第三十四話 辰は考慮する
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あの体育以降、なんとなくだけど、いろんな時に神さんが近くにいることが多い気がする。
体育の授業では、柔軟体操のタイミングでいつの間にか神さんがそばにいて、そのまま流れでペアを組むようになったし。
この間の数学では、小テストの点数を他の人に採点してもらうようにって、先生から指示があったんだけど。適当に隣の子にでもお願いしようとしたとき、少し離れた席にいた神さんと目があった。
なんかそのまま神さんがジーッと私を見続けていたから、その圧に負けて私の方から神さんに声をかけて、お互いのテストを採点したし。
英語の授業でもなんやかんやあり、神さんとペアを組んで英語で自己紹介をし合ったこともあったなぁ……。
神さんが「アイアムゴット」とか言いはじめた時には、ちょっとどんな顔して良いかわかんなかったけど。
いつもの無表情だったから、冗談かまじめに言ってんのかわかんなかったし。笑ったら良いのか判断できず「オー……イェー」としか返せなかったけど、アレは私、悪くないと思う。
ていうかアレって神って苗字の人の鉄板ギャグなのかしら……いや、そんなわけないか。誰が言ってもスベるでしょうし。
そもそも神さんがそんなおちゃらけるわけないし、私の聞き間違いかなんかだろう。そういうことにしておこう。うん。
そんなこんなのいろいろな機会を経て、たぶんクラスや寮内では私が一番、神さんと関わった時間が多いような気もしていて。
そんな時間の中で神さんを見続けた結果、『みんなが言ってる人物像となんか違わない?』という疑念が生まれたのだった。
だって柔軟の時とか、神さんメチャクチャ身体かたかったし。
背中を押して少しだけフォローしようとしただけなのに……。
「うぎぎ……もう無理……背中グイグイ押さないでぇ……辰峯さんに殺されるぅ」
などと人聞き悪いことを呟いていた。
そっと背中を触れたくらいのフォローしかしてないし、もちろん殺す気もないわよ。
数学の小テストの点数も、『体調が著しく悪い状態でテスト受けたのかな……?』ってくらいの点数だったし。
英会話で自己紹介した時も、とてつもなく失礼な表現になっちゃうけど、バブバブ言ってる赤ちゃんにしか見えなかったもん。
その時もかつてないほどに体調を崩していただけかもしれないけれど……いや、流石に庇おうにもアレは無理よ。本当に赤ちゃんみたいだったから、あとで一人で思い出して笑っちゃったもん。
他にもマット運動で後転失敗してるの見ちゃったり、寮の廊下の曲がり角でバッタリ遭遇したときに、驚いた神さんが転んで壁に頭ぶつけてるの見ちゃったりといろいろあったんだけど。
私だけが、たまたま本っ当に偶然、神さんの一生に一度あるかないかの失敗の場を何度も目の当たりにしているという可能性もあるけど……いや絶対にないでしょそんなこと。
噂話に出てくる完璧超人の神さんと、私の見てきたちょっと抜けてておっちょこちょいで『出来ないこと多くない?』って神さんの乖離が激し過ぎるんだから、そりゃ私じゃなくたって真実を確かめたくもなるでしょうが。
そんな疑念を持ち続けるのもなんか気持ちが良くないし、ハッキリさせて自分の中で納得したいと最近悩んでいたけれど。
そんな時にこのような機会が訪れたのだから、いま確かめないでいつ確かめるのよと思い至ったわけである。
早々にサンドウィッチを食べ終えて、横を見ると神さんもじきに食べ終わりそうだった。
別に急かすつもりはなかったんだけど、私の視線に気づいた神さんは、まず私の空になったお皿に視線を向けたあと。残ったご飯やおかずを急いでパクパクと食べ進め、私たち二人の朝ごはんはすべて、それぞれお腹の中に収まった。
「……お待たせしました」
「いえいえ。んじゃ片付けようか」
「はい」
先に席を立った私に続くように、神さんも後ろをついてきたので、そのまま二人で食堂の返却口に向かった。
「ごちそうさまでした」
「はーい。ありがとね―」
返却口の奥で食器を洗ってくれてるお姉さんにひと声かけてお礼を伝えたあと。
食器を置いてからすぐ横に避けて、神さんのために場所を開けると、神さんも手に持った食器を返却口に置いていた。
「ご、ごちそうさまでした」
「はーい……あれ? 今日は友だちと一緒なんだねー?」
「ふぇっ!? あ、いや、あの……」
多分そのお姉さんも、何の気なしに話しかけただけなんだろうけど。
話しかけられた神さんは肯定も否定もしないままモジモジして、私の顔をチラチラと見ながら、どう返そうかと言葉を探しているように見える。
なんでそんな悩んで……あぁ、そういうことね。
言葉を返しあぐねている神さんの気持ちをくんで納得した私は、助け舟を出してあげることにした。
「あはは。友だち、ではないんですよ? クラスメイトです」
「えっ? あぁ、そうなのかい? この子が誰かと一緒にいるの初めてみたもんだから」
「はい。んじゃ神さんいこっか?」
すぐに肯定しなかったところを見るに、きっと神さんも『友だちではない』と否定したかったけど、私が気を悪くするかもと否定しづらかったのだろう。
肯定してくれなかったのはちょっと悲しくもあったけど、確かに友だちと胸を張って言えるほど、まだそこまで親しいわけではないんだし。
でもまだ学校生活も始まったばかりなわけだし、神さんから友だちだと思って貰えるかは、これからの私の頑張り次第なんだろう。
それに、それは私に限った話ではなく、遠巻きに噂をしているクラスや寮生の子たちだって同じなわけで……。
私は前々から、神さんはもっとみんなと関わるべきだとは思っていた。
一人が好きかもしれない。誰かと一緒にいるのは苦手なのかもしれない。
たとえそうだとしても、私たちはみんな親から離れて暮らしているんだし、いざという時に頼ることのできる人くらいは作っておくべきじゃないかと思うから。
だから神さんからでも、もしくはずっと神さんのことを気にしている多くの子たちからでも、もっと歩み寄った方が良いって、ずっとモヤモヤしていたのだ。
もしその橋渡し役が必要なんだったら、私がその役を担っても良い。委員長としての責務として、そのくらいのことは甘んじて受け入れられる。
雑用なんかの仕事とは違って、みんなが仲良くできるためだったら別に苦じゃないし、私だって嬉しいし。
神さんの実態という疑念を晴らしたい気持ちだけでなく、少しでも神さんとの親交を深めるためという想いも抱えながら。
そのまま食堂を出て、このあと一緒に登校しようと誘うために振り返ると。
神さんはさっきよりも幾分か離れた距離をトボトボフラフラと歩いていたので、私は声をかけられる近さまで歩いてくるのを待ちながら、多少の緊張を感じていた。
ただクラスメイトを一緒に学校に行こうと誘うだけなのに。他の子相手だったら、多分こんなことはないのに。
それもきっと皆が惹かれている女の子、神さんの持つ稀有な容姿や、なにか特別な雰囲気とかのせいなのかもしれない。
俯いて顔の見えない神さんに向かって、少しの勇気を振り絞り……。
「ねぇ神さん。もしよかったらなんだけど、このあと一緒に学校まで行っても……良いかな?」
もしかしたら否定されるかもと、今更だけども怖がりながらも。
私は神さんに、そう声をかけたのだった。
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