第七十四話 申は聞きいる
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明日も補習があるドンマイな神さんと一緒に、今日もコンビニにやってきた。
今日は神さんがアイス奢ってくれるらしい!
昨日はわたしが奢ったし、放課後の学校帰りでアイス奢り合ってるとか、わたしたちメッチャ仲良しじゃん!
「んじゃ……ちょっくら買ってきますので」
せっかく再テストも終わったというのに、わたしが裏切り者らしかったせいで、神さんはちょっと元気ない感じでコンビニに入っていった。
……あっ、神さんちゃんと買い物できるかな?
コンビニとか使ったことないかもしんない!
なんかあったら助けに行けるように、ハラハラしながらもガラス越しに神さんの様子を観察していたんだけど。
そんな心配もキユウってやつらしく、神さんは一直線にアイスコーナーに向かっていったし、そのまま戸惑うことなくレジでアイスを買っていた。
レジでの会計を終えてコンビニから出てくる神さんは、さっきまでの落ち込んだ表情は何処へやら。
ニコニコしながら、わたしのとこまで戻ってきた。
「買ってきました」
「おー! ありがとー!」
神さんが持っていたのはガリガリ君のソーダ味と、なんか期間限定っぽいミカン味。
ははーん、わかりやすいなー。神さんバレバレだし!
昨日わたしの当たり棒をあれだけ羨ましそうに見ていたし、神さんも今日こそ当たりを引きたかったんだろう。
だから昨日と同じように当たりのあるガリガリ君を買ってるし、わたしが当たりを出しちゃったコーラ味は避けたんだ!
どうだこの推理。まるっとお見通しだ!
「申輪さん、どっちが良いですか?」
「えー、そだなー……」
でも流石にソレを口には出さなかった。
だって今日はアイス奢ってもらってるし、言ったら神さんプンスカしちゃうかもしれないし。
昨日も『おっちょこちょい』ってからかったりしたら、プリプリと怒ったり、ヘソ曲まげちゃったりしてたもんね。
「わたし本当にどっちでも良いから、神さん先に選んで欲しいなー」
みえみえの神さんの魂胆がカワイくて、心の中でニヤニヤしつつ。
少しでも協力して神さんを楽しませてあげるために、わたしは気を利かせて、神さんに先にアイスを選ばせてあげることにした。
頑張って当たりを引き当てるんだ神さん!
どっちも外れてたらドンマイだけど!
「ぅえ……そ、そですか? それじゃ……ソーダ。いや、ミカンのほうをいただきますね」
両手に持っていたアイスをそれぞれ見比べながら、めっちゃ真剣に悩んでたんだけど。
それでもようやく決心したのか、神さんはミカン味に決めたらしい。
「はい。どうぞ」
「ありがとー!」
神さんからソーダ味のガリガリ君をもらってから。
昨日みたいに二人で横に並んで、仲良くアイスを食べはじめた。
「そういえば神さんって部活どこにしたのー?」
「んぐんぐ……私は天文部に入りました。申輪さんはどこに入ったんですか?」
「わたしはねー……」
そんな他愛もない話をアイスの隙間に挟みつつも、『神さんともだいぶ仲良くなれたもんだよなー』なんてシミジミ思った。
周りの子が噂していた神さんのイメージは、『ちょっと近寄りがたい』とか、『なんかフインキあるせいで話しかけづらいー』って感じだったんだけど……。
実際に話してみると、全然そんなことなかった。
ちょっとオドオドしているところもあるけど、話しかけたらちゃんと返事をくれるし。
ちゃんと見てればけっこう感情表現してるし、よく笑ってもいる。
それにやっぱり、顔がすんごいカワイイもんなー!
いろいろな話題に出しつつ、みんなも仲良くなりたそうだったし。
もっといっぱい神さんに話しかけて、わたしみたいに仲良くなれば良いのに。
「あっ……そういえば、なんですけど」
「んんー? なんじゃいなー?」
さっきまでは、わたし発信の話ばっかりだったんだけども。
そんな風に神さんとみんなのこと考えてたから、少し黙ってアイスを齧っていたところで、神さんの方から話を振ってきてくれた。
「さっき少し話に出てきた『とりっぴー』さんって……」
「えーと……あぁ! 勉強を教わったって話した時ね。とりっぴーは同じクラスの酉本さん。わたしと同じ部屋なんだー」
「あ、なるほど。酉本さんのことでしたか」
「そーそー」
クラスも寮の部屋も同じ、とりっぴーこと酉本さん。
めっちゃ綺麗だしメガネかけてて頭良さそーだし、実際に勉強もすごいできるんだよなー!
部屋でも教室でもいつも本を読んでるけど、『勉強おしえてー』ってお願いしても、嫌な顔せず教えてくれるからスゴイ優しいんだよなー。
そんなことを神さんに話してあげたら、昨日わたしの当たり棒を見つめてたときと同じような。
でも『羨ましい』ってだけでもなさそうで、少し寂しそうにも見えるような……。
わたしの話を黙って聞いていた神さんは、そんな顔をしていた。
「とても仲良さそうで、良いですね……」
フワって感じで小さく微笑みながら、そう呟いた神さんは、またカリカリと小さな口でアイスをかじっていた。
流石にそんな様子を見せられたら、気にもなっちゃうんだけど。
神さんは同室の子とうまくいってないんだろうか?
「神さんは? 同室なの?」
「んくっ……私は、一人部屋なので……」
口に入ったアイスを飲み込んだあと。
アハハと軽く笑いながら、わたしの質問に神さんは歯切れ悪くそう答えた。
あー、そういえば。
そんな話も誰かから聞いたことがあったような、なかったような。
「そうなのかー。それはちょっと寂しいなー」
「……そうですね。なので申輪さんがちょっと羨ましいです」
あらら、神さんがショボンと落ち込んじゃった。
わたしだって自分が一人部屋だったらって想像したら、たしかにちょっと寂しいだろうなーって思うし。
でもそれなら他の子の部屋に遊び行ったり、泊まり行ったりすればいいのに。
わたしが一人部屋になっちゃってたら、多分そうしてただろうなー。
「それなら他の子の部屋に遊び行ったりするのは? なんならわたしの部屋にも、いつでも遊びに来て良いし!」
「えっ! いいん……あ、でも酉本さんと話したことないですし、迷惑かも……」
「とりっぴーなら気にしないと思うけど」
でも神さんが気になるって言うなら、一応とりっぴーにも聞いておくか。
たしかにわたしだけの部屋ってわけでもないもんね。
まぁ遊びに行くなら他の子の部屋でも……っていうか、神さんって誰と仲良いんだろう?
そこでふと思い返してみると、神さんが誰かと一緒にいるとこって、あんま見たことないなーってのに気がついた。
授業中とかは委員長とペア組んだりしてるけど、休み時間とかいつも一人だし。
そういえばお昼休みも、教室でご飯食べてるとこ見たことないしな。
「他の子の部屋とか遊びに行ってみるのはどうなの?」
「他の子、ですか……でもそこまで仲良い人もいないし。そんな勇気もないし……」
「そっかー。うーむ……」
一人が寂しいなら他の子の部屋に遊びに行く。
そんなわたしの提案も別に嫌そうではなくて、むしろ乗り気ではあるみたいだった。
神さんの様子とかを見てて、あと遊びに行くって選択を躊躇している理由なんかを聞いたからだと思うけど。
やっぱり神さんは、みんなが言ってるような、『誰かと一緒にいるのを避けている』なんてことはなくて。
ただちょっと臆病で、人付き合いに慣れてないだけなんじゃないかって。
たった二日でも神さんと関わるようになった今のわたしは、そんな確信を持ちはじめていた。
せっかくこの百合花女学園に入って。
普通の学校と違って寮生活だから、みんなと仲良くなれる時間もたくさんあるのに。
当の神さんだって、こんなに可愛くて、ちょっと子どもっぽいとこもあるけど、すごい素直だし。
奢ってもらえたから、そのお返しをしようとしてくれるような、誰かを気遣うことのできる良い子なのに……。
それに周りの子だって、本当は仲良くしたいって思っているのは確実なんだし。
それなのに……神さんを含めて、みんなが望んでいるのとは真反対の今の状態とか。
こんな寂しそうにアイスを食べていたり。いつも一人で誰にも気付かれず、神さんが寂しい気持ちを抱えている今の状況とか。
そんなあべこべな色んなことが、なんか間違っているような気がしはじめて……。
だからわたしはアイスを齧りながら、『わたしになにか出来ないかな』って、『どうにかすることはできないかな』って。
そんなことを、自然に考えるようになっていたのだった。
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