第四十二話 神は戸惑い、巳は支える
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まさか体育の時間に、突然告白されるなんて思わなかった。
いや、いつもの妄想とか勘違いじゃなく、いきなり誘ってきて褒めちぎってくんだもん。
少なくとも嫌ってる相手にはしないでしょ。
つまり巳継さんは私のことだいぶ好き! うぇへへ……嬉しぃ。
だけど告白まがいのお誘いを受けた嬉しさで、辰峯さんのことをほんのちょっとだけ頭の外に逃してしまったことは反省しよう。
……でも辰峯さんは、私とはともだちになんてなりたくないかもしれないんだよね。昨日そう言ってたし。
本当は私とのペアを解消したいのかって真意も、結局のとこ本音か気遣いか、ちゃんとはわかってないもん。
やめようやめよう!
どんだけ考えても答えなんか出ないかもだし!
それよりも今は、巳継さんと仲良くなるために頑張らないと!
座って前のめりの姿勢で柔軟している巳継さんの背中をサワサワとゆっくり押しながら、巳継さんの綺麗なうなじを眺めている場合ではない。
仲良しの第一歩はまず会話である。
「巳継さんは、あの……」
「うぎぎ……んん? なに?」
「部活って、もう決めましたか?」
昨日の辰峯さんとの登校デートの経験がよお活きてる。
まずこれ聞いとけばオケって知ったもんね!
「うちー? うちはね、美術部やよー」
「な、なるほど……」
……このあとはどうすればいいの?
なんて返せば良き?
昨日は『すごい』って言ったら『すごくねぇよ』って怒られたからな……。
私は本当にすごいって思ったのに……ぐすん。
私が『なるほど』とかいう便利な会話の断ち切りバサミを口にしてしまったせいで、せっかく始まりかけた会話のレールはドブ川に突っ込んでいった。
あっぷあっぷ。沈黙に溺れりゅ……。
「神さんは? もう部活決めたん?」
溺れかけてた私を巳継さんが引きずり上げてくれた。これは会話の救急救命一級の腕前だわ。
あやうくコミュ障こじらせて、アブアブと沈んでいくとこだった。
「あっ、いえ、まだです。あ、う……あっ! でも辰峯さんは吹奏楽部です!」
「えっ? う、うん。知っとるよ?」
もうやだ。
私の口いらないよもう。会話上級者の巳継さんにあげたい。
覚えたての情報とりあえず言っちゃうのはもう赤ちゃんじゃん。バブバブ。赤ちゃんの方がまだ会話上手だわ。オギャア。
誰が辰峯さんの部活聞いたよ。もう黙っとけ自分。
もっといろいろ聞きたいこともあったし、仲良くなるための歩み寄りなんかもカマしてやりたかったのだけど。
初会話となる巳継さんへの接し方とかがわからなくて。
ただひたすらに巳継さんの身体を撫で回すことしかできずに、柔軟の順番交代とあいなってしまったのだった……。
私の不器用ちゃんめ!
いや不器用で済むか! チャンスも掴めないドブコミュ障が! アホゥ!
◆◆◆
うちの柔軟が終わって、今度は神さんの番やから、神さんが床にペタンと座り込んだ。
んじゃまずは、足を伸ばした状態での前屈やんな。
てか神さん座るとよりちっこいな。子日ちゃんとか羊ちゃんとええ勝負や。
いよし。こっからやな。
さっきまではうちが柔軟してて余裕なかったし、後ろの神さんの顔とかも見れんかったせいで、全然お話し出来んかったやんな。
あとほんの少しだけやけど、神さんの手がうちにペタペタ触ってるのでドギマギしてたせいも、まぁほんのちょびっとだけはあるかもな。ちょっとな。ちょっとだけやけどな。
さっそく神さんのフォローをしようと背中に手を伸ばしたけど、その前に神さんが首だけ振り向かせてきて。
「あ、あの……あんまりグイグイ押したりは……」
「えっ? もちろんそんなことせえへんよー?」
「そ、それなら良かったです……」
うちの言葉に安心したのか、神さんは頭と両手を前ん方に伸ばし始めた。
「なになに? もしかしてたつみー、そんな押してくんの?」
「は、はぃぃ……うぎ……私、かたいってぇぇ……身体ぁ……グイグイィ……うぐぐ」
これは……もう始めてんの? まさか今もう柔軟始まってる?
一ミリも厚さがない氷の板を割らんように、感じとしてはそんくらいのイメージでソーッと気を付けながら。
一応見た目上はフォローしよるために、神さんの背中に手を添えた。
「へ、へー。そりゃスパルタやなー……おぉー神さんめっちゃ柔らかいやん」
「うぎぎ……え、えへへ。そうですかね」
「……うん。羨ましいわ……」
うちは日頃よく面白がってウソついたりもするけど、今うちはかつてないほどとんでもないウソついたわ。
今度は足を広げて前屈し出した神さんを眺めながら、うちはちょっと引いた。
いや身体硬すぎやろ……直角やん。九十度やん。野生のカバでも、もう少し身体曲がるわ。
ってか前屈いうて屈してないし。
『笑い取ろうとしてんのか?』とも思わされるほどに、神さんの身体の柔らかさは冗談みたいなカチコチ具合だった。いやこれ悪いけど『柔らかさ』って表現使いたくないわ。石像かよ。
うちはホンマ悪い子やから、こんなん見たら、ついつい押したくなってしまうなぁ。
なんか神さんにも少しは慣れてこれたんか、顔が見れないっていう状況もあるやろけど。気持ちにもそんな悪戯心が生まれるくらいの余裕が出てきたのもあり……。
「……えいっ」
「ぐぎゃん!」
車にひかれたカエルでさえ、もっとお淑やかな声を出せるやろってくらいの、とんでもない悲鳴が神さんの口から捻り出された。
いやでも、人差し指でちょっとグイってやっただけよ?
なんかもっと『いたっ! 痛いですよぅ。プンプン』みたいな可愛い反応期待したんに……。
予想外の反応が絞り出されてうちが戸惑っていると、神さんが振り向いて、涙目で恨みがましく見上げてきた。
「お、押さないって……言ってたのにぃ」
「ご、ごめんごめん! ちょっとクシャミ出そうで力加減出来んかったわ。わざとやないから!」
「うぅ、殺されるかと思った……」
物騒なこと言いながら次の柔軟の準備を始める神さん見ながら、なんやうちは気づいてしまった。
なんか涙目の神さん見よるとゾクゾクする。もっといじめてみたくなってくる。
もちろん陰湿なイジメなんかはうちも嫌いやし、論外やけど。
なるほど、これが小学生のガキが好きな子にちょっかいかけるアノ気持ちか……。
ほかの子を揶揄ったりするんは、うちのしたことでなんか反応するんが面白いからやけど、今まで感じてたそういうのともなんか少し違う感覚。
うちのしたことに反応してくれるんが嬉しいし、神さんのもっといろんな顔とか反応が見たい。
そんな新たに生まれた小さな悪魔を胸に秘めながら、次の柔軟の準備のために神さんと背中合わせになって腕を組んだとき。
一瞬だけ神さんの手が、うちの胸ん横を掠めた。
「……っ!」
「ピギィ!」
流石にデリケートなとこやし、恥ずかしながらもピクって反応してもうたけど。
何故か神さんの方が、ドビクンッと身体を丸ごと使ってビックリしてたんはマジで謎。
「んじゃ、かがむでー」
「うぇい……」
とりあえず柔軟を再開して、まずはうちが前屈みになって神さんを背中に乗せた。
「っふ……くっ。うぐぅ……おれ……る」
直接見れないから漏れ聞こえる声と背中越しの感触で多分なんやけど、なんか足をパタパタさせてもがいとらん?
まぁ……あの身体の硬さなら当然か。
うちの背中の上で、神さんがまな板の上の魚みたいにピチピチしてるのを想像してしまい。
そんな失礼な妄想でほくそ笑んで、少し気ぃ抜けたんがあかんかったんかと思うけど……。
少しは調子を取り戻しつつあったせいか、さっき生まれたばかりのうちの中の悪い悪魔は。
ついついその後、いつもたつみーとかほかの子にするようなからかいを、神さんにもしてしまうのだった。
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