第三十三話 辰は勧誘する
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私が耳にしたことのある神さんにまつわる噂は、枚挙にいとまがないけれど。おそらく、そのどれもが真偽不明なものばかりだろう。
どっかのお金持ちの令嬢だとか、全国模試を受けても、軽々と上位に名前を刻めるくらいに成績優秀だとか。
ほかにも、スポーツでは全国クラスの実力を隠しているとか、華道だか書道だか絵画の方面で、とんでもない受賞歴があるだとか。
多々ある噂話を統合すると、ゆくゆくは人間国宝にでもなれるんじゃないのってくらいの完璧超人が出来上がるレベルなんだけど、流石にいくらなんでも現実離れが過ぎている気もする。
まぁおそらく神さんという特別な子を偶像化して、信仰ちっくな噂話をするのも含めて、みんな楽しんでいるフシもあるんだろうけれど。
いつもひとりでいるのも、常人じゃ耐えられないような辛い過去のせいだとか、生活水準の違いや多彩な才能のせいで、周囲の人を絶望させてしまうのを避けるためだとかって噂も聞いたことあるわね……。
寮生のみんなが抱くパーソナルデータ上ではフィクションの世界から登場したような女の子が、いま隣に座っている神さんなわけだけど。
ていうか、すんごい視線を感じる……視界の端に映る神さんが、私のことを凝視しているっぽいんだけど。
私の気のせいじゃなく、確実に見てる。流石にそんな見られたままじゃ食べずらいったらないわね。
こんなに見てくる理由も、何か話したいことがあるのか、気になることでもあるのか。たしかに神さんって表情とか感情表現が豊かではないから、ちょっと察しづらいところもあるとは思う。
でも、みんなが言ってるようにクールだとか孤高な存在かって言われたら、正直それは違うんじゃないかとも思い始めていた。
それは私が最近感じつつある、とある疑問にも起因するものではあるんだけど……。
この子、実は結構ポンコツちゃんなんじゃない?
いや、私だって最初からこんな失礼な印象を抱いていたわけでは勿論ない。だけど最近では、私から見た神さんと、周りの子の持つイメージ像に差異があるように思えて、その疑念が日に日に膨らんでいた。
そんな疑念を抱くようになったキッカケはたしか、あの体育最初の授業だったのよね……。
チラと隣の神さんに目をやると、やっぱり私を見つめていたのかバッチリ視線がぶつかって、すぐに神さんに目を逸らされてしまった。
私も視線を前に移し、最後に残ったサンドウィッチを手に取りながら、くだんのあの日のことを思い出したのだった。
◇◇◇
柔軟をやっとくようにと、おざなりに言い残した後、南鶴先生は歩き去っていった。
いやそんな適当な……みんな流石に戸惑っているじゃない。
同室同士か、もしくは前後でペアを組むのか、どっちかちゃんと指定していって欲しかった。
なかば私たちの自主性を試すようにも思える言葉のせいで、『えっ、どうしよう……どっちにする?』と皆が思っているような、停滞した雰囲気が形成されてしまった。
しばしそのまま時が流れ、とは言ってもせいぜい二、三分くらいではあったけれど。こういう時は委員長として仕切ったりした方がいいのかしらと、そう思い始めたあたりで、場に動きがあった。
とある女の子がそれまで立っていた場所から、ダダダッと足早に、私の斜め前にいたクラスメイトのそばまで移動してきた。
「ちょっ! どうしよう! 前後だったらわたし神さんとなんだけど!」
「ちょっと! なに逃げてきてんの! 神さんと組めるなら良いじゃん!」
「ムリムリ! 恐れ多い! 恐縮! 恐縮過ぎる! マジ恐縮だから! レベル足りてない! 私のレベルまだ足りてないから!」
興奮しながらもコソコソ話すとか、なんか器用な真似してるわね……。
周囲の子はひとまず二人の会話の内容に耳を澄ませ、ちょっと遠くに並んでいた子たちも「なになに何があった?」と興味津々で集まりはじめたせいで、その子達を中心に群れが形成されつつあった。
……まぁ、もちろん私もそのまま聞き耳立ててたんですけども。
「なに恐縮って! んじゃ私いってきていい?」
「行けんならいってみりゃいいじゃん! あっ、待ってやっぱダメ。それはズル過ぎる! それは抜け駆けじゃん!」
ズルいもなにもあなたが逃げてきたんでしょと、呆れながら聞いていると。
二人の会話を発端に、このコロニーからもちょくちょく会話が生まれはじめた。
「んじゃ誰が神さんとペアになる?」
「一旦ペアって言い方やめない? なんか特別感でてズルイじゃん」
発端となる二人は周囲のちょっと異常な状況も気に留めずに言い争いはじめたし。
「だ、誰もいないなら……私が……」
「ん? 子日さんなんか言った? ごめん、みんなの声でよく聞こえなかった」
「いいいいえ! い、今丑さん。私と組んでくれます?」
「うん。いいよ」
子日さんと今丑さんはそうそうにペアを決め、この混沌としはじめた世界から抜け出してるし。
「よし……よし! アタシが行く! アタシが神さんとペア組むから!」
「わかった、わかったから。んじゃ早く行ってきなって」
「いや、急かすなって! 悪いけどお前は他のやつ探せよな!」
「ウチのことはいいから、はよ行けっての……」
「ぅし! ぅし……や、やっぱ次の機会に、しとこうかな……?」
「やっぱりかよ! このヘタレが!!」
虎前さんと卯月さんは、私の後ろでワーギャーと言い争いをはじめているし。
……この二人は結局そのままペアを組みそうな気がするし、もう放っておこう。
そもそもこの変な状況……話題のその子はどうしてるのかと神さんに視線を向けると。
私たちの群れから離れて、いつも通りの無表情で、ひとりポツンと立っていた。
いや、この状況に動じていないの凄くない? そんなに周りに興味ないのかな?
とはいっても神さんがハブられているような状況には変わりないわけで、神さん本人は全然気にしてないとはいえども、流石に可哀想に思えてしまう。
どうしようか……そもそも私たちのクラスは全員合わせて奇数なんだから、どっかの組が三人組になればいいだけだし。
ていうか、ただのペア決めごときでこの事態って、よくよく考えれば何事よ……。
既にペアを決めたっぽい子日さんたちに神さんを誘ってもらって、その間に残った子たちは適当に組めばいいかと思いついた、そんなとき……。
「……たつみーが神さんと組めば良いんやない? だって委員長なんやしー」
みんなでコソコソボソボソと盛り上がっていたところに放られた、巳継さんのその一言で場は静まり返り。
神さんの勧誘という大役は、皆の合意と納得のうえで、委員長の私が担うことになったのだった。
◇◇◇




