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神はケモノに×される  作者: あおうま
第一章 ながすぎるアバン
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第五十七話 神は飾らず、狐は同意する

 

◇◇◇

 

 私はオッパイに埋もれていた。

 頑張って心の内をさらけ出したご褒美だろうか?

 それならもう、私の心なんぞずっとオープンリーチ状態でええわ。

 わぁーいオッパイだー! ポヨポヨだー!

 放課後の保健室で、先生や寮母さんが私のために相談に乗ってくれたから。

 勇気を出して、ずっと抱えていた弱音を吐き出したあと。

 私の吐露した本音を聞いて心を痛めたのか、鷲北先生が涙ぐみながら、私の頭に抱きついてきた。

「よしよし……よく頑張ったね。ずっとひとりで頑張ってきたんだね」

 私を胸に抱きながら、頭なでなでのオプションまでサービスしてくれる鷲北先生。

 なんか……とんでもない状況になってんだけども。

 あまりに理想的な現実にブチ込まれたせいで、なんか知らんが現実感なくなってきて、少し冷静になり始めているほどである。

 もしかして胸の重さに比例して愛も重くなるんだろうか……いや、そんなことはないな。

 ウチのママンは胸スカスカだけど、私への愛情が重量級だし。

「やっぱ寂しいはずだよね。良かれと思って一人部屋にしたけど、もっとしっかり考えてあげればよかったな……」

 鷲北先生のお山の稜線越しに見えた寮母さんは、そんな言葉をこぼしながら落ち込んでいた。

 いやまぁ、寂しいってのはそりゃありますけどさ?

 いきなり誰かと共同生活っていうのも怖かったから、一人部屋もそれはそれで気楽だし、ありがたいとも思っていたのも事実だし。

 どっちがよかったとか。それで寮母さんを責めたいとか恨んでるなんてこと、全然まったく思っていないから、私のせいでそんな風に落ち込まないで欲しいな……。

「私も……神さんはもっとたくさんの人と関わるべきだって、勝手にそう思っちゃってたけど。それで神さんが辛い思いするのなんて、絶対ダメだよね」

 猫西先生も猫西先生で、いつも優しくしてくれてるから私は感謝してるし、とっても大好きな先生だって思ってるのに。

 そんな気持ちとは裏腹に、何やら反省なされている様子だった。

 私なんかに気を遣ってくれて、私のためにこんなにいろいろと考えてくれているのに。

 その私がここで黙って、先生たちが落ち込んでるのを眺めてるだけだなんて。

 そんな恩知らずなことはしたくなかったから……。

「あ、あの! 私、先生にも、寮母さんにも……本当に感謝してます!」

 鷲北先生の胸元に埋めてた顔を少し離して、目の前の先生たちに向けて、届いて欲しい言葉を口にした。

 まだ気持ちを伝えるのはうまく出来ないし。

 すごくたどたどしくて、ちゃんと伝えられているかはわからないけれど。

 照れる気持ちを抑えながら、さっきと同じくらいなけなしの勇気を振り絞って。

「もちろん鷲北先生にも。みなさんとても、私みたいなのにも良くしてくださって……だから、ぜんぜん気にしないで欲しいというか……」

 立派な人としての矜持とか配慮なんてものは、社交的な経験が皆無な未熟な私じゃ、よくわからないけれど。

 だけど、礼儀も作法もなっていない、不格好でカッコの悪いお礼だったとしても。

「だ、だから、あの……いつもありがとう、ございます!」

 ただ素直に、思うままに……先生たちにお礼を伝えたかった。

 私なんて勇気も度胸もないし、人付き合いも会話も下手くそだし、イヤなことも先延ばして逃げ回っている。

 そんな弱い私みたいな人間のために。

 優しさも、気遣いも、温かさも。

 もっとたくさんのいろいろなものを与えてくれて、私はとても救われていますと。

 その気持ちだけでも、知っておいて欲しかった。

「神さん……」

 誰かがこぼした私の名の響きには、もう落胆とか後悔の色はないように聞こえたのも、きっと気のせいなんかじゃなくて。

 もしかしたら、それは私が勇気を出して、言葉にして伝えることができたからなのかもしれない。

 心の奥の気持ちを誰かに伝えるのは、すごく恥ずかしくて、勇気のいる怖いことだった。

 そんなことはきっと、もうすでに周りの子たちはみんな経験してきて、当たり前のように理解していることなのかもしれない。

 それでもそのとき私は、たとえほんの一歩分の距離なのかもしれないけれど……。

 『世間知らず』な私から、『普通』の女の子ってものに。

 ほんの少しだけでも……近づくことができたような気がしたのだった。

 

◆◆◆

 

 猫が部室に案内すると言って神さんを連れていくのを、鷲ちゃんと二人で見送った。

 この保健医は『私も一緒に行くー!』などと駄々をこねていたけれど。

 部活中に怪我した子が来たらどうすんだとか、ワガママ言うなと言って、猫と二人でなんとか宥めすかした。

「はぁ……神さん本当に可愛い……」

 ペコリとお辞儀をして去っていく神さんの背中を見送ったあとで。

 鷲ちゃんは深い溜め息とともに、ボソッとそんなことを言っていた。

「このまえ飲んだ時も『可愛い』『可愛い』言ってたけど……アンタ、本当に大丈夫だよね?」

 鷲ちゃんとはこの百合花女学園で同級生だった時から付き合いがある。

 その頃から、いまみたいに保健室の先生として赴任した後も。

 いろんな女の子に対して『可愛い』だなんだ言ってるのを聞いて来たけれど。

 神さんに対しては、今までのどの『可愛い』よりも熱がこもっているような気がする……。

 マジでちょっと不安なんだからね?

 親友の中から生徒に手を出した不届者なんかでようもんなら、悲しいどころのさわぎじゃないからね?

「だってあんなに顔が可愛いのに、初々しくて純粋でさぁー……めっちゃ育てたい」

「……」

 なるほど。

 鷲ちゃんの中の母性みたいなもんがくすぐられているだけかか……それならまぁ安心だけど。

 それに『育てたい』に関しては、まぁなんていうか、すごい同感だしな……。

「はぁあ。とっこちゃんはいいよねー? いっつも寮で神さんと一緒だしさー」

「いや、一緒っていっても寮母と寮生ってだけだから。そんな頻繁に顔あわせてるわけでもないし」

 その言葉も鷲ちゃんからの嫉妬心を逸らすためとかではなくて、事実としてそうなのだから、羨ましがられる通りもないし。

 寮生の子たちはたびたび寮母室に遊びに来たり、私が仕事してる最中でも、世間話に巻き込んでくることはあるんだけど。

 神さんとは今まで全くと言っていいほど、そういった関わりがなかった。

 登下校時とかご飯の時に一人でいるのを偶然見かけるくらいで、遭遇率の低い寮内屈指のレアキャラだからなぁ……。

 あぁでも珍しいことに、昨夜は神さんが寮母室まで来てくれたっけ。

 遊びに来たわけではなくて、ゴールデンウィークに帰省するための申請書を提出するためだったんだけど。

 他の子たちは、休日に遊びに行く時なんかに頻繁に提出しに来るけれど。

 神さんは外出届を出すのは入寮以来はじめてだったから、私から教わりつつも、苦戦しながら書いてたっけ。

 面談の時の様子から、神家の母娘はメチャクチャ仲良いんだろうし。神さんも久しぶりにお家に帰れるのを、さぞや楽しみにしていることだろう。

 『お母さんと離れたくないー』って、あの時オモクソ泣いてたもんね……。

 登下校時に澄ましている神さんの姿を見かけると、ふと思い出してはギャップで笑っちゃうんだよな。

 ごめん神さん。当分は忘れられそうもないよアレは……。

「ねぇねぇ、とっこちゃーん。わたし神さんと同室になりたいなー。だめ?」

 親友たちの知らない、寮母だから知ることのできた神さんのアレコレを思い出していると。

 机にだらしなく寄りかかっていた鷲ちゃんが、私を見上げながらそう聞いてきた。

「その冗談、百回は聞いたから……流石にもう飽きたよ」

 ダメに決まってんでしょうが。

 どこの世界に、赤の他人の美少女と一緒に暮らしても良い大人がいるんだよ。普通に犯罪だよ犯罪。

「ちがうのちがうの。なんかさっきの神さん見てたらね? 冗談じゃなくて、けっこう本気でそう思っちゃった」

「……鷲ちゃん、マジで捕まるよ?」

「えー、怖いこと言わないでー」

 神さんに向けている感情は本当に母性なんだよね?

 マジで心配になっちゃうっての。

 いっつもフワフワと掴みどころのない性格をしている鷲ちゃんを、これほどまでにも執着させるとは……。

 神さんの持つ周りの人を惹きつける天性の才能なんだろうか……などと畏怖しながらも。

「でもさ、部活も友だち作りも……うまく行くといいね」

「……うん。うまくいって欲しい」

 保健室に残された私たちは、さっきまでここにいた一人の女の子の前途を。

 彼女に明るい未来が訪れることを、心の底から祈ったのだった。

 

◆◆◆

 

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