第五十五話 神は連行される
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ゴールデンウィークもすぐそこまで迫った、四月のとある日。
きのうの夜、寮母さんに外出申請書も提出し終えたし。
なんの憂いもなく連休を迎えられると安心しながら、のほほ〜んと学校生活を過ごしていたそんな矢先……。
「そろそろ部活、決められた?」
「い、いえ……すいません」
担任の猫西先生に呼び出され、放課後の職員室で、私は追い詰められていた。
そうだよね……ゴールデンウィークが近いってことは、四月ももう終わるってことで。
それはつまり、部活決めの猶予も残っていないってことだもん。
「そっか……うちのクラスでまだ部活が決まってないの、もう神さんだけなのよね」
「すいません……誠にごめんなさい……うぅぅ」
猫西先生はこのまえ同じ用件で呼び出された時より、かなり切実そうな顔をしていた。
どうやら我がクラスの中で、私が最後の困ったちゃんらしい。
これもすべて、部活見学とか仮入部なんてことを、勇気が出せなかったからロクに行なってなくて。
部活を決めるのをずっと先延ばしにしてきた報いだろう。
だって知らない人ばっかなわけだし、先輩もたくさん居るとか怖いしぃ……ぐすん。
もしさ?
『仮入部したいですー』と部活に参加してみて。
『えっ? コイツまさかウチの部に入部するつもり……?』とか聞こえてきたらどうすんのさ!
立ち直れないよぅ!
そもそもそんな能動的に、見ず知らずの環境に飛び込むとか出来るわけないんだよ!
誰かもっとキッカケとかちょうだいよ!
ともだちがいたら誘ってもらえたりしたはずなのに!
まさか入学してから一人もともだち作れないとは思ってなかったんだよぅ!
「どこか気になる部活とかあった? それか運動部がいいとか、文化系の部活がいいとかあるかな?」
「あ、いえ……どの部活にすればいいかわからなくて。しいて言うなら、運動部はイヤってくらいで……」
「そっか……どうしようね?」
あぁ、猫西先生も困っているよぉ。
もうくじ引きとかで決めちゃおうかな……でも流石にそれもなぁ。
でも、もうそんくらい強引に決めるしかないし。
これ以上、猫西先生を困らせたくもなかったので。一旦持ち帰らせてもらって、あとで部屋で適当に決めちゃおうかと考えていたそんなとき。
「……よし! ねぇ神さん。この後まだ時間あるかな? なんか予定とかある?」
猫西先生はそう私にお聞きなすってきた。
なんだろう……。
もしかして私の優柔不断が過ぎるから流石にトサカにきて、お説教部屋でお折檻でもおっ始めるつもりだろうか……ひぎぃ。
「い、いえ……大丈夫です」
「それなら良かった。あ、ちょっと待っててね?」
そういって猫西先生はスマホをタプタプといじり始めた。
私を売り飛ばす業者に連絡してたり、折檻室の空き状況でも確認しているんだろうか?
まぁでも、それもコレも全部私のせいなわけだし。どんな仕打ちであったとしても、甘んじて受け入れるしかないだろう。
……悲しいことに、このあと大した予定なんて別にありませんでしたしな。
帰り道でコンビニに寄って、初めてホットメニューのチキンにチャレンジしてみようかとか。
あとついでに、アイスとかラムネ菓子とか買って帰ろうとしていたくらいしか、予定もなかったからね。
「よし、いまなら大丈夫そう。それじゃ、ちょっとついてきて貰っても良いかな?」
「あい……」
覚悟は決めました。
もちろんどこまででもお供いたしますとも。
お説教部屋でも実験室でも、座敷牢でもどこまででもね……グッバイ青春。
椅子から立ち上がり歩いていく猫西先生の背中を追っかけるようにして。
私も職員室を後にしたのだった。
◇◇◇
猫西先生の後に続きながらしばらく廊下を進み、ようやく先生が足を止めたその場所は。
幸いなことに拷問部屋でも解剖室でもなく、私もたびたびお世話になっている保健室だった。
「わーちゃーん、きたよー」
軽くドアをノックしたあとで返事を待たず、そんな間延びしたことを口にしながら猫西先生は保健室に入っていった。
いつも私たちの前で先生してくれている時も充分フレンドリーなんだけど。
いま目の前で保健室に入っていった猫西先生は、もっと気楽で肩の力も抜けているように見えた。
「し、失礼します……」
私も猫西先生の後に続いて中に入ると、保健室の中には他の生徒はいなかったけれど。
学校で見かけるのは初めての珍しい先客が、鷲北先生と並んで椅子に座っていた。
「あれ? トッコちゃんも来てたんだ?」
「おぉ、ねこー。おつかれ。寮の仕事も一段落したからさ、コーヒー飲みながらダベリにきてたんだよ」
猫西先生は随分と親しげな様子で、私が暮らしている寮の寮母さんである東狐さんと挨拶していた。
そりゃ学校の先生と寮母さんなんだし、面識は当然あるのかもしれないけれど。
二人が話している姿は、そういう社会人的な付き合い程度のものではなくて、友人同士みたいな親密さが含まれてるように見えた。
「ねーこちゃんおつかさまー。神さんもいらっしゃーい」
「こ、こんにちは……」
私と猫西先生の来室を見て、保健室の主である鷲北先生も歓迎してくれたけど。
やっぱり猫西先生と鷲北先生も随分と親しそうで、なにやら『わーちゃん』『ねーこちゃん』とアダ名で呼び合ってもいるらしいし。
『同じ学校に勤める先生同士にしては親しげすぎない?』と、とてつもなく気にはなったものの。
そんな疑問を口にする勇気もなかった私は、借りてきた猫のように大人しくして、鷲北先生に促されるままに椅子に座ることしかできなかった。
先生たちの関係も気にはなったけど……。
それ以上に、なんで保健室に連れてこられたのかとか、ぜんぜん理由とか事情がわかんなくて、私かなり困惑しているんですけども?
「猫とはいつぶりだっけ? このまえ四人で飲んだとき以来?」
「そだねー。トッコちゃんとはその時ぶりかも」
「みんな保健室にはよく遊びにきてくれるから、私はちょくちょく顔あわせてるけど。でも、もっと会いに来てくれてもいいのにー」
表向きは黙って大人しく座ってるけど、内心はめっちゃオロオロしている私のこともお構いなしに。
私のことをここまで連れてきた猫西先生は、寮母さんや鷲北先生と世間話に花を咲かせていらっしゃるし……。
てか鷲北先生ったら!
私と二人で話してるときよりも、猫西先生とか寮母さんと話してる今の方が楽しそうなんだけど!
浮気だ浮気! ぷんぷん!
……いや別にいいけどね。そもそも本気じゃないし。
鷲北先生が私のこと好きってのも、私が勝手に思ってるだけのほざきだもんね。
わかってたよ? どうせ他の生徒にもニコニコ優しくしてるんでしょ?
私なんて鷲北先生にとって、大勢いる有象無象の生徒の中の一人に過ぎないんでしょ? 誰にだってナデナデとか、お布団トントンしてあげるんでしょ?
私だけ特別扱いしてくれてたわけじゃないんだもんね。別にそれくらいわかってたし。
私は好きになりかけてたのに、鷲北先生はたいして私のこと好きでもなんでもないだね。知ってる知ってる大丈夫。
鷲北先生は私よりも、猫西先生とか寮母さんの方が好きなんだもん。どうせ私の横恋慕でしょ?
……信じてたのに。
私だけに優しくしてくれてるって、そう思ってたのに……うむむぅ。
「ねーこちゃんもコーヒーで良いかな。神さんは? コーヒーも紅茶もお茶もあるけど」
「ぅえ? あ、えと、あの……」
コーヒーも紅茶も苦くて飲めないんですけど……どうしよう。
てか良いですよ?
私なんぞにお気を使って頂かなくてもね!
鷲北先生にとってどうでもいい私なんて、そこら辺のどうでもいい蛇口から出てくる、どうでもいい水道水がお似合いでしょ?
「甘いのが良かったらココアもあるよ?」
「あ、ココア……」
「ココアね。おっけーい! 神さんのために美味しいココア淹れるから待っててねー」
……この人、やっぱ実は私のこと好きじゃね?
普通なら嫌いな生徒に、わざわざココアなんて出さなくない?
え、あれ? 冷蔵庫から牛乳だしたよ?
水じゃなくてミルクでココアつくろうとしてくれてない?
うひゃぁ……まいったなぁ。
鷲北先生たら、そんなに私をホスピタルしたいなんて。
心の中で鷲北先生からの疑いようもないラブを再確認しながら、猫西先生と寮母さんの世間話に耳を傾けつつ。
鷲北先生が美味しいココアをお恵みくださるのを。
賢いワンちゃんのごとく、私は身を縮こませて大人しく『待て!』していたのだった。
◇◇◇




