第六十五話 鵜は隠し立てる
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梅ちゃんがわざわざ呼びに来ちゃったもんだから、私たちは生徒会室に戻るべく、ふたり並んで廊下を歩いていた。
天文部の部室と生徒会室はだいぶ離れた位置にあって。
その道中のだいたい半分を過ぎたあたりで、隣を歩いていた梅ちゃんが、ポツリとつぶやいた。
「……あの子、天文部入るの?」
「そうみたいだよ〜」
羊ちゃんと神さん。
残された新入部員の二人が仲良くやっててくれるか気になり、さっき口げんかしてたのを思い出して、後ろ髪を引かれるような気持ちを抱えつつ。
それでもやっぱり、『なんだかんだ大丈夫だろうな』とも思っていた。
羊ちゃんも何かしら思うところがあったから、天文部に入部したようだったし。誰かとの関わりを、なるべく避けたがっているようにも感じられはしたんだけど……。
でも、私が天文部に顔を見せるたびに、どこか安心したような顔をしていたのもずっと気づいていた。
きっと……人との関わりを避けたい、素直になれないってだけで。
ずっと一人っきりでいるのが寂しくないわけではなかったんじゃないかな。
だから同じ一年生の新入部員が入ってくれて、本当に良かった。
……まぁ、その新入部員の子がさ?
まさかあの神さんでしたっていうのは、予想外だし、すごい驚いたんだけどね。
でも相手が誰でもあったとしても、羊ちゃんの心を絆してくれるのであれば、私としても嬉しい限りである。
「もう一人の子も小さかったけど、松鵜って小さい子が好きなの? ロリコンとか?」
「人聞き悪いって〜。小さい子は好きだけど、二人とも自分から入部してきてくれたんだよ?」
ロリコンなんて不名誉なレッテルは勘弁してほしいけれど、羊ちゃんも神さんも、どっちも可愛いしミニミニしてるのは事実ではあった。
たまたま入部してくれたのが、あの二人だったってのは偶然でしかないだし。
そういえば羊ちゃんが天文部を選んだ理由については、なんとなく察することもできているんだけど。
神さんに関してはマジで謎だな……。
聞いたことのある噂では、運動神経が良くって、さらにいろいろな芸事にも精通しているらしいのに。
「そうなんだ。マトモには活動してないようなあんな部活にねぇ……」
梅ちゃんも同じことを考えていたのか。
部長としては微妙な言い草ではあったけど、言っていること自体は真実その通りである。
「そもそもさ、あの部って松鵜が作った部活だったよね? ウチの学校、どっかの部活には入らなきゃいけないからって」
「そだね〜。生徒会に入るから、それまで入ってたとこを辞めて作った部活だよ〜」
ちょっと頑張れば、それまで入部していた部活と生徒会を両立することもできたんだろうけどね。
同じ生徒会役員の梅ちゃんも竹雀も、ちゃんと部活と両立してるし。
ただ私がものぐさで、そんな苦労を嫌がったために出来たような、そんな空っぽな天文部だったはずなんだけど……。
たとえそんな形だけの部活動であったとしても。
今年は二人も新入部員が入ってくれたんだし、いちおう部長として、なんか考えないとな……。
羊ちゃんは乗り気じゃないかもしれないけれど、もし神さんが天文学とか天体観測に興味があるんなら可哀想だし。
部長であり年長者でもあるから、ガラにもなく責任なんてものを感じながら。
天文部の今後について、ウンウンと悩んでいたところで……。
「そんで、どうすんの? 竹雀には教えてあげんの?」
「ぜったい教えな〜い」
何を、なんていうのはわざわざ聞くまでもない。もちろん神さんのことである。
私と竹雀は同じクラスで、生徒会でも一緒。
さらに今年からは生徒会業務の効率化なども考えて、お互いのルームメイトだった子にお願いして交換してもらい、部屋も同室になった。
「だってあいつ、神さんのこと初めて見たときさ、 『とっ捕まえてキスしたい』みたいなこと言ってたんだよ?」
「えっ? キッモ……」
去年までは、とにかく真面目で優秀で。
私も梅ちゃんも、『キモい』なんて思うことは一回もないほどには、尊敬できるヤツだったのに……。
神さんが入学してきて、あの女は変わってしまったのだ。
マジでとんでもないほどに変わってしまった……どうしてああなった。
「そんだけじゃなくてね? 最近ずっと二階の廊下の窓からさ〜、中庭でお昼ごはん食べてる神さんを眺めながらパン食べてるし〜」
「えっ、やばぁ……」
神さんが入学してからわずか一ヶ月も経っていないにもかかわらず、そんな数々の奇行を残し続けているわけで。
さらには、良かれと思って部屋替えなどをしちゃったもんだから。
私たちの生活環境がほとんど同じになってしまったために、竹雀のヤバめな場面を目の当たりにしまくっているし……。
ちなみに梅ちゃんは私たちとは別のクラスだし。
生徒会のときくらいしか私たちと深く関わる機会もないから、そんな竹雀の様子も知らなかったんだろう。
暴露しようと思えば、竹雀のヤバい言動なんてわりといくらでも出てくる。
数日前にも、寮の部屋でキモいこと言ってたなぁと、私は記憶に残るルームメイトの言動を思い出したのだった。
◇◇◇
たしか寮の部屋で、二人で並んで宿題かなんかしていたとき。
「……ねぇ松。知っているかい?」
竹雀が不意に話しかけてきた。
「ん〜?」
「神さんはお昼を食べたあと、中庭の水場でいつも歯を磨いているんだ」
……また始まった。
こいつがする神さんの話なんて、正気な内容だったことなど一度もない。
またぞろ、ロクな内容じゃないだろうなって。
すぐに察することができるくらいには、竹雀の異常な神さんへの執着を目の当たりにしていたからさ……。
「へ〜、わかったからもう黙っていいよ〜?」
言外に、もうその先は語らなくて良いよって、そう伝えたつもりだったのにもかかわらず。
「たとえばの話だけどね」
私の言葉が確実に耳に入っているはずなのに、そんなのお構いなしで口を閉じることもなく。
「私がたまたま、神さんがいつも使っている蛇口から水を飲もうとしたとして」
「ちょっと黙って〜」
ブレーキ踏ませたかった私の言葉にも、竹雀は一切聞く耳をもたず。
私のゲンナリした気持ちにも気づこうともせず、のうのうと口を開きつづけ。
「そのとき、誤って私の口がくっついちゃったとしたらさ?」
「キモ〜い」
「間接キスになるのかな?」
「だから気持ちわるいって〜」
……こいつ、マジでヤバいですけど。
もう発想がストーカーのそれじゃん……。
そのあとも、器用にもペンを動かす手は止めずに、ひたすら神さんのことをベラベラと喋り続けていたため。
私はそっとイヤホンをつけて、変態の声を遮断したのだった。
◇◇◇
もともとは周りの子たちからも慕われて、生徒会の先輩たちからも頼られてるような、立派なやつだったのに。
なんであんな頭のバグが発生してしまったのか……。
思い出すだけでも滅入るような記憶を、なんとかかんとか頭の中からデリートしようと努めながら。
私は梅ちゃんとともに、放課後の廊下を歩き続けたのだった。
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