第七十一話 神は学習する
◇◇◇
久しぶりに帰省して、お母さんと一緒に過ごすこともできたゴールデンウィーク。
頑張ろうと心に決めたあの日から、数日が経った、とある日の放課後。
私は同じ境遇の子たちと一緒に、補習を受けていた。
お母さん……ごめんなさい。
ひとりでも頑張ろうと思ったんだけど、こんな不甲斐ないことになっちゃいました……。
教壇では数学担当の先生が、こないだのテストの解説をしている。
ゴールデンウィーク明けの一番最初の登校日に、国語と数学と英語の学力テストが行われた。
テストの点数が五十点以下だったら補習を受けないといけないってのは、前から聞かされてたんだけども。
それを聞いたときに、『なんそれ余裕!』とか思ってた私をブン殴ってやりたい。
実家でダラダラしてる暇があったら、勉強しとけよ自分っ……くそぅ。
国語では余裕で基準点を超えてたものの、数学と英語はアチャチャな点数だった。
チラと教室を見回すと、本当に数えるほどしか補習を受けている子がいない。
同じクラスの人なんて、私と……目の前の席に座ってる申輪さんしかいないし。
申輪さんは、なんか元気な子って印象で。
教室でボーッとしてると声がよく耳に入ってくるくらい、誰かといつも話しているようなクラスメイトの女の子なんだよね。
まぁ、もちろん私は一回も話したことないけどね!
私には一度たりとも話しかけてくれたことないけどね!
その申輪さんが目の前で、うつらうつらと船を漕いでいる。
お嬢ちゃんや、補習くらいはちゃんと受けなさいな。
私たちのような勉強おサボり組の終着点なんだから……。
でも今日も六限まで授業をこなして、そのあとで二時間も勉強を強いられているわけでして。
正直いって、申輪さんの気持ちもわからんでもない。
私だって許可さえ下りれば、すぐに夢の中に飛び込めるくらいには眠いし。
でもこのままだと申輪さんが先生に怒られちゃうかもしれないので、シャーペンのおしりで申輪さんの背中をツンツン突いといた。
よしよし。
ビクッとしていたけど、不自然なほどに背筋を伸ばしてるし、何とか起きてくれたみたいやね。
そのあとも、続々と襲ってくる眠気とか恥ずかしさとか情けなさと戦いながら。
私は黙々と、鈍い頭とシャーペンを動かし続けたのだった。
◇◇◇
教室に差し込む光が薄暗くなってからしばらくして。
私たちのいる教室にも、本日の補習終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「それじゃあ、今日はここまで。明日の終わりに再テストするから、みんな復習しておくようにね」
その言葉とともに先生が教室から出ていって、周りの子たちも各々で帰り支度を始めている。
補習が終わって一息ついたあと、私もみんなと同じように帰り支度をしながら、天文部の方はどうしようかと考えた。
さっきのチャイムで羊ちゃんも部室を閉めるんだろうし、もしかしたらもう帰っちゃってるかも……。
今日は補習があるから部活に行けないって、羊ちゃんには言ってあるし。
そんとき羊ちゃんは、『本当に補習受ける人いるんだ……』って何やら感心していらっしゃった。
普通にいますけどね?
運が悪くて補習受けることになっちゃった可哀想な子が、ここにおりますけどね!
だからそんな傷つく反応はするべきではないと思うよ! 可哀想な子がさらに落ち込んじゃうでしょうが!
ちなみに羊ちゃんがゴールデンウィークに一回もラインを送ってくれなかったこと、連休明けに責めてやろうとしたけれど。
話しかけようとした羊ちゃんは、馬澄さんと何やら親しそうに話していたから、なんか心がモニョってして声をかけるのは止めといた……。
もちろんお仕置きの髪の毛ワサワサも出来てない。
そんときの記憶を思い出してモヤモヤする気持ちを抱えながらも、筆記用具やノートを学生鞄にしまっていると……。
「ねぇねぇ、神さん!」
「うぇっ!?」
目の前の席に座って一緒に補習を受けていた、いわば同じ境遇の仲間でもある申輪さんが、突然話しかけてきた。
まさか話しかけてくるとは思わんかったので、驚いて変な声をあげてしまったわよ……。
いけないいけない。
こんなお淑やかではない声を出しちゃうなんて、普段はもっと楚々としてお上品な私にはあるまじき反応だったかも。
今まで一回も出したことないような、アホか、もしくは犬に追い回されているニワトリみたいな、そんな恥ずかしい声を漏らしてしまうなんて。
椅子に座りながら身体だけを後ろに向けて、何やら申輪さんはキラキラとした目で私のことを見つめておる。
そんな輝かんばかりの瞳でみつめてくるとか、もしかして私に興味ある系な感じ?
たしかに私たちは苦しい時間を共有した同士なわけだし、仲間なわけだし。
これをキッカケに仲良くなろうとしてくれているのかもしれないね!
申輪さん可愛いし、全然やぶさかじゃないよ! めっちゃいいよ!
「神さんって実はバカなの!?」
コイツ敵だわ。
二言目に『バカ』とか言ってくるのはもう、私のこと嫌いでしょうが……。
「……ば、ばかじゃないですし」
「でも補習うけてるじゃん!」
否定したのに。
この失礼な子は、何が何でも私のことをバカな子扱いしたいんだろうか?
「そ、それは、たまたまっていうか、運が悪かったっていうか……。さ、申輪さんだって補習うけてるじゃないですか」
「そうなー。わたしもバカだから補習うけることになっちゃった。神さんといっしょだな」
わたし『も』バカだから、ですって。
なんなのこの子!
私がたまたま申輪さんと同じように補習を受けることになったからって、一緒にしないで欲しいんだけども!
プンスカグヌヌと怒り心頭な私は、バカにしてくる申輪さんとは仲良く出来そうにないと判断し。
なおも私の方を向いている申輪さんには目もくれず、残った荷物をせっせと鞄に詰め込んだ。
「さ、さよなら……」
これ以上ひどいこと言われる前に、とっとと帰ってしまおうと席から立ち上がったんだけども……。
「えっ!? なんでなんで! 一緒に帰ろうよー!」
私の鞄を引っ張って、申輪さんがそんなお誘いをしてきた。
……そ、そんなにいうなら、仕方ないなぁ。
そこまで私と帰りたいなら、まぁ……一緒に帰ってあげても別に良いけどね。
しょうがないなぁ。んもう!
「う、うん……一緒に帰る」
「やたー! 一緒にかえろー!」
といった具合に、私は申輪さんと二人で下校することになったのでした。
◆◆◆




