第六十六話 未は思い迷う
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窓から見える空も暗くなり、二人きりの部室の中。
帰宅時間を告げる鐘がなるまで、あたしは神さんといろいろな話をした。
神さんはひとりっ子で、お母さんとずっと二人で暮らしてきたこととか。
他にも……小学生の時にいろいろあって、中学校はまったく通ってなかったことも教えてくれた。
昨日までは、神さんのことをなんにも知らなかった。
この子について思っていた印象なんて、顔がこれだけ良いんだから、さぞや周りからチヤホヤされて楽しく幸せに生きてきたんだろうなって。
ただ羨んで……いや、きっと妬みとかに近い感情を抱いていた気もする。
新たに芽生えたコンプレックスがつらいものであったとしても。たとえそのせいで、やさぐれてたとしたって。
あたしがずっと、性格の悪いイヤな子であったことは間違いなかった。
あたしが考えてもみなかったくらいに、神さんもつらいこととか、大変なことを抱えていた。
神さんだけでなくて、きっとクラスや寮の子たちだって……。
みんなそれぞれに、あたしのちっぽけなコンプレックスなんかとは比にならないくらい、苦悩を抱えているのかもしれない。
まぁそもそも、それぞれ抱えている苦労や思いなんて、わざわざ比べるモノでもないのかもしれないけれどね。
それでも今までのあたしは、自分が一番つらいんだって、まさに悲劇のヒロインぶって。
そんなひどく幼稚な被害者意識を持ち続けて、ひとりで殻に篭っていて……それにようやく気づくことができた。
勉強ができる委員長も、賞を取るほど絵の上手な巳継さんも、同じ部屋の馬澄だって。
きっと私の知らないような、たくさんの大変なことを乗り越えてきているのかもしれない。
……そんなことを考えたからかな。
ちっちゃい自分の世界に籠りつづけるのをやめて、少しずつでも周りと関わってみようかなって思った。
まずは、ルームメイトなのに、今までロクに深い話をしてこなかった馬澄から。
『今日の夜にでも、あたしから話しかけてみようかな』なんて。
あたしはふと、そんなことを思ったのだった。
だって、小さいあたしの小さい世界に、急に神さんが飛び込んできて。
あたしはこんなにもおかしくって、こんなにも笑うことが出来ているんだもん。
まぁ、笑っている理由、気づくことができた理由がね……。
こんな妬んでいたほどに顔の可愛い神さんから、とんでもないほどにキモい言動が飛び出したからってのは、なんかチグハグな感じもするけれど。
そんなことを思ったからかな?
あたしは神さんといろんな話しながらも、また少し笑ってしまったのだった。
◇◇◇
あたしがそんなことを考えるきっかけ。
神さんが天文部に入ったのも、もしかしたら偶然だったのかもしれない。
それでも……今まで無自覚だったことに気づかせてくれたり、同じ部活の部員にもなった神さんに対して。
その後のあたしは、いろいろと思うことなどもあったわけだけど。
今この時点では、ひとつの疑いしか抱くことができていなかった。
どうやら、あの子は大嘘つきか。
そうでないのなら……もしかしたら、ちょっとおバカなのかもしれない。
寮の廊下の片隅で、目の前で大笑いする松鵜部長を見て。
恥ずかしさで顔を熱くしながら、神さんを少し恨みつつ、あたしはそう思ったのだった。
なんであたしが、こんな目に合わなきゃいけないのか。
それはきっと、さっきまで部室で神さんと過ごした、あの放課後のせいなのだろうけれどもさ……。
お互いの身の上なんかを話して、あたしが自分の幼稚さに気づいて。
そこで今日が終わっていたら、『いろいろあったけど、良い一日だったなぁ……』で済んだでしょうに!
くそぅ。神さんめぇ……。
◇◇◇
夕焼けの差す部室で、あたしと神さんはポツポツといろいろな話をしたけれど。
なんか話の流れで、神さんが来るまであたしがしていたクロスワードの話になった。
「さっき見てた雑誌? これ。クロスワードパズルだけど」
「クロスワード?」
あたしは机の下の棚にしまっていた雑誌とプリントを取り出して、神さんに見せてあげた。
「さっき神さんも見学した時に見たかもしれないけど、そこの棚に雑誌とかアナログゲームとかいろいろあったでしょ? あれ全部、松鵜部長が持ち込んだものなのよ」
天文部の棚には、クロスワードとかロジックとかのパズル雑誌がいくつか並んでいる。
たぶん松鵜部長が暇つぶしをするために、いろいろ持ち込んだんだろう。
部員が松鵜部長一人だけだったはずなのにアナログゲームは複数人用のやつもあったから、ただ単にこの部屋を倉庫がわりに使っているだけかもしれないけど……。
「神さんもしたいなら勝手に使っても良いと思うよ? あたしも部長からそう言われてるし……あぁでもパズル雑誌やる時には、そこのプリンターで印刷してからやるようにね」
こんな風にと、あたしはさっきまで挑戦していたプリントを指差した。
「へ〜、こんなのあるんだ。知らなかった……」
そう呟きながら、あたしが解いていたクロスワードのプリントを興味深そうに見ている神さんだったけど。
たいして埋められてなくて空欄だらけだったから、ちょっと恥ずかしいな……。
あ、そうだ。
「神さんも一緒にやる? 協力してよ」
「ぅえ? あ、うん!」
噂に聞くと神さんは成績も抜群に良いらしいし。
勉強できるならきっとあたしよりも博識だろうと、そう思って神さんを誘ってみると。
神さんも嬉しそうに返事してくれた。
あたしの隣に席を移した神さんと挟んで、一緒にプリントを前にすると。
「初めての、共同作業だね……えへへ」
……ちょいちょいキモい、いや奇特なことを言い出すなこの子。
あたしは神さんの言葉を無視した。
「ここ、歴史上の人なんだけど神さんわかる? 『ア』から始まる八文字の人だって」
ヒントには『ローマ帝国時代のカトリック教会司教といえば、アウレリウス・〇〇〇〇〇〇〇〇』と載っている。
一文字目の『ア』は埋まってるんだけど……。
「えっと、アで八文字。アン、アル……あっ! アルトバイエルン! アルトバイエルンだ!」
「えっ? そうなの?」
いや『ア』で八文字ではあるんだけどさ。
「うん。聞いたことあるもん! ぜったいアルトバイエルン! 間違いないよ!」
『間違いない』とまで言われたら、そうなのかなぁ。
いや、でも……。
「アルトバイエルンって、ソーセージとかウインナーの名前じゃないの?」
「えっ? あ、でもあの……元になったとかだよ! 名前を貰ってるんだよ!」
なるほど?
なんでウインナーに司教の名前をつけるかは謎だけど。
成績優秀な神さんがここまで強く言っているなら、きっとそうなんだろう。
あたしは空欄に『アルトバイエルン』と書き込んだ。
「すごいね神さん。頭良いっていうか、物知りなんだね」
「っ! ふ、ふふーん! そうだよ。私は結構モノを知ってるからね! なんでも聞いてくれて良いよ!」
そんなドヤ顔をしながら胸を張っている神さんと一緒に。
そのあとも『聞いたことある!』とか、『そんな感じするもん!』などという神さんの言葉を頼りにしながら。
あたしが聞いたことのないワードを連発する神さんの協力のもと、クロスワードは埋まっていったのだった。
「おぉすごい。神さんのおかげでだいたい埋まったよ」
「そ、そう? お役にたてましたかねぇ……えへへ」
「うん、ありがと。あたしもクロスワードってやるの初めてだったけど、まさか最後までいけるなんて思わなかったし。けっこう嬉しいかも」
クロスワードは最後に各所にあるキーワードを抜き出して、振られたアルファベット順に並べて単語を作るらしい。
最後まで神さんと二人で一緒に協力して、作られた単語は『ペルマヌパイ』だった。
神さん曰く、どっかの国で作られた、なんかいろいろな食材が入ったパイかもしれないらしかった。
「よし! 神さんありがと。『できたら見せて〜』って言われてたし、松鵜部長にあとで見せてみようかな。神さんも一緒に行く?」
「ううん。それは羊ちゃんの戦果として報告して良いよ! 私はちょっと手伝っただけだから!」
「そう? ありがとね神さん」
あたしはこのとき、とんだ大ハズレなクロスワードを作り上げたこともつゆ知らず。
『神さんって博識なだけじゃなくて謙虚だなぁ』とか、『あたしも見習わないと』などと思ったもんである。
「あっ、下校の鐘なっちゃった。んじゃ帰ろっか」
「うん。あの、羊ちゃん……今日、ありがとね。私、あの……すごい楽しかったし、嬉しかった」
「……うん! あたしも!」
神さんはモジモジと少し気恥ずかしそうにしながらも、可愛らしくはにかんでいて。
そんな神さんを見ながら、あたしはきっと思いっきり笑えていただろう。
そのあとは帰り支度をしながら、ついでに神さんとラインの連絡先を交換して。
いつまでもスマホの画面を呆然と見続けている神さんを急かして、いそいで帰り支度をさせて。
戸締りと鍵閉め、職員室への鍵の返し方なんかを説明してあげたあと。
神さんと一緒に寮まで帰ったのだった。
◇◇◇




