第七十六話 神は抱える
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なんかとんでもねぇほど申輪さんからメッセージくるんだけど!
さっきライン交換してから、すでに四回も送られてきてるし!
ちょっと前までお母さんとしかラインしたことなかったのに、すんごい快挙じゃん。
どっかのモフモフにも是非とも見習ってもらいたい。
ご飯を食べたり、寝支度とかをいろいろと済ませたあと。
今くらいの時間なら、お母さんも家でのんびりしているだろうし。
私の唯一のともだちであるテディベアを片手に抱きながらスマホをポチポチいじくると、数コールもしないうちに電話がつながった。
「テストどうだった? 落ちた?」
開口一番なにそれ?
てか『落ちた?』ってなによ。聞きかた失礼すぎん?
「……まだ返ってきてないけど。大切な一人娘からの電話で、まずそんなこと聞く?」
補習や再テストを健気に頑張ってきた娘に、なんつー仕打ちだよぅ。
私はいつもお仕事ガンバってくれてること、ちゃんと感謝して労ってるっていうのに!
ちょっとくらい褒めたりとかさ、ねぎらってくれても良いのに! んもう!
「だってアンタすぐ隠すじゃん。そういう自分に都合の悪いこと」
「……隠さないけど?」
「嘘つけ。今までに何回あったか覚えてないっての」
ちがうちがう。お母さんなんか誤解してるみたいだけどさ。
あの……あれだから。私はサプライズが好きなだけだからね?
いつも種明かしする前にお母さんが見つけちゃうだけじゃん。
つまり人の秘密をみだりに暴こうとするお母さんの方こそダメなんだからね。
もっと空気読もうね?
「そんな些細なこたぁどうでも良いの! そもそもお母さん、昔から別に勉強なんかしないでいいって言ってたじゃん!」
ウチのお母様は昔っからそこら辺は緩かった。
別に勉強なんか出来なくて良いって何度も口にしてたし。
でもその代わり、歯磨きとスキンケアを怠ろうとした途端、頭おかしいんかってくらいツベコベ言ってきた。
そのまま寝ようものなら、何時であっても叩き起こされるわ、抱えられて洗面台まで連行されるわ大変だったもんだよ。
「まぁアンタはおバカだから、そういうの期待するだけアレじゃん?」
「『アレ』とは? 無駄ってこと? 意味ないってこと!?」
「そこまでは言ってないけど……でもアンタは今のままで良いよ。ちょっとポンコツなところも可愛いんだから」
「私ポンコツじゃないし!」
なんでこんな喜ばしい日に、お母さんのオモチャにされてプンスカ怒んないといけないんだよぅ!
てか私をポンコツとか言うなら、多分四十億人くらいの人もポンコツになっちゃうよ!
お母さんは沢山の人を敵に回すような発言したんだよ?
そんな怖いもの知らずな発言したって自覚して! 慎んで!
「そんな意地悪いうならもう話さないよ! 良いんだね!? 聞けなくて気になって、きっと寝れないよ! お母さん泣くことになるけどいいんだね!?」
「はいはい……今度は何があったのよ?」
足りないんじゃないの?
誠意ってやつがさぁ?
そんな仕方なーく聞いてあげるよって感じ出しちゃって。この天邪鬼ママンが!
「教えてほしいんだったらさぁ、もっとあるんじゃない? 馬鹿にしたお詫びとか、頼みかたとか……」
電話の向こうからツーツーという電子音が流れて、スマホの画面には『通話終了』の文字が表示されていた。
またスマホをポチポチしてお母さんにかけ直すと、すぐに電話がつながった。
「グスッ、グスッ……ごめんなさい。聞いてください。悲しいから電話切らないでぇ……」
「わかったわかった。泣くな。私も意地悪して悪かったって……」
抱きしめていたテディベアの頭が、私の涙で濡れてしまっていた。
お母さんと電話する時には、あんまり調子に乗んないように気をつけようと、そのとき強く思ったんだけど。
電話越しにお母さんからあやされて泣き止む頃には、そんな反省もすっかりまったく忘れてしまったのだった。
◇◇◇
昨日と今日で申輪さんと仲良くなって。
ラインも交換して、何度かメッセージのやり取りをしたって経緯を説明してあげると、お母さんは『ホェ〜』と感心していた。
「まだ二人目ってトコに、思うところもあるにはあるけど……まぁアンタにしては頑張ってるじゃない」
「でしょ!」
「んじゃようやく友だち一人目ってわけね。おめでとう」
「……うぅん」
確かに申輪さんとは仲良くなれたとは思う。
ラインのメッセージだって何度もやり取りした。
だけど……これで友だちになれたのかはわかんない。
やっぱり、小学校でも中学校でも友だちができたことがないってのが、その判断への自信の無さにだいぶ響いている気がする。
「これって、やっぱ友だちになったってことなのかな? 正直あんまり確信はもてないというか……『友だちになる!』って言質が取れたりしてたら、信じられたのかもしれないけど……」
「言質て。でもまぁ、そんなもんなんじゃないの? 友だちなんてのはさ、いちいち確認するようなもんでもないでしょ?」
そんなこと言われても、私わかんないんだもん。
世間一般の普通とか、友だちの定義とか基準とかさ。
「私が納得するためには、やっぱ勇気を出して聞いてみるしかないのかな……」
「聞いてみるって、『私たち友だちだよね?』って? アンタできんの?」
「できない……」
その確認をしたいって気持ちは、すんごい強いんだけども。
図々しいんじゃないかとか、そんなこと一々聞かないのが普通で、私が臆病すぎるんじゃないかとか。
それに、なによりも……。
そんなことを聞いて、もし気持ち悪がられたりとか、『違う』って言われた時のことを想像するだけで尻込みしてしまうし。
「はぁ〜……んじゃ残念ながら、アンタはまだ友だちゼロ人ってことになっちゃうけど、それでいいの?」
「……ゼロじゃないもん。一人いるもん」
「あれ? そうだっけ。羊ちゃんって子?」
「羊ちゃんはまだだけど……お母さんがくれたじゃん。テディベア」
手に持っていたテディベアを胸に抱え直してそういうと、私の言葉を聞いたお母さんは数秒黙った。
しばらく音のない時間が流れたあと、フッと息を吐いた声が電話の向こう側から聞こえてきた。
「私からしてみればアンタのその言葉は、嬉しいような悲しいような、まぁ複雑な気持ちではあるんだけど」
「ごめんなさい……」
「謝んないの。前進してるようだし頑張ってんでしょ? 無理せず慌てずやっていきな」
「うん……」
また慰められてしまった。
自信がないせいで、こんなふうにたびたび弱気になってしまう。
そんでいつも落ち込んで、お母さんに励ましてもらってる。
ワンパターンにも毎回毎回、その繰り返し。
ゴールデンウィークにお母さんから再び離れて、『頑張ろう』、『強くなろう』と思い直したのに。
私ぜんぜんダメだな……。
自分の不甲斐なさや弱さに、何度目になるかわからないほどに繰り返している反省をさせられるような。
その日の夜は、そんな重さのある夜だった。
◇◇◇




