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神はケモノに×される  作者: あおうま
第一章 ながすぎるアバン
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第七十話 神は満喫する

 

◇◇◇

 

 時刻は朝の七時前。

 我が家の玄関では、朝っぱらから闘いが巻き起こっていた。

「なんで! なんでなの!?」

「はなせ! 電車に乗り遅れるでしょうが!」

 争いの理由、それは一重にお母さんの卑劣な嘘が原因である。

 ゴールデンウィーク中はずっと一緒にいてくれるって言っていたにも関わらず、実はその大半で出勤せないけんらしくて、今日も一日お仕事らしい。

 せっかく気持ちよく寝てたのに、なんかの気配で目を覚ましたら。

 お母さんがコソコソと着替えている姿が目に入って、そんで問い詰めたらお母さんが白状した。

 私が寝ている隙に、コッソリと家を出るつもりだったんだって!

 なんて卑怯な!

「嘘つき! ずっと一緒にいるって言葉は嘘だったんだ! 私より仕事の方が大切なの!?」

「うっさい! いいから勉強してなさいよ! 休み明けにテストあるって言ってたじゃない!」

「そんなん楽勝だし大丈夫だもん! 国語とか英語とか三教科だけだし余裕だから!」

 お母さんの言うとおり、ゴールデンウィーク明けの一日目から実力テストなるものが行われるらしい……。

 五月にも中間テストがあるのに、その前にもテストするって普通に狂ってる!

 大人は学校をテストする場所だって勘違いしてんだよ! 学校は青春する場所なのに!

「いいからっ……はなせっての!」

「あぁっ!」

 縋り付く私を強引に引き離し、ガコガコと慌ただしくドアを開けて出て行こうとするお母さん。

 私が必死に伸ばした手も、虚しく空を切ってしまった。

「んじゃ行ってくるから、大人しく留守番してなさいよ!」

「〜っ! お母さんの薄情ものー!」

 そんなこんなで、輝かしいゴールデンウィークであるにも関わらず。

 私は今日もひとりぼっちで過ごすことが決まったのであった……。

 

◇◇◇

 

 しばらく玄関に寝そべりながら、寂しさとかお母さんへの恨みつらみとかで、私はひとりみじめにサメザメと泣いていたんだけども。

 さすがに永遠と泣いてんのも不毛すぎることに気づき、行動を開始することにした。

 まず家の中を見て回ると、掃除があまりに行き届いてなさすぎる。

 お母さんもちょっとはしてたんだろうけれど、家事に関してはあの人だいぶ雑だからな。

 部屋とか廊下の隅とか、あと棚の上とかにも埃が溜まってるし……。

 しかたあるめぇ。掃除すっか。

 他にも集荷サービスを利用して、お母さんの代わりに仕事着をクリーニングに出したり。配達サービスで食材を注文して料理したり。

 とにかく甲斐甲斐しくも一日中家事をして、ついでに合間で宿題も少し進めたりして。

 家事が一段楽ついたら、お母さんにお願いして撮り溜めておいてもらったニチアサのアニメをみたり、テディベアと一緒にお昼寝したりして。

 そんなこんなで私の一日は過ぎていった。

 まぁお母さんも大人ですし、仕事行かなきゃいけないのも仕方ないんだろう。

 私のためにもお仕事を頑張ってくれてるんだし、あんまワガママ言っちゃアカン。

 私は良い子だし。そんくらいわかるし。

 夜ご飯は久しぶりにお母さんに手料理を振る舞うってこともあり。

 いつも仕事を頑張ってくれてることを労う気持ちも込めてで、ちょっと気合いを入れて作った。喜んでくれれば良いんだけど。

 お母さんがいつもよりも早めに帰ってきてくれたので、一緒にご飯を食べたりお風呂に入ったり、一緒にリビングでダラダラして。

 私の実家で過ごす休日は、とくにイベントもなく、平和に終わったのであった。

 

◇◇◇

 

 お母さんとグータラしたり、仕事に行くお母さんを送り出して家事をこなしたり、なんとか宿題を終わらせたりして。

 特にどこかに外出したりといったイベントもなく、私のゴールデンウィークも残すところあと一日となった。

 実家から寮に帰る日を明日に控えるなか、私はとんでもねぇ病気を患っていた……。

 しかも合併症なのでしゅ……つらいよぅ。

 病気の正体はズバリ、五月病とホームシックの合わせ技なもんだから、私のメンタルもポンポコリンなのよん。ぷぎゃあ。

 どうしよう……とてつもなく寮に帰りたくない。

 一生ママにハグしてたい……。

 ついでにゴールデンウィーク中、羊ちゃんからラインのメッセージが一度たりとも送られて来なかったことも、私の心が荒んでいる理由に一役かっている。

 あの子マジで酷いから、学校で再会したら、あのモフモフした髪の毛をおもいっきりワシワシ撫で回してやろうと心に決めた。

 ちなみにお別れ前の最後の夜にも関わらず、うちのクソ婆様は落ち込んでる私を見ながら、お酒を飲んで笑ってやがった。

 ……なるほどなるほど。

 私はきっと偉大なる人間様と、心を持たない最低な化け物のハーフなんだろう。

 もちろん化け物側が私を産んだ方ね。酒乱の冷血雪女ね。

 そんな不満を垂れはしたけれど……。

 流石に寝る時にはお母さんも、泣いて抱きついている私の頭をヨシヨシってしてくれて。

 寝付くまで、ずっと慰めてくれたのだった。

 

◇◇◇

 

 そして迎えてしまった帰寮日の当日。

 このゴールデンウィークの数日間は、あまりにもあっという間すぎた。

 あらためて思い返すと去年まではずっと引きこもってたから、私は連休だとか祝日を意識することなんかなかったな。

 毎日お休みみたいなもんだったし、お母さんとも毎日同じ家で生活していたし。

 だから久しぶりすぎる連休で、帰省してようやくお母さんに会える時間なんてのは特別過ぎて。

 あまりにも幸せだったから、きっと時間が過ぎるのも早く感じてしまったんだろう。

「忘れ物ない?」

「うん。ないと思う」

 何日か前と同じように、お母さんは新幹線のホームまで、私の見送りのために一緒に来てくれている。

「酔い止め、ちゃんと飲んだ?」

「うん。飲んだ」

 新幹線が到着するのを待つ間、お母さんは片手で私の荷物を持ってくれていて。

 もう片方の手で、ずっと私の頭を撫でてくれていた。

「アンタ身体は強くないんだし、風邪ひいたりしないように気をつけなさいね」

「うん。気をつける……」

 駅のホームには、まもなく新幹線が到着するアナウンスが流れた。

 それはつまり、あとちょっとでお母さんとお別れしないといけないってことで……。

「勉強も、無理せずほどほどで良いから頑張んなさいね」

「うん。頑張る……」

 新幹線が緩やかに速度を落としながらやってきて、私たちの横を通った。

「いつでも電話してきて良いから」

「うん。する……」

 プシューと音を立てて、新幹線のドアが開いて数人の人が乗り降りしてる。

 その様子を横目に見たお母さんは、最後に私のことを少しだけ抱きしめた。

「……またすぐ会えるから、そんな悲しそうな顔しないでよ」

「うん……」

 新幹線が出発してしまうから、いつまでも今のままでいることはできない。

 私を離したお母さんから手渡されたバックを受け取って、私は新幹線に乗るために足を踏み出した。

「友だち、できると良いね」

「がんばる……」

 ホームにベルが鳴り響いて、音を立てて閉まった新幹線のドアが、私とお母さんを隔てた。

 透明な窓越しに手を振ってくれたお母さんは、さっきあんなことを私に言っていたくせに。

 お母さんだって、ぜんぜん笑ってなくて。

 お母さんの方こそ、悲しそうな、寂しそうな表情をしていて……。

 すぐに新幹線が動き出したから、私の目に映る世界からお母さんは去っていってしまい。

 私の思い出の最後のページには、お母さんの悲しそうな顔だけが残った。

 新幹線がガタンと揺れたから、咄嗟に壁に手をついて身体を支えた。

 いつまでも、このままではいられない。

 荷物を引いて、指定されたシートに腰を落ち着ける。

「……ふぅ」

 ふと見た窓の外には、五月の爽やかな青空が広がっていて……。

「うん……がんばろう」

 最後に見たお母さんの顔を思い出しながら。

 私は自然と、そんなことを呟いたのだった。

 

◇◇◇

 

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