。
ただでさえ穏やかで、優しくて、物腰も柔らかくて、胸の実りが春爛漫なんだもの。
そんな好印象でしかない酉本さんから、こんな丁寧にご指導を受けれるなんて。
好感度が爆上がりしてしまうのも、そりゃ致し方ないだろうじゃんかよぅ。
きっと酉本さんの半分は優しさで出来ているんだろう。
あとの半分はオッパイで出来てたら嬉しいな。なにいってんだ私。意味わからん。
「次の問題ですが……」
「はい!」
品行方正、清廉潔白なんて言葉がピッタリで。
私のように邪な気持ちなんぞ、一欠片すら持っていないような酉本さんとの二人だけの勉強会は。
そのあとも、おだやかに続いていったのだった。
◇◇◇
その次の日も、私は酉本さんを訪ねて図書室までやってきていた。
「神さん。今日も一緒にやりましょうか」
「うん……ごめんね」
昨日は本の貸し出しにやってくる子たちの対応をしつつも、小まめに私の勉強の面倒も見てくれていたし。
わからない問題ばかりの私にも、呆れた顔ひとつ見せずに、根気よく付き合ってくれていた。
そのおかげもあり。
一生終わらないように思えた課題のプリントも、今日中には終わらせて、提出まで到達できそうなくらいの進捗をみせている。
ちなみに昨日の後半は、貸出カウンターの後ろにある部屋に私のために椅子と机を用意してくれて、そこに場所を移して課題に取り組んでいた。
だって本の貸出とか返却に来る子たちがみんな、ついでとばかりに、私に理由のわからない謝罪を繰り返ししてくるんだもん。
その度に「ヒィっ!」とビビる私を見かねて、酉本さんが私の姿を衆目から隠しながらも、勉強も教えてもらえる代替案を整えてくれたわけである。
もうね、ほんとアカン。私の中で酉本さんの評価がストップ高だよ。
てかストップ高ってなに?
どういう意味? 使い方これあってんの? まぁいいか。
ちょっと優しくされたら好きになっちゃうような、そんなクソチョロ男子中学生とは真逆の存在である私を。
攻略難易度もそこそこ高めで、身持ちの堅さに自信のあるこの私を。
ここまで夢中にさせるなんて、やっぱり酉本さんの人徳の成せる技なのだろう。
仏様のようなおおらかさと、この世の全ての暴力を憎んでいるであろう、そんな優しさをあわせ持っている人格者なんだろうなきっと。
そんなこんなで今日も甘えさせてもらうために、酉本さんの元に飛び込みに参った次第となるわけですな。うむり。
「図書委員の仕事もあるのにごめんね?」
「いえいえ、気にしないでください。私も神さんのお役に立てて嬉しいですので」
「うぅ……ありがとぅ」
ホッとするような笑顔と共に頂戴した言葉が、なんかやたらと私の心に染み渡った。
多分だいぶ参っていたんだろう。主に周りのみんなへの恐怖心とか警戒心のせいで。
自分の部屋にいる時ですら、油断してたら火炎瓶を投げ込まれるかもしれないとか、誇大妄想とも言えるくらいにビビり散らかしてたからね……。
今の私の心のオアシスが、まさに酉本さんのいるこの図書室だった。
もう一生ここにいて、貸出カウンターに座ってる酉本さんの背中越しにチラチラ見え隠れしている横乳を、永遠に眺めていたい……。
おっと、いけないいけない。
よそ見してないで課題やんないと。
昨日からずっとお世話になっちゃってるんだし、少しでも頑張って酉本さんに負担をかけないようにするため。
私は今日も課題との睨めっこを始めたのだった。
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