第七十二話 申は見つける
◆◆◆
やっと補習が終わったー!
めっちゃ眠かったな。神さんが背中つっついてくれなかったら寝ちゃってたかも!
昇降口でパッと靴を履き替えて、先に外に出て後ろを振り返ると、神さんはまだ下駄箱の前にいた。
「神さんまだー?」
「ま、待って……」
わたしが急かしたから、神さんはちょっと慌てながらも、いそいで靴に履き替えていた。
「お、おまたせしました……おわっ」
「わぉ! あぶな!」
わたしの近くまで寄ってこようとしたけれど。
急いでたせいか神さんがツンのめって転びそうになったのを、咄嗟に受け止めてあげた。
「あっ……ありがとうございます」
「気をつけないとー! 神さん意外とおっちょこちょいな? あはは!」
コケそうになって驚いたせいか。
小さくわたしの腕の中に収まってオドオドしてる神さんがなんか小動物みたいで、わたしは笑ってしまったんだけど。
「……そんなこと、ないですし」
神さんは微かに眉毛を寄せて、ちょっとムッとしたように見える顔をしちゃった。
こんな近くだから、そんな表情の変化に気づくことができたのかも。
今まではろくに関わる機会もなかったし。
みんなが言ってるように、わたしも神さんはいつも無表情でツンと澄ましているような子なんだと思ってた。
だけど実は案外、感情をオモテに出す子で、たまたまそれに気づいていないだけなのかも知れない。
そう思ったら、なんか前以上に仲良くなれそうな気がしたし。
もっといろんな顔を見てみたいって思った!
「神さん! このあとまだ時間ある!?」
「えっ、あっ、はい……?」
「そんじゃあ、ちょっと寄り道してこー!」
わたしはそのまま神さんの手を引いて。
神さんともっとシンボクを深めようと、寮には向かわず寄り道するため、舵をきって走り出したのだった。
◇◇◇
夕日の差すコンビニまでの寄り道を、神さんの手を引いてタッタッタと走ってった。
そんなに距離もないし、全然疲れることもなくあっという間に着いたはずなんだけど。
後ろを振り向いたら、神さんはゾンビみたいな顔で死にかけながら、激しく息を吸ったり吐いたりしていた。
「えっ! 大丈夫!? 神さん弱っ!」
「ゼヒュー……ゼー……きゅ、きゅうに、ひゃしりじゃすから、でひょうが」
「えっ! なんて!?」
言葉がグチャグチャしてたせいで、神さんがなんて言ってたかは全然わかんなかったけど。
なんか神さんはヤバい疲れてるみたいだったから、呼吸が落ち着くまで、しばらく黙って待ってることにした。
「ふぅ、ふぅー……申輪さんが急に引っ張って走り出したせいですからね! 私が弱いとかでは決してなくて!」
「おっ、復活した!」
たしかに急に走り出したのはゴメンだけど、それでも学校からここまでの距離でこんなに疲れてるなんて。
どっか体調わるいのかな。だって神さん運動神経抜群なんでしょ?
みんなそう言ってたし!
「どれどれー?」
「うひゃっ!?」
熱でもあったら大変だと思ったから、右手を神さんの首に、左手をおでこに添わせてみたんだけど。
たしかにちょっと熱い気がする!
近くで見てみると、神さん顔も赤い気がするし!
「あ、ああ、あの? あ、あの?」
「やっぱ熱いし、ちょっと熱あるかも! こりゃいかん。神さんはここで待ってて!」
熱を下げる方法なんてこれしかない。上がったら下げればいいんだ!
コンビニの前に神さんを残して、わたしは急いで自動ドアからコンビニに入ってった。
「熱いのは走ったせいかと……あと顔も近いし。あっ、行っちゃった……」
なんか後ろでゴニョゴニョ聞こえた気がするけど、ゴメンだけど今は無視!
だって急がないと溶けちゃうからね!
私はアイスコーナーでガリガリ君をふたつ引っ掴んでから、Uターンしてレジに向かったのだった。
◇◇◇
いそいでコンビニの外に出ると、窓の外からわたしの様子を追ってたのか神さんと目が合った。
タタタっと近寄ると、さっきよりは顔色も普通だし、落ち着いてるみたい!
「はい、どっちが良い? 先に選んでいいよ!」
わたしはたったいま買ってきたガリガリ君のソーダ味とコーラ味を、神さんの目の前にかかげた。
「えっ、いやでも……あっ、お金」
最初は遠慮しようとしたみたいだったけど。
やっぱ貰うことにしたのか、神さんはたぶんスクールバッグから財布を出すためにゴソゴソし始めた。
「大丈夫! わたしのおごりだから、気にせず食べていいよ!」
「いえ、でも……」
まさかわたしから奢ってもらえるなんて思ってなかったのかな?
神さんはスクバに手を突っ込んだまま、しばらくポカンと固まってた。
「いいってー。あっ溶けちゃう! 神さんアイス溶けてきたかも! 早く選んで!」
「えっ!? あ、はい! えっと……んじゃソーダで」
「おけー。はいどぞー!」
左手に持ってたソーダ味の方を差し出すと、ようやく神さんの手にアイスがおさまった。
よしよし!
んじゃわたしも食ーべよ。補習のせいで頭いっぱい使ったし。
外袋を破いて出てきた茶色のアイスを一口齧ると、めっちゃ冷たくて美味しい!
シャクシャクとアイスを齧って歩きながら、袋をゴミ箱に捨てて元いた場所まで戻ると。
神さんはまだアイスの袋を開けもせずにつっ立っていた。
「あの……アイス、本当にいいんですか?」
俯いて手に持ったガリガリ君を見ながら、チラチラと視線を上げてわたしの顔も見たりしつつ。
神さんはまだそんなこと言ってるし!
「ぜんぜん良い! てかアイスくらいでそんな遠慮しないでよー? いままでも友だちと奢りあったりしたでしょ!」
「そんなのしたことないですけど……でも、いただきます。あの、アイス……ありがとうございます」
「どういたましてー! たべよ食べよー!」
神さんがチマチマと袋を開け出したのを見届けて、満足したわたしもアイスを食べるの再開した。
シャクシャク、シャクシャクとアイスを食べてると。
さっきのわたしがしたみたいに外袋をゴミ箱に捨てて戻ってきた神さんも、わたしの隣に並んでアイスを食べ始めた。
何となしに神さんがアイスを食べているところを見ていたんだけど。
一口ちっさ! リスじゃん!
いや、でも、ちょっと待てよ? 他の子から聞いた神さんの噂では、なんかよくわからんけど良いとこのお嬢様らしいし。
お嬢様ってお上品にご飯を食べないといけないらしいから、きっとそれだ!
さっきも、友だちと奢って奢られてもしたことないって言ってたし。
お嬢様だから、普通の子みたいに寄り道して買い食いするのとかもしたことなかったんだ!
きっとそうだ。間違いない!
「アイス、おいしい……」
こんな買い食いなんてさせちゃって……もしかしたらヒゲをいっぱい生やしたお父さんとかめっちゃ怖いお母さんから、神さんが怒られちゃうんじゃないかと急に心配になったんだけど。
目の前の神さんは普通にアイスをチビチビ食べてるし……まぁいっか!
「補習ガンバったからアイス美味しいなー?」
「はい。補習がんばったんでアイスおいしいです」
周りの子よりもたくさん勉強しないといけないなんていう、すんごい酷い目にあったわたしたちは。
コンビニ前で仲良く横に並んで、夕方の橙色の世界のなかで。
ふたりでニコニコと笑いながら、アイスを食べてったのだった。
◇◇◇




